第5話 蠢く悪意

「クククク・・・実に滑稽・滑稽よな。そう思わんか」

足利幕府管領職である細川晴元は薄ら笑いを浮かべていた。

その笑い声が部屋の中から漏れ聞こえてくる。

屋敷の中で部屋の周辺は人払いされ、少し離れた場所に警護の者達がいた。

「晴元殿。そう言われるな。我らは上様の臣下であり、将軍家を支えねばならん。滅多なことを言えばどこから上様に伝わるかわからんぞ」

六角定頼は、細川晴元の言葉を嗜める。

六角定頼の娘は細川晴元の継室となっており、六角定頼から見れば義理の息子であった。

「将軍といえども我らの力無くしては何事もできん。我らがいなくては、生きていくこともできん。そうであろう」

「晴元殿。御嫡男菊幢丸様はなかなかな野心家の様だぞ」

「周りの愚か者どもが吹き込んでいるだけであろう。過去の栄光を懐かしんで息巻いているだけにすぎん。そもそもどうやってそれを実現するのだ。将軍家の領地は何処にある。何処にも無いだろう。それでどうやって兵を養うのだ。領地が全くなければ戦う力が無いと同じ」

「やれやれ、お主は自信家よな」

「我ら細川京兆家と六角家が手を組んでいれば怖いものは無い。上様といえども我らの意向は無視できん。政は全て我らに任せてのんびり生きておられればいいのだ。政は儂らが全て取りしきる。それで全てうまくいく」

「我らで本当に操れると思っているのか。幕府管領職は上様に代わり幕政の全てを取り仕切り、強大な権力を持つが、それは上様あってのものだ。気をつけねば身を滅ぼすことになるぞ」

「操るなどとは人聞きの悪い。政は我らが一番分かっている。上様は余計な野心を持たずに、分かっているものに全て任せれば良いと言っているだけだ。心配ない。もしダメなら神輿を変えれば問題ない。儂の手の内には足利義維あしかがよしつな殿がある。神輿の代わりはある」

細川晴元の言葉を聞き驚きの表情を見せる六角定頼。

「何だと、上様の弟である義維殿だと。行方知れずになっていたため亡くなったのかと思っていた。お主の所にいたのか、いつの間に匿っていたのだ」

「大事な将軍様の弟殿。いつ必要になるか分からんであろう。手駒は多くても困らん。手駒は多ければ多いほどいい。さらに神輿が軽ければ言うこと無しであろう」

「そんなことが公になれば、上様の不信感を買うぞ」

「それこそ要らぬ心配事だ。上様に何ができる。せいぜい書状を書いて逃げることぐらいであろう」

「まったく、呆れたやつだ。気をつけねば足元を掬われるぞ」

「心配いらん」

「昨年、細川高国の養子である細川氏綱が和泉国で挙兵した。どうにか抑え込んだが、細川氏綱は逃げたまま、いつまた挙兵するか分からんのだぞ」

細川晴元は、同族で前の幕府管領であった細川高国を戦で破り、力で細川京兆家の家督を奪い取り幕府管領職に就任していた。

しかし、これを発端とした泥沼の戦いが畿内で続いている。

「相変わらず心配性ですな。もう少し大船に乗ったつもりでいて欲しいものだ。細川京兆家と将軍家は我が手の中にある。高国の養子如きで何ができる。近いうちに奴も討ち取ってやる」

細川晴元の自信に満ちた声が部屋に響き渡るのであった。


ーーーーー


菊幢丸は服部保長に命じて京の御所近くと嵐山の近くにそれぞれ忍屋敷を作らせていた。

表向きは造り酒屋と和菓子を扱う店となっている。

京の御所近くの店は連絡を取り指示を出すため、嵐山の近くの屋敷は伊賀衆実働部隊の屋敷であり、さらに将来のために桂川の水運を抑えて、桂川を完全に支配するためであった。

屋敷を作る銭は、菊幢丸が出している。

菊幢丸は万吉らと共に京の街中の忍び屋敷にいた。

「万吉。銭はどれほどになった」

「はっ。米の売り買いで恐ろしいほどの勢いで銭が増えております。既に5万貫文を超えております。おそらく年内には10万貫文近くに達すると思われます」

「分かった。引き続き米の売買を続けよ」

「承知しました」

「保長」

「ここに!」

部屋の中にはいつの間にか、伊賀忍者服部党上忍である服部保長がいた。

「桂川の支配はどの程度まで進んでいる」

「順調に進んでおります。桂川を使う主な勢力は間も無く全て我らの傘下に降ります」

「ならば桂川の通行料の銭を集めることにするか。万吉と連絡を取り合い銭の徴収をさせよ」

「承知いたしました」

「万吉。もし手に余るようであれば、お前の実父殿と義父殿に連絡を入れ力を貸してもらえ」

「問題ございません。我ら近習でできます」

「分かった。手抜かりなく頼むぞ。それと、保長」

「何でしょう」

「細川晴元はそのうち我らに牙を剥いてくる。今から準備をしておかねばならん。そのためにいくつかやってもらいたい事がある」

「どの様な事でしょう」

「まずひとつ目。父上の弟であり、我が叔父である足利義維あしかがよしつなの行方を探してくれ。彼の方は、まだ将軍職への野望を持っている。おそらく細川晴元が匿っていると考えている。どこに匿われているのか調べ、定期的の居場所を報告してくれ。くれぐれも悟られぬようにしてほしい」

