第3話

 高校1年生の時に誠の存在を知った。

 中学校の頃に学級委員を務めており、その名残から高校でも学級委員を務めることとなった。高校では毎月学級委員会が開かれ、そこに他クラスで学級委員を務めていた誠がいた。


 誠の印象はフットワークの軽い気遣い上手といった感じだ。何でも器用にこなし、周りがよく見えていて困っている人がいるとすぐに助けてくれる。私は彼とは真逆で、よく言えば真面目だが、悪く言えば頑固。不器用なのに多くの仕事をこなそうとしてパンク。それでいて頼り下手なのでいつも困っていた。


「柊さん、今日からよろしくね」


 高校2年生で私たちは同じクラスになり、当然のように2人とも学級委員になった。

 委員が決められてすぐに開催された委員会で、私たちは深く交流することとなった。2人で学級委員が集まる教室に行く最中に軽い挨拶を交わした。


「私の名前、よく覚えていたね」

「いやいや、流石に自分と一緒の委員の名前は覚えるよ。それに去年も一緒だったでしょ。逆に俺のことは覚えている?」

「……せい?」

「多分、下の名前の事言ってるんだろうけど違うね。まことだよ」

「ごめん。ちょうどその時、漢字テストで『誠実』が出てたから『せい』で覚えてた。でも、去年も同じ学級委員だったのは覚えているよ!」


 誤解を解くために慌ててフォローする。名前を覚えるのが苦手なだけで、生徒自体のことはよく知っているのだ。私の弁明に誠は驚くような素振りを見せると少しして破顔し、盛大に笑った。


「はははっ。柊さんって面白いね。じゃあ、改めて自己紹介しようか。俺は悠凪 誠。趣味はこれと言ってないけど、基本的に何でも手をつける。今はサバゲーにハマってる。取り上げていうことはないけど、クラスの友達からは明るくて馴染みやすい性格って言われるかな」

「それは何となく見れば分かる。私は柊 香恋。趣味は知らない所に行くこと。大学に入ったら海外旅行に行きたいと思ってる。クラスの友達には真面目って言われる」

「あー、柊さんも見れば分かる。真面目というよりは頑固だよね?」

「なにをー!」


 図星を突かれたため大きな声を出してしまう。誠は「ごめんごめん」と両手を合わせて謝罪した。彼の友達が言うように、誠は陽気で馴染みやすい生徒だった。私たちはそれからも2人で軽い雑談をしながら教室へと向かった。


 ****


 学級委員は『体育祭の競技決め』や『文化祭での出し物決め』などイベント毎に定期的に仕事が発生する。委員会も毎月開かれるため、私は誠といることが多かった。男子の中でならダントツだろう。


「なあなあ、クラスで俺たちが付き合っているって噂が流れているらしいぜ」


 ある日の授業後。文化祭の出し物が決まり、スケジュールを2人で立てていると誠が不意にそんなことを口走った。噂が流れているとは言っても、私のところには届いていない。だから私は本人から聞かされて少しばかり胸が高鳴った。


「へー、それで?」

「いや……柊はどう思ってるのかなと思って。俺と恋人って嫌だったりする?」

「どう思うも私はそんなこと知らなかったんだけど」

「まじ?」


 私はジーっと誠を見る。彼は気まずいようなのか視線を私から窓側へとずらした。逃げるとはとんだ意気地なしだ。


「別に私は何とも思わないよ。誠と恋人って言われても嫌だとは思わない。誠は?」

「俺もまったく嫌だとは思わない。むしろ良いとすら思う」


 誠は調子づいたように言葉を足した。意図的なのか、天然なのかは分からないが、ドキドキさせるような物言いだった。胸の高鳴りが先ほどよりも強くなっているのが分かる。なるべく平静を装ってノートにスケジュールを書き込む。


「だからさ、俺たち付き合わないか」


 不意をついた誠の言葉に思わず手が止まる。彼の顔ではなく、ノートに顔を向けていて良かったと思った。きっと頬が赤くなっているに違いない。冷房の効いた教室のはずなのに体が熱くなっている。


 なるべく彼と顔を合わせないようにノートを持ち上げて顔を隠す。誠は顔を左に寄せて私を見ようとするが、腕を右に寄せることで防いでいく。今度は右に寄せて私を見ようとするから、腕を左に寄せて防いだ。そのやりとりが何だかおかしくて気づけば胸の鼓動は治っていた。


「ばか。そう言うのはちゃんとしたシチュエーションでやりなよ。まあ、良いけど」


 ノートを下げて彼の顔を見つめる。私の突然の行動に今度は誠が頬を染めた。

 私は「してやったり」と得意げな表情で誠を見つめた。拙くてぎこちない告白だったけど、陽気な彼とはまた違った様子が見れたのは良かった。


 こうして、私たちは噂ではなく本当の恋人となった。


 ****


「香恋はさ、どこの大学に行くの?」


 体育祭や文化祭と毎年恒例の大きな行事が終わり、大学受験がほんわかと近づいて来たのを感じる2学期の終わり。学級委員会を終え、帰る支度をしていると横にいる誠がそんなことを聞いてきた。


 彼の手には進路希望調査票が握られていた。3学期の文理選択の際に必要となってくるため今学期中に提出しなければならないのだ。私は両親から県内トップの大学の理系学部を選択するよう言われていたため、その旨を記述していた。


「〇〇大学の△△学部」

「うわぁ〜、めちゃくちゃ頭いい大学じゃん。じゃあ、俺も第一志望はそこにしよ!」

「そんな簡単に決めちゃっていいの? 大事な進路だよ」

「いいのいいの。特に行きたい大学はないんだけどさ、香恋と一緒にいたいって思いはあるから」

「別に大学が同じじゃなくても、一緒にいられるでしょ」

「でも、同じ大学だったらもっと一緒にいられるじゃん」


 そう言われると否定はできなかった。

 確かに誠は何でも器用にこなす。それは勉学も例外ではない。テストは一夜漬けと言いつつもクラス3位以内には入っている。進学校でその成績ならば難関大の合格も夢ではないだろう。


 私としても誠が同じ大学に来てくれることは嫌ではなかった。むしろ嬉しいくらいだった。誠と同じ志を持てるのなら、きっと辛い受験勉強も乗り越えていけるだろうと思った。


「私は別にいいけど」

「ホント! なら俺も香恋と一緒のところにしよ!」


 誠は意気揚々と進路希望調査票に私の言った大学と学部を書いていく。先ほどまでの悩みは嘘かのようにスラスラと記入していった。第2第3希望は白紙のまま。それが「私と同じ道以外あり得ない」と言っているかのようで体が熱くなった。誠の意図しない天然なところが私の心をかき乱す。


 こうして私たちは共に同じ道を歩んでいくことになった。

 そして、誠だけが先を歩んでいき、私だけが取り残されてしまったのだ。

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