第24話 あまねく魔女の心理(後編)

 コンビニでメシとかを買い終えようやく裏山へと向かう。裏山は正式には九ノ瀬ここのせやまというらしいが、まあどうでもいいか。

 今回は学校を経由しないからか、俺たち以外の人物をそんな居なさそうだ。そもそも休日だし、もう夕方だし、んな焦って行くようなとこでもないからな。こんなもんだろ。

 俺、香和、瑠璃垣三人の道中は片手のみで食せるメシにありつき、俺はパン、瑠璃垣がおにぎり、そして香和が肉まんにむしゃりとした食べっぷりを魅せていた。


「あーむ。あむ、パクッ、あむ……ん〜ダークネス」

「斬新な食レポだな」

「だってレヴィアタン……黒猫さんこんなだよ?」

「……なんてこった。この猫、身体半分がもってかれちまっている……とでも言うと思ったか?」

「今言っちゃったようなものだけどねー」

「………………それ、どんな味?」

「基本は肉まん。再現のために生地に着色入れてるみたいだけど。そんなに変わらないかな」

「なんだ。ヤモリとか入ってないのか」

「にゃはは〜冗談キツいな〜」

「そうか? 割と分かりやすくて、通じやすい冗談だったんだが——」

「——ヤモリが入ってるとしたら大蛇に変身したバージョンだよ〜」

「……こいつ、冗談がびみょーに通じてねぇな? 猫だろうが蛇だろうが、コンビニの製品にヤモリはマズいだろ……いや先に言ったのは俺かっ」

「そうだよーえへへへへへー」

「くっ……つまりは、ただの肉まんってことか?」

「んー……かわいい肉まんだね。黒猫さんの写真はさっき撮ったし、心置きなく堪能できるよっ、モグっ」

「そーかい。そりゃあよかった」


 香和が嬉しそうなら、まあよかったかな。

 なけなしの金を使った甲斐があったってもんだ。

 おかげで香和に財布に入った金を渡すことになって、そのまま除け者にされた腹いせか瑠璃垣の介入によって、俺にメシを選ぶ権利すら、なんか共々無くなっちまったが……まあいい。


 こうしてパンを選んでもらったんだから文句はない。

 ただコラボ商品の暗黒パンが、生地が黒いただのあんパンってのだけ気になるくらいだ。ほんと不可思議な縁があるもんだ。そこそこ美味いけどよ。


「……ほんと仲良いね、二人とも」

「なんだ瑠璃垣、嫌味か?」


 俺の真後ろから、香和に聴こえないくらいの小声で瑠璃垣が言ってくる。その言う流れがあまりにも自然で、腰に銃口を向けられたような歯痒い気分だ。こういう突拍子のない行動に関しては、無駄にスキル高いなこいつ。つかメシは食い終わったのか……この感じそうっぽいな。


「そうでもあるし、そうじゃなくもある」

「どっちなんだよ」

「どっちでもないし、どっちでもある」

「だからどっちなんだ」

「……もしかして、狙ってる?」

「狙ってるって?」

「香和ちゃんのことよ」

「香和? 俺、別に魔女狩りとかに興味は微塵もないぞ」

「……違うよ。異性として、狙っているのかって訊いてるの」

「……使い魔として?」

「なに変なこと言ってるのよ。そこまで鈍感じゃないでしょ」


 そりゃごもっともだ。異性として狙っているかと訊ねられて、意図がわかんねぇほど俺も察しが悪くねぇよ。使い魔なんて返したのは、それまでの風潮に対するただの皮肉だ。瑠璃垣にぶつけたところで無意味なんだがな。


