第4話 目指す先
「菊幢丸様、我らの役割とは」
服部保長は伊賀者を使い何をするのか問いかけてきた。
「それを話す前に儂の目指す道を皆に話しておこう」
「菊幢丸様お待ちを・・・」
服部保長は、低い声で菊幢丸の話に待ったをかけた。
そして素早く控えている下忍に目配せをする。
四人の下忍達は音も立てずに素早く部屋の戸の横に控え、
服部保長は菊幢丸を守るように前に立ち刀を抜いて構える。
皆の準備が整ったことを確認して服部保長は再び目配せをする。
下忍二人が戸に手をかけ一気に戸を開く。
部屋に倒れ込む二人の男。
素早く下忍達が抑え込み、首元に苦無を突きつける。
「待て、父の側近だ」
部屋に倒れ込んできたのは、万吉の実父である三淵晴員と養父である細川元有であった。
「お前達は何の真似だ。儂を付けてきたのか」
「こ・・これは一体どうなっているのです」
三淵晴員が焦ったように声を上げる。
「聞いておるのは儂だ。答えよ」
「申し訳ございません。この寺に入るところを見かけたため、後をつけて中に入ってしまいました」
「保長。離してやれ」
服部保長は二人を抑え込んでいる下忍達に目配せすると下忍達は二人を離した。
「寺社に断りもなく忍び込めば、盗賊と見做され警護の僧兵に切り殺されても文句は言えんぞ。それどころか将軍家の恥の上塗りとなる。分かっているのか」
「そ・・それは」
「菊幢丸様、申し訳ございません。全てはこの細川元有の責任でございます。処分は如何様にでもお受けいたします」
万吉の養父細川元有は、姿勢を正して手をついて頭を下げた。
「兄者」
「儂の責任である。処分は如何様にでも」
その姿を見てため息をつく菊幢丸。
「儂が父上の側近を斬ったら大問題であろう」
「ですが・・・」
「全く・・・興味本位で首を突っ込むなと言ったはずだぞ。興味本位も過ぎたれば身を滅ぼすぞ」
「申し訳ございません」
「そこに控えていろ。おかしな素振りをすれば今度は止めんぞ。お前達に聞く。お前達は細川晴元、六角定頼の手先であるのか」
「我らはお仕えしているのは足利将軍家のみ。細川晴元・六角定頼に仕えているはずがありません。まして将軍家に害を与えるつもりもございません」
「その言葉、本当か」
「本当にございます。熊野誓詞に誓って」
「分かった。一度は許そう。ここに踏み入れた以上は我らに手を貸してもらうぞ」
「「承知いたしました」」
「ここで見聞きしたことを他で話す事は禁止だ。将軍家に弓引くことがあれば命はないと思え、良いな」
「「はっ」」
「皆、座れ」
菊幢丸はこの場にいる者全員に座るように指示した。
「まず、この先儂が目指す道についてであったな」
座っている全員の顔を見る。
「おそらく数年以内、早ければ2年ほどで父上は隠居され、将軍職を儂に譲られるだろう。そして大御所として政を行われると見ている」
生まれ変わる前の時は、数え11歳で将軍職を譲られ父義晴は大御所として政を行っていた。
「えっ・・それは一体」
菊幢丸の言葉に驚く一同。
「元有。あくまでも儂の予想だ。だが、その通りになるだろう。しかし、だからと言って諸大名は言うことを聞かんだろう。なぜだと思う」
「その様なことは」
「元有。現実を見よ。皆勝手なことをしても将軍家と幕府は自力で罰することも出来ん。兵を使おうとすれば近隣諸大名の兵を借りねば何もできん。諸大名からしたら将軍家なんぞ怖くないだろう」
「お待ちください。その様なことは」
「元有。現実を見よと言ったであろう。なぜ怖くないか。簡単な話だ。全国にあった将軍家の領地が奪われ、掠め取られ、将軍家の領地が消滅しているからだ。領地がなければ銭も兵も無い。そんな相手は怖く無いだろう。かろうじて将軍としての権威はあるか」
「・・・・・」
「将軍家が力を取り戻すには、そこをどうにかしなくてはならん。領地は戦で切り取らんかぎりすぐにはどうにもならん。ならば、銭はどうだ。そこで商人たちだ」
「商人達から税を取るのですか」
「違う。そうではない。力をつけるために儂らも商人のごとく貪欲に生きる」
怪訝な表情の二人。
「商人のごとくですか・・・我らは武士でございますぞ」
「はぁ〜・・・古臭い考えだ。少し前までは儂もそうであったから人のことは言えんな。今日はここにいる堺の納屋との取引で儂はある物を納屋に売り8500貫文の銭を得た」
