第25話 九ノ瀬山の魔法陣
茜さす九ノ瀬山こと……裏山の道中は、そこそこ退屈しないものだった。
空気は澄んでいるし、途中の渓流は赴きがあったし、なにより香和と瑠璃垣がほのぼのとしてるのが強く印象に残る。
この時点でハイキングとしては上々ってもんだ。
たまにはこういう自然の触れ合いも悪くねぇな。
そんなこんなで、やがて裏山の頂上と呼べるようなところに到達する。街が一望出来るってほどじゃねぇけど、高校の屋上と同じくらいの感動はある。
「おお、広いな」
「そうね」
「瑠璃垣の根城になりそうだ」
「どういう意味よ?」
「今度から禁止されてる屋上じゃなくて、ここに棲みついたらどうだ?」
「高いところならどこでもいいわけじゃないんだけど?」
「え? そういう習性じゃないのか?」
「人を野良猫みたいに言わないでくれる?」
「そりゃ失礼だな……野良猫に」
「……人体に糊付けしようか?」
「こっわ。なんて脅迫だ……鉄炮塚のがまだマシだぞ」
「黙れ」
「……なんか聴いたセリフだな」
「何言ってるの。シコシンがマシと言った子の真似をしただけよ。これが好きなんでしょ?」
「好きじゃねぇよ。俺は罵られて悦ぶ変態じゃねえ!」
「ふ……どうだか」
「なんだとぉ——」
「——はーい二人ともちゅうもーくっ。魔法陣はここを抜けた先だよー」
山頂にて俯瞰しながら貶し合う俺と瑠璃垣に構わず、ニッコニッコの笑顔で手を振って、魔法陣へと誘ってくれる香和。そんな香和を見ていると、俺の頭も少し冷える。
そうだよな。こんなところまで来て口論してる場合じゃねぇわ。あと自分で思うのもアレだが、この中で一番まともなのが自称魔女ってどうよ? なんか申し訳ねぇわ。
その香和の案内に、俺も瑠璃垣も逆らう理由はなく付いて行く。えっと、ここ全く整備されてねぇところなんだが、ほんとに大丈夫なんだろうなとか訊ねたかったが、ハミングしながら闊歩する香和の背中に、結局そう指摘することはなかった。
そんなこんなで茨の道……というか、ちょっぴり長めのツルや茎を切り開き、やがてここだけ栄養素が枯渇でもしたのかってくらい草木が減っている、山頂とはまた違った手広さのある、微かに下り坂になったエリアに辿り着く。
「じゃーん。ここだよ」
「おお……」
お目当ての魔法陣は、目と鼻の先にあった。大きさはそうだな……ちょうと人が一人すっぽり入って、転送されそうなくらいの大きさかな。つまりはめちゃくちゃデカいわけじゃねえが、拍子抜けするほど小さくもない。
その絵柄はまさしく、ゲームとかでもたまに見かけるテンプレのような、三角形二つバラバラに重ねた魔法陣だ。どことなくスター性を感じる、整合性の取れた意匠でもある。
まるで都合良く草木が少ないところを利用したかのように描かれている……いやよくよく見ると描くではなく、掘り返された窪みだってことも分かる。
正直な感想は……誰かの落書きにしちゃあクオリティーたけぇーなって、ところだな。本当に掘り返して魔法陣を描いたのなら、例え創作物であっても手間が掛かってるだろうし。ただまあ……香和からしたら世紀の大発見だろうし、なんならこれが誰かの創り物である証明は俺にはできん。
事実は魔法陣の形をした異物が、そこにあること。
つまりミステリアスなのには、なんら変わりない。
「これが香和が言ってた魔法陣か」
「へぇ〜、思ったより綺麗……」
「えへへ、そうだよ〜すごいでしょ」
「そうだな。めちゃくちゃ大きいわけじゃなかったが、これを生み出したヤツはすげーよ」
「ふわぁ……だよねだよねっ。すごいよねっ」
「……遠回しに香和がすごいわけじゃないって言ってるようなもんなんだが、それでいいのか?」
「いいんだよ。だってこんなに精巧な魔法陣だよ? さぞ名のある魔法使いが創り出したんだと思うし」
「名のある、か……そうなればいいな」
「うん! さてとっ、まずは写真撮っとかないと」
「何に使うんだ?」
