第17話 小さな違和感

 二週間後の正午、城内にある大広間にて。


「何とか形にはなってきた、かな……」


 室内に置かれた黒い椅子に腰を落ち着けていた俺は、部屋の中央で熱心に魔法の特訓に励む四人の少女たちを見つめ、呟いた。

 二週間前……いや、数日前までの彼女たちは、魔法の発動すらままならない状態だった。マナの粒子を僅かに放出するだけであり、事象を現実に引き起こすことが全くできていない、お世辞にも褒めることのできない有様だったのだ。

それが今は、本当に小さなものではあるけれど、指先に火を灯すことができるようになった。最も大変で努力を必要とする、〇から一への大きな一歩を踏み出した。まだ未熟で、理想とする姿にはほど遠い、しかし、彼女たちは間違いなく成長していると言えるだろう。


「もう無理!」


 必死に指先に灯した火を維持していたテフィアが唐突に大きな声を上げ、火を霧散させてその場に膝を折った。

 特訓を始めてから四時間は経過しているので、とても良く集中できていたと思う。

 テフィアに釣られて同じように魔法の維持を解いた三人の少女たちも、とても疲れた様子。集中し、真剣に取り組んでいた証に、額にはうっすらと汗が見て取れる。微かに息も上がっており、一桁の気温にも拘らず、彼女たちの顔には赤みが見えた。

 よく頑張った。

 俺は少女たちに拍手を贈り、立ち上がった。


「以前と比べると格段に違うな。魔法を発動、維持することができた時点で、かなりの成長だぞ」

「と、当然よ……何時間も特訓してるんだから、上達しなきゃおかしいもの」


 疲れの見える笑顔で強気に言ったテフィアだったが、直後に隣のメルフが口にした言葉に、少し肩を落とした。


「上達はしているんだろうけど、まだまだ春を取り戻すのに必要なだけの力はないよ。精々、ようやくスタート地点に立った感じだろう」

「うぐ……もっと頑張るわよ」

「そうだね。今以上の精進が必要だ」


 意地悪な笑みを浮かべてテフィアに言うメルフ。

 彼女に目を向け、俺は呆れ交じりに言った。


「メルフは禁酒させた途端、一気に上達したな。四人の中で、灯している火が一番大きいし、維持できる時間も長い」

「かもね。でも、悪いこともあるよ? 飲めないから手先が微妙に痙攣するからさ」

「良かったな。これを機に依存から抜け出せるぞ?」


 俺は笑顔でそう返す。

 残念ながら、俺は中毒者に優しくするような男ではない。メルフは酒を抜いた今が一番上達しているので、これからも継続させていくつもりだ。状況を悪くする必要は、何処にもないのだから。

 ちぇー。と、不貞腐れて唇を尖らせたメルフから、その隣にいたユティルとセフィに特訓が必要なところを伝えた。


「二人は持続時間は長いが、火の大きさが物足りないな。熱さは感じないはずだから、もう少し勇気を出して、火にマナを注いでみるといい。勿論、その分維持させるのが難しくなるが……いずれ、近いうちに通らなくちゃならない道だ」

「あ、あはは……頑張ります」


 頬を掻きながらセフィは言い、次いで、ユティルが俺に問うた。


「ねぇ、先生君。実際に桜の周囲にある燭台に灯す火って、どれくらいの大きさなの? まさかとは思うけど、今の十倍くらいは必要?」

「大きさか……」


 俺は解答に窮した。

 実際にどれくらいの大きさが必要かと問われると、的確な答えを導き出すことができない。通常の火と違い、魔法で生み出す火で重要なのは含まれているマナの量だから。とてつもなく大きな炎でも僅かなマナしか含まないものもあれば、その逆もある。魔法の練度によって、マナの内包量に囚われない大きさの炎を作り出すことが可能なのだ。

 だが、彼女たちは魔法の初心者であり、マナの量に比例して、火は大きくなる。その法則に従って大きさを示すならば──。

 宙に魔筆を滑らせた俺は右手を掲げ、事前に調査した桜を目覚めさせるために必要なマナの量を含ませた炎を生み出した。


「最低でも……これくらいか」


 俺の右手に出現した炎は、一メートル以上の高さを持つ、青い炎。燃焼能力を持たないそれは至近距離でも熱さを感じることはない。地下室にある水晶のように、青い光を室内に放出し、同色に照らしている。

 大きさを考えれば、少女たちが生み出していた小さな火の数百倍。これが、俺が計算と調査によって導き出した、桜を開花させるために必要なマナの量を持つ炎だ。

 口を大きく開いたまま呆然と炎を見つめる少女たちに、俺は捕捉する。


「お前たちが必死に練習しているものと同じこの炎は、魔聖儀炎という名前の魔法だ。魔法が創られた古の時代、自分のマナから生まれた炎を生贄に見立てて神に奉納する儀式に用いられた。炎に関連する魔法の中では、基本ができていれば簡単に扱える類の魔法だな」

「……あの、ロゼル君」


 炎を見つめ沈黙していたセフィが片手を上げ、自身のない声音で、俺に問うた。


「私たち、本当にあと一ヵ月くらいで……このレベルになれるんですか?」

「なるように頑張るんだろ」


 右手の炎を消滅させ、俺は元気告げる言葉を贈った。


「幸いなことに、発動するって第一関門は突破してる。あとは少しずつ、体内のマナを火に注いで炎に昇華させることができれば、お前たちの勝ちだ」

「「「「……」」」」


 全員、表情に不安を滲ませた。

 気持ちはわかる。簡単そうに俺は言ったが、肝心の火を炎にすることが、彼女たちの壁になっているのだ。それが難しいことは、身を以って知ったことだろう。

 原因は俺にもわからない。少女たちは何故か、火が一定以上の大きさに変化すると、突然消滅させてしまうのだ。大きな火に恐怖を抱いているのか、はたまた、それ以外の理由があるのか。

いずれにせよ、今後はマナの制御について詳しく教えるなどして、改善策を見つけ出さなければならない。

けど、あの消え方は技術というよりも、精神に関連しているような気が──。


「ロゼル? どうしたの?」

「!」


 無言になった俺にテフィアが声をかけ、我に返った。考えに耽るのは、あとにしよう。今は、少女たちへの指導に専念するべきだ。

 雑念を振り払った俺はなんでもないと返し、引き続き、少女たちから寄せられる疑問や質問に答え続けた。

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