時代により銭の価値は変わるがこの頃1貫文は約10〜15万ほど。
「はぁ!!!8500貫文・・・」
「そうだ。何を売ったかと言えば、椎茸だ」
「椎茸ですと、どこでそのような物を」
「それは秘密だ。得た銭の一部を使い伊賀忍びを儂の家臣として雇い入れた。領地が無くともやり方次第で銭は手に入る。将軍家が力を取り戻し領地を取り返して行くためには、商いで銭を稼いで直属の家臣と力を手に入れて行くしかない。そのために納屋と伊賀衆なのだ」
「ですが・・・」
「黙って聞け。さらに伊賀衆の諜報力と納屋の力を使い、諸国の中で米の豊作の場所で安く米を仕入れ、不作の地域で高く売る。これを繰り返して米を使い銭を稼ぐ。特に戦をしている大名達は狙い目だ。兵糧を調達する前に買い占める手もあるな。既にこのことは納屋と合意している。他にもやりたい事はあるが、自前の領地がなければできんことだらけだ」
「ではその先は一体・・・」
「諸国を平定し直す。これはそのための一歩だ」
「平定し直す・・・本気でございますか」
「本気だ。だからお前達に変にうろうろされると困るのだ。父の側近の中に細川晴元と六角定頼の息のかかった者がいるはずだ。そこから余計な情報が流れるのが問題なのだ。余計な情報が流れれば向こうは警戒する」
「細川晴元殿は幕府管領職。六角定頼殿は幕府を支える大名でございますぞ」
「ハァ〜!元有。本気で言っているのか。本気で言っているならとんでもない見込違いだ。お前の目は曇っていると言うしかない。細川晴元の凄まじいまでの権力欲をお前も知っているだろう。その権力欲でどれほど戦が引き起こされたのかも知っているだろう。さらに六角定頼は、細川晴元に嫁がせた娘が可愛いのか最後は晴元の肩を持つ。六角の忠義は普段の姿であり、表の顔にすぎん。いざとなれば簡単に将軍家を裏切る。だが将軍家への忠節が全く無い訳でも無い。定頼の中で重要度が単に身内の方が高いだけとも言えるが」
細川元有と三淵晴員の顔に大粒の汗が浮かんでいる。
生まれ変わる前の時、父義晴は細川氏綱が優勢と見て、氏綱と組んで細川晴元の追い落としを図ったが、最後の段階で六角の裏切りで失敗している。
「そう遠くないうちに細川晴元と将軍家が戦う時が来る。その時が来たら六角定頼は細川晴元につく。そのために備えるため、銭と伊賀衆なのだ。このことがバレるのは儂の手の内を向こうに知られることになる。非常に都合が悪いことになる。それはわかるな」
頷く二人。
「さて、ここまで手の内を知ったら儂と一蓮托生だ。覚悟せよ」
菊幢丸は不敵な笑みを見せる。
細川元有と三淵晴員はいずまいをただす。
「我らも将軍家の現状を憂えております。もとより菊幢丸様を裏切るつもりはございません。我らに何なりとお申し付けください」
「分かった。頼りにしている。まず、銭を稼ぎ力を蓄えねばならん。そして、細川晴元と六角定頼が将軍家に牙を向いた時が我らの最初の試練だ。そこで打ち破らねば、平定し直すなど夢のまた夢となる」
「では、我らは何をすれば」
「元有、晴員は必要なことがあれば指示をする。それ以外は何もせず普通にしていろ。だが、お前達が普通にしていることは難しいだろう。挙動不審になりかねん。だから、細川晴元や六角定頼には、愚鈍な童が昔の足利将軍家の威光を夢見ているとでも言っておけ」
「愚鈍などとは」
「元有。これは相手の油断を誘う戦でもある。敵に嘘の情報を流しておくことも立派な戦だ」
「これも戦でございますか」
「刀や槍を振るうだけが戦ではないぞ。噂を流し、偽の情報を流し、敵の兵糧を買い占める、敵側が高額な兵糧を買うしか無い様にさせるなど、これも立派な戦だ」
「な・・なるほど・・・」
「さて、保長」
「はっ」
「話にもあった通り、まずは諸国の米の出来具合を調べよ。その情報をもとに納屋が動く。次に嵐山近くに屋敷を作る。そこを拠点に桂川を支配下におけ、桂川がこれから重要になってくる。それと畿内の大名達の動静を調べよ」
「承知いたしました」
ここから菊幢丸の新たなる野望が始まるのであった。
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