第8話 甲賀衆

天文14年(1545年)に入ると甲賀忍びで菊幢丸に仕える者達を服部保長が連れてきた。

「菊幢丸様、多くの甲賀衆は伊賀衆とも縁続きの者達も多く、迷いましたがこの二つの家を推挙致したく連れて参りました。一つは和田家、もう一つは鵜飼家と申します」

目の前に二人の人物がいた。

一人は四十過ぎであろうか、もう一人はまだ若く10代前半に見える。

その若者の顔に見覚えがあった。

そしてその若者が挨拶をする。

「甲賀和田家より参りました和田惟政と申します。若輩でございますが和田家の甲賀衆とともによろしくお願いいたします」

和田惟政を見て菊幢丸は内心驚いていた。

生まれ変わる前にも和田惟政が自分に仕えていたが、忍びであったとは聞いていなかった。

忍びであることを隠して武士として仕えていたことに驚いていた。

さらにもう一人の甲賀忍びがいる。

精悍な面構えで四十すぎであろうか。

「甲賀鵜飼家から参りました鵜飼孫六と申します。鵜飼家の甲賀衆とともに菊幢丸様にお仕えいたします。よろしくお願いいたします」

「菊幢丸である。大いに期待している。よろしく頼むぞ。どこまで聞いているか分からんが、これからの事を話しておこう。儂が将軍職を継いだら天下を再平定する」

甲賀の和田惟政と鵜飼孫六の表情から余裕の笑みが消え、表情から緊張感が見えていた。

「再平定でございますか」

想像もしていない菊幢丸の言葉に和田惟政は思わず聞き返した。

「その通りだ。既に伊賀衆を動かし策は始まっている。儂に付いてくればお主達忍びであっても城の主人になれるぞ。儂は生まれで人を判断しない。有能であれば生まれは問わん。働き次第では一国の主人になる事も夢ではないぞ」

「我らが一国の主人でございますか」

思いもしない言葉に半信半疑の甲賀の二人。

「働き次第ではある。信じられんであろうが、儂は本気だ。その証拠の一つがお主達に渡した銭だ。この銭は儂が稼ぎ出しているものだ。父上や幕府の者達から出ている銭では無い。当然、父上や父上の側近は誰も知らん」

「確かに破格の条件。我らにくだされる銭は将軍家からでは無く、菊幢丸様の個人的な銭と言われるのですか」

鵜飼孫六の言葉に少し苦笑いを見せる菊幢丸。

「逆に将軍家ならこれほどの銭は支払えん。皆は将軍家の窮状は知っているだろう。今の将軍家は根無草のようなものだ。戦乱が起きれば対抗する術が乏しい。京を離れればたちまち財政が困窮する。忍びを雇うことはしないだろう。皆に渡した銭は、儂が将軍家に再び威光を取り戻すために、あらゆる手立てを使い密かに稼ぎ出している銭だ」

菊堂丸が指示して椎茸を採取して作った干し椎茸、伊賀衆を使い地域ごとに違う米の価格差を使った米の売買、伊賀衆を使い桂川を抑え通行料金を徴収。

菊幢丸の下に莫大な銭と情報が集まり始めていた。

「承知いたしました。ならば、まず我ら甲賀衆のやるべきことは何でしょう」

「今行われている細川京兆家の内輪の争いをさらに激しくさせることだ」

「細川京兆家の内輪の争いに介入されるのですか」

「奴らのやっていることは、内輪の争いなどと言う生優しいものでは無い。畿内中を巻き込んで街を焼き、農村を破壊、そして秩序の破壊だ。その結果ますます多くの者達が困窮していく。だが、奴らはそのようなことは気にもしない。細川晴元が邪魔者を消すために一向一揆を使ったのがいい例だ。制御不能な一揆を使ったことで一時は焦土の如き有様となった」