「承知いたしました。殺らなくてもよろしいので」

「今はまだその時では無い。時期がくれば指示を出す。次に二つ目の指示だ。細川晴元が支配している国にある各城内部の見取り図を集め、それぞれの城の死角となり、弱点となる場所を調べておいてくれ。手が足りなければ他の伊賀衆を追加で雇い入れてもいいぞ。その分の銭は出す」

「承知いたしました。では、百地と藤林にも声をかけたいと思います」

「分かった。万吉。あとで必要な銭を渡してやってくれ」

「分かりました」

「次に三つ目の指示だ。細川京兆家は細川晴元が当主となっているが、それは細川高国との戦いに勝ったからであり、高国の子らとの確執は残っている。だが、どちらが細川京兆家を握ろうが将軍家に対する姿勢は同じだ。将軍家が復活するためには、細川京兆家を完全に潰しその支配する領地を全て将軍家直轄にしなければならない」

「そのために、何をせよと」

「細川京兆家の内部対立を煽る。出来たら四つか五つほどに別れていがみ合ってもらうようにしたい。可能ならお互いが協力できないほどに憎み合ってもらえたら上出来だ。そこまで行かなくとも内部の不信感を膨らませ、何かあれば対立に発展する可能性があれば良い」

「手段は問わなくてでよろしいですか」

「手段は任せる。くれぐれも証拠を残さないでくれ」

「分かっております。お任せを」

「さらに四つ目だ。火槍かそうを知っているか」


生まれ変わる前の知識では、今の時期はまだ京まで火縄銃は入ってきていない。無いものはどうにもならない。鉄砲鍛冶だったわけでも無いから作り方もわからない。

どうにかできなかと必死に文献を漁り、いくつか使えそうなものがあった。


「火槍ですか、知っております。最近は使われておりません。よくご存知で」

「東福寺の碧山日録を見せてもらった時に、応仁元年(1467年)から始まった戦(応仁の乱)の時に細川方が火槍を使ったとあった。火槍とはなんだ」

「矢を太く大きくしたの先端に火薬を詰めた筒をつけ、飛ばして火薬を爆発させ敵を倒す武器でございます」

「威力はどの程度ある」

「上手くいけば1本で数名を負傷させることは可能かと。ですが戦には向いていないと思います」

「それはなぜだ」

「火薬が高価なものだからです。原料の硝煙(硝石)が日本で取れません。薬学に詳しい忍びのもの達が作り出せないか色々試していますが、時間と手間暇のかかる割に取れ高が少ないの現状です。大量に必要なら全て明国から買うしか無いのです。戦で効果を上げるには大量に使わねばなりません。大量に使えば少数で大軍を圧倒でるかも知れませんが、それだけの量を揃えるには恐ろしいほどの銭が必要です。それに火槍は弩を使わねばなりません。弓ほどではありませんが弓とは違いますので多少は修練が必要かと」

「硝煙が作り出せるのか」

「まだ試行錯誤の段階です。時と手間暇がかかり、邪魔の入らない土地も必要で、現状では戦に使うほどの硝煙は難しいでしょう」

「伊賀に火薬を扱える者は居るのか。硝煙があれば作れるのか」

「おりますし作れます。戦に使うなら火槍を使うよりも、焙烙玉が使いやすいかと」

「焙烙玉?」

「海賊衆で使う者がいると聞いております。陶器の中に火薬と石を詰め、火をつけて投げると爆発して石が飛び散り、敵の多くを負傷させることができます。油を詰めて投げ、燃やすこともできます。投げるだけですから作ってあれば誰でもできます」

「焙烙玉か、油でも使えるのか。それならあれも使えるか」

「あれとは」

「昔、大地から湧き出る燃える水と燃える土が朝廷に献上されたことがあったと文献にあった。燃える水・燃える土を知っているか」

「聞いたことがございます。越後国の草生水(くさみず)のことでしょう」

「手に入れることはできるか」

「必要であれば手の者を向かわせましょう」

「試してみたい。手に入れてくれ」

「承知いたしました」

「菊幢丸様」

「万吉、どうした」

「納屋が参りました」

「ここに呼んでくれ」

しばらくすると若い男が入ってきた。堺の豪商納屋の娘婿である彦八郎(後の今井宗及)であった。

「彦八郎か」

「菊幢丸様、お呼びと聞き参りました」

「頼みたいことがある」

「なんでしょう」

「硝煙を手に入れてほしい2万貫文出そう。それで買えるだけ買ってもらいたい」

「硝煙を銭2万貫文分で御座いますか!」

想像していなかった話に彦八郎は驚いていた。

「そうだ。日本国内では取れないと聞いた。できるだけ内密にしてくれ。手に入ったら桂川を使い、嵐山の屋敷に運び込んでくれ」

「明国は硝煙をなかなか国外に出してくれません。明国だけでは期待した量が集められないかも知れません。時間はかかるかも知れませんが呂宋の商人達にもあたってみましょう」

「すまぬが頼む」

「承知いたしました」

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