第16話 居眠り好きな見習い魔女

 廊下に出た俺はまず、ユティルが再び雪の中で眠っている可能性を考慮し、城の外から探すことにした。マナを感知する魔法を用いて、例え視界に映らない雪の中にいたとしても、見逃すことがないよう、念入りに。同時に、城内には数体の使い魔を放ち、並行して捜索。

 結果、城の外にはユティルがいないことが確認できた。流石に前回の失敗から学び、死と隣り合わせのスリリングな昼寝はやめたらしい。雪の中で眠るのは、冗談抜きで死ぬからな。

 一先ず、ユティルが氷漬けになって死んでいる可能性は除外された。あとは比較的暖かい城の内部を探すだけだ。眠ることができそうな部屋を頭の中で思い浮かべながら、寒い外から城の中に入った。途端、離れた場所から飛んできた一羽の白い鳩が俺の肩に留まった。使い魔であるこの鳩が俺の元に戻ってきたということはつまり、探し物を見つけたということ。

 何処で惰眠を貪っていたのやら。

 肩に留まっている鳩の導きに従い、俺は廊下を歩き進んだ。


「……ここか」


 呟き立ち止まったのは、俺が寝室としている部屋の前だった。漆が塗られた黒い木製の扉によって入り口が閉じられているその部屋に、鳩曰く、ユティルは眠っているらしい。何故ここで眠っているのかはわからないが、とりあえず、無事を確認するために中へ入ろう。

 扉を押し開いて中に入った俺は直後、視界に入ったベッドの上でもぞもぞとうごめいている物体を発見。白い毛布の下からは、金色の艶やかな髪が微かに見えている。

 本当にいたよ……。

 予想もしなかった場所にいたことに驚きながら、俺はベッドに横たわる少女に声をかけた。


「何してんだ、ユティル」

「んー?」


 俺の声掛けに応じたユティルは毛布の中から顔を出し、寝返りを打って身体の正面をこちらに向けた。


「おー、先生君」

「……慣れないな、その呼び方」


 部屋の扉を閉じ、俺はベッドへ近づいた。

 理由はよくわからないが、ユティルは何故か、俺のことを『先生君』と変な呼び方で呼ぶようになった。俺が少女たちに魔法を教える教師=先生となったため、呼び方を変えたというのだが、どうして君をつけるのか。尋ねても『何となく』で返されるので、恐らくユティル自身も深い理由を持たずにつけているのだろう。

 まぁ、英雄以外なら好きに呼べと言った気もするし、特に文句は言わないが……違和感を拭うことはできずにいた。

 ただまぁ、嫌ではないので、好きにさせてあげるしかない。

 ユティルが寝転がっているベッドの端に腰を落ち着け、俺は彼女に尋ねた。


「なんでここで寝てるんだ? 落ち着いて寝るなら、自分の寝室のほうが眠れるだろ」


 その問いに、ユティルは笑って答えた。


「最初は自分の部屋で寝てたんだよ? でも、寝てたらいきなり掃除道具がやってきた、部屋の掃除を初めてさ。流石に間近で掃除されたらうるさくて眠れなかったから、静かな場所を探していたらここに辿り着いたってわけ。先生君の香りかな? 凄く落ち着く香りで、寝心地もいいんだよね」

「そりゃどーも……」


 俺が今夜眠る時にベッドを使うこととか、自分の匂いがつくとか、そういうことは気にしないのだろうか? と思ったが、当のユティルは微塵も気にしている様子がないので、何も言わないことにした。一

 代わりに、俺は枕元に置かれていた一冊の本に視線を移した。


「……勉強してたんだな」

「ちょっとね」


 頷き、ユティルは枕元の本を手に取った。


「流石に、あそこまで酷いとは思っていなかったからさ。魔女だし、最初からそれなりに出来ると思っていたんだけど……全然駄目だった」

「最初は誰でもあんなもんだぞ」

「私たちには時間がないから、他と一緒じゃ駄目でしょ?」


 自嘲気味に言い、ユティルは続けた。


「このまま二ヵ月後を迎えてしまったら、私たちは国から追い出されてしまうでしょ? そうしたら、今みたいにゆっくりと落ち着いて眠ることもできなくなったちゃう。それは嫌なんだ」