「……ああ、すまんわざとだ。まさか瑠璃垣が一番まともな質問してくるもんだから、裏があるんじゃないかと勘繰っちまった」

「なによ。私がまともじゃ悪い?」

「それくらいお前の第一印象が最悪だったんだよ」

「そうでもないでしょ、あんなの」

「……更に悪化するようなこと言うなよ。せっかく鉄炮塚とどっこいどっこいだったのによぉ」

「……あいつと一緒にしないで」

「お前ら実は仲良いだろ。向こうも似たようなこと言ってたぞ」

「うっ……」

「……調子悪いのか?」

「違う拒絶反応。はぁあ……なんで同類にならないといけないの、もう——」


 同類に見られたくないところまで一緒なんだよな……とは、今は言わない方がいいか。

 なんだろうな、この二人の関係は。多分お互いの認識にクソめんどくせーズレがあるだけ……的な感じだと思うんだけどな。


「——……って、今はそのことじゃない。さては話を逸らそうとしたね?」

「勝手に脱線したのはそっちのせいだろ」

「うるさいな……香和ちゃんと、どうなのよ? だって簡単に貢いじゃうくらいだもん、気になる」

「……クソみたいな導線だな」

「私の知ったことじゃない」

「さいですか」


 そう指摘されて俺は、さりげなく肉まんを食らっている香和を盗み見る。いつもの黒ローブに、私服のゴスロリに、履くのも面倒そうなブーツに、あしらわれたチョーカー。そこに新たに追加された、赤紫で大きめの髪留めのリボン。『暗黒魔女アマネ』と同じ、完全再現された限定リボンだ。これが俺が貢いだ……ってわけじゃねぇが、資金の足しにと名乗り出て、そうして得た運試しの戦利品といえる。


 ぶっちゃけクジのランクでいえば、そこまでレアじゃねぇかもしれねぇが、ああしてすぐ使って馴染んでる様子を見ると……何度でも思うが、悪い気はしない。でもそれが恋愛絡みかと訊ねられたら……どうなんだろうか。とりあえず喋りながら考えるか。


「……まあ、アレだよ。魔女の使い魔だの、ひっつき虫だの言われるよりは、そう見られる方がマシではある」

「……はっきりしない、わっかりにくいなー」

「仕方ねぇだろ。俺だって深く考えてなかったんだよ」

「……無知さ加減がバレバレね」

「……それ、お前の嫌いなヤツからも似たようなこと言われたわ。ニュアンスは違ったがな」

「げっ……まあでも、そうやって誤魔化そうとしてるのなら、完全にナシってわけじゃないか……ふむ」

「別に誤魔化してねぇよ」

「……はぐらかしてる?」

「はぐらかしてもな……いやもうそれでいいわ。こういうのは否定すればするほど、追求されちまうからな」

「ふーん、じゃあ結論」

「はえーよ」

「シコシンは女の子よりも真義くん……じゃなかった、高知 真義とラブラブしたいと。ロマンチストね」

「はあ!? うっ……」


 頭の中で、高知が一般通過して行く。

 まるで、サブリミナル効果みたいに。


「あれ? 調子悪い?」

「違う。俺がホモじゃねぇとはっきりしただけだ」

「……想像した?」

「一瞬しちまっただろうがっ! クソがよ……とんだ想像事故映像だったぜ」


 俺は何も見なかった。

 そう、何も見なかったんだ……。


「……それ、詳しく」

「バカなに言ってんだ。言うわけねぇだろ」

「えー」

「お前もしやそっち系に興味あんのか? そーいやタブーっつーか、禁断系が好きだもんなお前」

「んー興味というか、私が知り得ない感性がありそうだなって思っただけ……あと私、別にタブー好きってわけじゃない」


 あー……タブー好き設定は、俺が盛ったやつだったな。

 正直ごっちゃになってたわ。


「なら、さっきの結論は一先ず取り消してくれ」

「うん……香和ちゃんとシコシンのことは、この分だと保留かな」

「そりゃ助かる」

「あーあ。やっぱり私、損したなー」

「損害を与えようとはしてなかったんだが……」

「それが本当なら私、香和ちゃんと二人で遊びたかったのにー」

「はあ? じゃあ先にそう言えよ。どっかのタイミングで抜けてやろうか?」

「……そしたら香和ちゃんが心配するでしょ」

「……香和を狙ってるのはお前じゃねぇのか瑠璃垣。香和のこと好きだな本当に」

「まあね」

「否定しないのかよ。いやいっそ清々しいか」

「うん………………その香和ちゃんが、気に入ってる人もね」

「ん? なに独り言ぼやいてんだ?」

「なーんでもないよ」


 そんな風に言い残して、瑠璃垣は香和に絡みに行く。

 俺のときと同じく、さりげなく、ビックリさせてた。

 ……好きなヤツが興味あることを、好きになるってヤツか。

 わりーな。聴こえてたよ瑠璃垣。

 独り言って意外と響くみたいだからな。

 でもなんか、その気持ちは分かる。

 だってそういうときってのは、めっちゃ生き生きとしてる瞬間でもあるからな。これ嫌いなヤツは人の心がないぜ、きっと。

 今目の前の二人の他愛のないやり取りを流し見ながら、俺は再確認した。ただこれが恋愛的なのかは……うん、今のところは、こうして見てるだけでいいやと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る