第3話 運命に抗う者
細川万吉の父は、幕臣として12代将軍足利義晴に仕える
元々は義晴の側近である細川元有の次男であり、同じ側近の三淵家に養子に入っていた。
万吉は父の兄である細川元常の養子となっていた。
万吉は、実父三淵晴員と養父細川元常のところに呼ばれていた。
「万吉。お前は菊幢丸様のお側に仕えながら菊幢丸様を野盗と戦わせるとは何事か。お前達小姓は何のためにお側に仕えているのだ。本来ならお前達が盾となり菊幢丸様を逃さねばならんのだぞ。考えが甘すぎるぞ」
実父である三淵晴員は厳しい口調で叱る。
「申し訳ございません」
「万が一の事があれば、申し訳ないではすまんぞ。万が一の事があれば、最悪、我らも責任を取り腹を切らねばならんところだ」
「申し訳ございません」
「だいたい・・・」
「もう良いではないか晴員」
「兄者、兄者は甘すぎる」
「甘いのは認めるが、もう終わった話だ。上様も無事であったから良いと申されたではないか」
「しかし・・・」
「上様が良いと申されているのだ。そのお言葉に逆らうのか」
「そんなつもりはないが・・・・・」
渋々口を閉じる晴員。
「それより、万吉。菊幢丸様が剣に天賦の才を見せたと聞いた。それは事実か」
「事実としか申しようがありません。狼の首を居合ぬきで一刀両断。さらに野盗との戦いでも信じられないような身のこなしと剣の振りでございました。あのお歳であの剣の腕前は信じられません。長い年月をひたすら剣の修行をした者の如きでございます」
「いつの間に、そのような修行をされていたのだ」
「少し前までは、剣の修行をされてもあの様なことはできませんでした」
「フム・・・ではいつから変わったと思う」
「いつからですか・・・あえて言えば頭を打たれてお倒れになり、目を覚まされて以降でしょうか」
「ウ〜ン・・・それではわからんな・・・何か変わったことを言われていないか」
「この乱世の理不尽と諸大名が勝手放題されていることに憤っておられました。将軍を継いだら日本を平定し直して、秩序を取り戻すと言われていました」
万吉の言葉に養父も実父も驚きを隠せなかった。
「兄者、この話が本当なら」
「もしかしたら、足利将軍家に生まれた麒麟児が目覚めたのかもしれんな。菊幢丸様と話をしてみても良いかもしれん」
乱世の世となり、時を経るに従い将軍の力は衰えていく一方であり、足利家12代将軍足利義晴の側近でもある細川元有は、いつもそのことを憂えていた。
憂えていても状況は良くなることは無く、衰退する力を立て直す手立てを見つけられなかった。
ーーーーー
菊幢丸は、衰退した将軍家を建て直すために、何か手立てを講じることはできないか、藁にもすがる思いで歴史書を読み、孫子を読み、近隣の商人など武士以外の者たちから話を聞く毎日を過ごしていた。
できる限り武家以外の者達の話を広く聞くことにしていた。
武家の者達の話だけでは、生まれ変わる前の頃と何も変わらないと思えたからであった。
そんな中で、商人たちの話は有益だった。
領地もない状態でどうするかを考えていた時、商人たちの商売のあり方、利益をどう得ているのかの話は驚きであった。
商人たちは領地を持つ訳では無い。小さな店を持っているだけである。人によっては店すら無い。
特に、堺の商人は小さな店一つで莫大な利益を上げている。
茶人で自らの茶の湯の師匠でもあり、堺の豪商でもある
そんな菊幢丸のもとに細川元有と三淵晴員が訪ねてきた。
「元有、晴員。今日は如何した」
細川元有はゆっくりと口を開く。
「万吉から聞いた話でございます。菊幢丸様は、この乱れた乱世を平定し直したいとお考えと聞きました。それは本当でしょうか」
「そのことか。儂は本気だ」
「如何にしてそれを成されます」
「元有。それを答える前に聞きたい。世が乱れている原因は何だと思う」
「世が乱れている原因でございますか。諸大名が勝手に戦を起こすためでございます」
「なぜ、そうなる」
「そ・・それは・・・・・・諸大名の欲」
「言い難い様だから儂が言おう。将軍家が弱いからだ。諸大名が勝手なことをしても自ら罰する力が無いからだ。将軍家に元々あった直轄領は全て諸大名に奪われてしまい、自前の領地も、自前の兵力も無い。何か事を起こすには諸大名の力が必要となる」
「討伐の兵であれば諸大名がこぞってお力になります」
「こぞって力を貸すなら乱世になるはずないだろう。違うか」
「・・で・・ですが・・」
「六角がいい例だろう。普段は何事にも忠節を尽くすが、細川晴元とことを構えると将軍家ではなく細川晴元の味方につく。簡単に敵になるではないか」
「・・・・・」
「ならば逆らえぬほどの力を将軍家が持つしかない事になる。具体的のどうするかを話すかは、今のところ話すつもりは無い。二人は父の側近であり、儂の側近では無い」
「我らは義晴様の側近である以上、菊幢丸様のお味方」
「ならば帰れ、これ以上話すことは無い。先ほどの話は全て忘れよ。興味本位で首を突っ込むな」
菊幢丸は細川元有、三淵晴員の二人から視線を外し、書物を読み始める。
「菊幢丸様」