「戦乱に発展してもよろしいので」

「遅かれ早かれ戦乱になる」

「細川晴元と細川氏綱、両者の共倒れを狙われるのですな」

「そうだ。それは細川京兆家の領地を将軍家が接収するためだ。可能なら三好長慶の三好勢も内部分裂させておきたい。それと甲賀衆のために屋敷を用意してある。そこを足場にして、動いてもらいたい」

「屋敷までいただけるのですか」

甲賀衆のために屋敷を与えると言うことに驚く二人。

「既に空き家を二つ抑えてある」

「ありがとうございます」

「伊賀衆も動いている。保長とよく打ち合わせをして動いてくれ。頼んだぞ」


ーーーーー


三好長慶は、三好勢の機内における拠点である摂津国越水城にいた。

細川晴元の陪臣で23歳と言う若さでありながら、三好長慶の実力は強大なものになりつつあり、畿内では有力大名の一人と見られ始めており、主君である細川晴元も脅威に思い始めていた。

そんな三好長慶のいる部屋に弟である三好之相みよしゆきすけ(後の三好実休、通称は彦次郎)が入ってきた。

「兄上」

「どうした彦次郎」

「妙な話しが出回っている」

「妙な話しだと」

「細川晴元殿が我らを密かに葬ろうと画策しているとの話しだ。百姓・町人だけでなく家臣達もその噂でもちきりだ」

三好長慶の顔が厳しい表情に変わる。

「どんな内容なのだ」

「いくつかあるが、ひとつは武威を示しつつある兄上を細川晴元殿が目障りに思い始めている。二つ目は細川晴元殿が三好政長と手を組もうとしている。三つ目は細川晴元殿と三好政長が裏で手を組んで兄上を亡き者にする事を狙っている」

「ほぉ〜。なかなか面白いな」

「面白いなどと呑気な事を言っている場合か、あの細川晴元殿ならやりかねん」

「確かにあの御仁ならやりかねんな。己の権力を維持するためなら手段を選ばんだろう」

「しかも、三好政長の奴が密かに戦支度を進めていると噂が流れてきている。念のために調べさせたが密かに兵糧の買い増しをしている」

「兵糧を買い増しているだけでは、叩く理由としては弱い」

「怪しいなら先に叩くべきだ。先手を打たれ攻められてからでは遅い」

「細川氏綱のやつも、まだ片付いてはいない」

昨年、細川氏綱が打倒細川晴元を掲げ挙兵したが、どうにか打ち破り抑えこむことに成功したが細川氏綱は討ち取ることができずに逃していた。

「兄上。ならば、細川氏綱と手を組む事も考えてはどうです」

「細川氏綱か」

「細川氏綱も細川京兆家の者。細川京兆家を継いでもおかしくは無い。逆に恩を売れるかもしれん。それに、細川晴元は我らが主君ではあるが、三好政長と手を組んで我らの父を罠にかけ一向一揆に襲わせる事をした。そんな奴にいつまで仕えるのです」

「彦次郎。一つ間違いがある」

兄長慶の言葉に怪訝な票をする彦次郎。

「間違い・・」

「確かに形としては儂は細川晴元に仕えているが、儂自身は細川晴元に仕えているつもりは全く無い。儂が奴を利用しているのだ」

「利用している。細川晴元を・・ですか」

「そうだ。奴を骨の髄まで利用して、必要がなくなれば我らの手で滅ぼしてやればいいのだ。奴は我らがのしあがるための踏み台にすぎん。これ以上目障りなようなら政長と一緒に、そろそろ滅ぼしてやってもいいのかもしれん」

「ならばすぐにでも」

「待て、慌てるな。何事も時を選ばねばならん。奴らが油断している時を狙うのがよかろう。しばらく奴らから目を離すな。倒す時は一気に叩き潰す。良いな」

「分かりました」

「クククク・・・面白くなってきた。乱世か、まさに儂の為にある時代よ。全てをこの手に掴み取って見せる」

三好長慶の笑い声が響き渡るのであった。

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