「本当に眠るのが好きなんだな」

「まーねー」


 本を置き、ユティルは俺を見上げた。


「昔はちょっと大変な生活をしていてさ。落ち着いて眠ることができなかったんだよね。毎日毎日、浅い眠りを繰り返して……だから、こうしてぐっすり眠れる今が、私は凄く気に入っているんだ。絶対に手放したくないくらいにね」

「……」


 その話を、俺は黙って聞いていた。

 どうも、彼女はかなりハードな人生を送っていたらしい。静かに眠るだけのことを幸福に感じるなんて、相当大変な幼少期を過ごしたに違いない。昔から惰眠を貪っていたのかと思っていたが、それは間違いだったようだ。


「ねぇ、先生君」

「うん?」


 不意にユティルが俺の裾を摘まみ、問うた。


「私たち、本当に魔法が使えるようになれるのかな」

「不安か?」

「大分ね。だって、今の私たちは結構どうしようもない状態じゃない? 最初とはいえ、誰も発動すらできなかったなんて……」


 言葉を紡ぐ声は段々と小さくなり、最後のほうは聞くことすら叶わなかった。

 弱気になるのは、無理もないことだ。限られた時間の中、思うような結果を残すことができていないのだから。このままではまずい。本当に、取り返しのつかないことになる。そんな不安と焦りがあるのだろう。あまりにも悪い幸先に、テフィアと同様、失望しているのがよくわかる。


「そうだな……」


 このままの精神状態では魔法の習得に影響が出る。一刻も早く、少しでも、彼女の不安を解消してあげなければ。

 俺は裾を摘まんでいたユティルの手に自分のそれを重ね──懐かしい記憶を語って聞かせた。


「昔、俺と一緒にいた魔女も、お前たちと同じような感じだったよ」

「?」


 突然の話に首を傾げたユティルと目を合わせ、続けた。


「その子も最初は全く魔法が使えなくて、もう駄目だって、自分には才能がないんだって、自分に失望していた。暗い部屋の中に閉じこもって、出てきたと思ったら俺に抱き着いて大泣きして……それはもう、大変だった」


 でも。

 胸の内に哀愁が広がるのを感じながら、言葉を紡いだ。


「それからその子は、一ヵ月もしない内に魔法を使えるようになった。勿論、全ての魔法じゃない。初級の魔法を幾つか使えるようになっただけだが……それでも、彼女は間違いなく魔法師なったんだ。そして、お前たちには彼女と同じ、短期間で才能を開花させることができる素質を持っている」


 安心させるように笑顔を浮かべ、俺は親が子供に接するように、ユティルの頭にそっと手を置き、言った。


「安心しろ。今は躓いていても、お前たちは絶対に魔法師になれる。お前たちが一人前になるまで、才能を開花させるまで、俺が根気強く教えてやる。だから、お前たちも失望しないで、頑張ってついてきてくれ。絶対に──見捨てないから」

「……」


 先ほどの俺と同じく、ユティルは静かに俺の話を聞いていた。

 これで安心させることができたのか、自分を見失わずに済んだのかは、わからない。けれど、伝えたいことは伝えた。俺は何があろうと彼女たちの才能を開花させ、立派な魔法師にして見せる。見捨てることはない。絶対に、彼女たちを不幸にはさせない。


「……フフ」


 俺の言葉がしっかりと伝わったのか、数秒の間、沈黙していたユティルは不意に笑い、自分の頭に乗せられた俺の手に触れた。


「お人好しなんだね、先生君は」

「身寄りも行く当てもなく国を追い出される女の子を放置できるほど、俺は悪魔じゃないからな」

「そうみたい。世界を救った英雄様は、超がつくほどお優しいね」


 クスクスと楽しそうに言ったユティルは次いで、はぁ、と小さな息を立てた後──徐に、俺の膝上に頭を乗せた。そのままジッと俺を見上げ、逸らすことなく俺と目を合わせ……とても朗らかな微笑みを浮かべた。


「不束者だけど、よろしくね」

「場違いな挨拶するなよ、見習い魔女」


 冗談めかした挨拶に苦笑して返し、俺は、最愛の魔女の面影を微かに感じながら、ユティルの髪に触れた。

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