「くどい。帰れ」
もはや目線も合わそうとはしない。
やむなく、二人は部屋から出ていった。
しばらくすると万吉が入ってきた。
「万吉。あの二人にはどこまで話した」
「菊幢丸様が将来天下を再平定したとお考えであると申しました」
「そこから先は」
「具体的な部分申しておりません」
「ならいい。童の戯言と思われる程度で終わるだろう」
「あの二人なら話してもよろしいのでは」
「父の奉公衆の中には、細川晴元や六角定頼の息のかかった者がいるはず。父の側近でも迂闊に話すことはできん」
「なるほど」
「そろそろ時間か、足腰の鍛錬に行くとするか」
菊幢丸は、小姓たちを引き連れ室町御所を出て足腰の鍛錬のために歩き始めた。
半刻(1時間)ほど歩いたところで菊幢丸が万吉に声をかける。
「少し喉が渇いた。あの寺で茶を貰えぬか聞いて参れ」
「承知しました」
万吉は急ぎ寺の中に入って行く。
しばらくするとこの寺の僧侶をともなって出てきた。
「ようこそおいで下さいました。この寺を預かる宗無と申します。お茶を用意いたしました。どうぞお入りくださいませ」
菊幢丸たちは、この寺の僧侶である宗無の案内で寺の中に入って行った。
案内された部屋に入ると僧侶ではない町人らしき二人の男が待っていた。
「お待ちしておりました。菊幢丸様」
「待たせたな、
部屋にいたのは、堺の豪商で茶人でもある武野紹鴎と娘養子である彦八郎であった。
武野紹鴎は、人生をやり直す前の足利義輝の頃の茶の湯の師匠でもあり、やり直しの人生でも茶の湯の師匠となっていた。
本来なら師事するのはまだ先であるが、父に頼み込み早く茶の湯を習っていた。
「とんでもございません。我らは菊幢丸様のお役に立てて嬉しく思っております」
「茶の湯のおり話していたものは用意してある。確認してくれ、万吉」
万吉たち小姓は、事前に密かにこの寺に荷物を運び込んでいた。
部屋の中に事前に寺に運び込んでおいた大きな木箱を運び込んできた。
「中を見てくれ」
「承知しました。彦八郎」
彦八郎が木箱の蓋を開ける。
そこには木箱にぎっしりと椎茸が入っていた。
平助の椎茸である。おおよその場所を聞いていたが、いざ探すとなるとかなりに時間がかかってしまった。ようやく椎茸の群生地を見つける事ができ、そこにはかなりの量の椎茸があった。
菊幢丸は多少心苦しさもあり、椎茸を摂る前に、平助の墓に手を合わせてから椎茸を収穫していた。
「まさかこれほどの量があるとは」
中身覗き込んだ武野紹鴎は驚いていた。
「全部で重さは8貫目ある」
「品質も良いですな。これなら干し椎茸にすれば明国相手に高く売れます。椎茸は、この量なら8000貫文ですが500貫文上乗せして8500貫文で買い取らせていただきます。いかがでしょう」
「問題ない。それで頼む」
「先に手付けとして8500貫文お渡しします。残りは後日すぐさま用意いたします」
「それで良い」
彦八郎が8500貫文の銭の銭が入った木箱を万吉に渡す。
「菊幢丸様のご依頼のもう一つの件でございます」
「うむ」
「陰働きのできる者達をお求めとのことですので、伊賀の忍びに話をつけました」
「問題ない」
「細川京兆家と六角家の影響のない方がよろしいのですね。ならば甲賀の忍びより伊賀忍びがよろしいでしょう。甲賀は全てが六角家に使えておりませんが、皆なんらかの関係を持っておりますから」
「問題ない。伊賀忍びで良い」
全ての甲賀の忍びが六角家の家臣では無い。
だが、六角家とほとんどの甲賀忍びは強制力の無い緩やかな主従関係であり、各地の大名のもとに出向き仕事を請け負っている。
しかし、緩やかな関係であっても六角家の傘下にあることは事実でり、情報漏れには気をつける必要がある。
「分かりました。今この寺に呼んでおります」
「会おう」
別の部屋へと案内されて行く。
そこには五人の男が待っていた。
「待たせた。足利将軍家菊幢丸である」
「服部保長と申します」
五人の中で一番前にいた男が名乗る。
「お主は以前北面武士として幕府に仕えていたのではなかったか」
菊幢丸の言葉に驚く服部保長。
「よくご存知で、諸般の都合でその後三河松平家にしばらく仕えておりました。松平家で謀反が起こり家中が統制が取れていないため松平家を辞して伊賀に戻っておりましたところ、堺の納屋殿からお話を聞き参上いたしました」
「ここに来たという事は私に仕えてくれるという事で良いのか」
「条件次第。我らも養わねばならん多くの者達を抱えておりますので」
「ならば、保長殿に年500貫文。他の者達にまとめて500貫文。合わせて年1000貫文でどうだ」
「そ・・そんなにいただけるので」
「3年分を前渡ししてやろう。万吉。3000貫文を保長殿に渡してくれ」
「はっ、承知しました」
万吉が3000貫文の銭を服部保長に渡す。
すぐさま下忍と思われるものが現れ銭を持って下がっていく。
「我ら服部党はこれより菊堂丸様にお仕えいたします」
「よろしく頼む」
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