「ここで撮っといてね? あわよくばビフォーアフターしたいんだっ」
「ビフォーアフター?」
「うん。例えばここが異世界へのゲートで、それが開かれた瞬間とか、ゴーレムとかが召喚された瞬間とかさ、ボクじゃ遠く及ばない魔法を観測したいじゃない? それと、この未知数な状態の魔法陣とのね?」
「ほお……流石は自称魔女だ。向上心の塊だな」
「えへへ〜それほどでもっ」
香和はスマホという現代科学の結晶で、魔法陣をあらゆる角度で激写しながら、俺の皮肉など悉くポジティブに脳内変換し、とびっきり締まりの無い顔になって、どこの馬の骨とも知らない魔法に触れる。これが魔女の性なのかな。
俺と、ついでの瑠璃垣はその熱量に完全に乗り遅れてしまっているが、こんだけ楽しそうにしている香和を待たないわけにはいかなかった。
「ん〜こんなもんかな?」
「終わったか」
「うん!」
「よし……じゃあこれで魔法陣ツアーは終わり——」
「——じゃあ次の作戦に移行しよっとっ」
「「………………………………ええ??」」
俺と瑠璃垣のクエスチョンが重なる。
え? 魔法陣見たじゃん。撮影もしたじゃん。
結構満足のいく発見だったじゃねぇか。
もう時期夜になっちまうぜ? 他に何をするんだ?
……的なのを瑠璃垣も思ってるみたいで、ポカーンとしてる。俺もしてるだろう。
「……よいしょっと」
「えっと香和? その次の作戦? 俺たち知らないんだけど?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってねぇよ。説明を要求するっ」
「にゅはは、ごめんごめん——」
目の前の香和は背負ってたバッグを下ろし、ゴソゴソとなんか取り出しているみたいだ。おいそれ何が飛び出してくるんだ。まさか魔法陣を発動させる媒介具とか……って、そりゃねぇか。全く俺も、この自称魔女に毒されたもんだぜ。
「——ても、これはやらせてよ。なんたってボクのお小遣いのほとんどを使って買って来たんだから」
「お小遣い……ああ、だから金欠だったんのか?」
「そーなんだよ。じゃあこれ、設置してくるねー」
「……は? おいおい待て待て。なにを設置するんだ!?」
「何って、センサーだよ?」
「はあ、センサー?」
香和が見せてくれたのは、おおよそ魔女が手にしているにはそぐわないというか、相反するというか……とにかく科学的な未開封の電子機器だ。こういった類を詳しく知ってるわけじゃないが、おそらくは人感知用の赤外線的なヤツと、あと玄関とかに付いている、人が通るとライトが点灯する仕組みのセンサーがあるっぽい。未開封がゆえに、購買を煽るキャッチフレーズがそのままに書いてるおかげでなんとなく想像出来たわけだが……ほんと高校生の持ち物じゃねぇ。ついでに魔女の持ち物では更に無い。
「あのー香和ちゃん? これで何をするの?」
「おお瑠璃垣、やっと喋ったな」
「……うるさいなシコシン。それで、何をするのかな?」
「ふっふっふ。これはね二人とも。この魔法陣にね、本物の地球外生命体や他の魔法使いや魔族が惹かれてやって来ると思うんだ。だから魔法陣ごと囮に使ってさ、それをこれで探知して………………ボクが捕まえるっ! ふんっ!」
「え……あれマジだったのかよ」
「よーし今日は張り込むぞー! 魔族関連が現れるとしたら夜だって、相場は決まってるからねっ。じゃあ行ってくる〜」
「いや、ええ………………もう、どうにでもなれよ……」
嘘だろおい。もうどっからツッコめばいいんだよ。
とりあえず、そんな相場は俺知らねぇよ。
そんで夜コースは確定っぽい。まあ付き合うけどよ。
香和は……いや自称魔女のやることは解らん。
直近の瑠璃垣や鉄炮塚の異端さですっかり忘れてたが、香和も大概へんちょこりんなヤツだったわ。俺としたことが……完全に舐めてた。この好奇心からなる、魔的なまでの行動力を。
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