第23話 あまねく魔女の心理(中編)
コンビニはまあ、特筆すべきするものもなくコンビニだ。多少何個かのパターンこそあるが、基本はどこも似たような配置で、似たような場所に商品が万能に並んでいる。
だからごはんを求めた香和は、コンビニに入って真っ先におにぎりとか、パンとか、チルド食品が並んでいるコーナーに直行すると俺はなんとなく予想していたが……今目の前で、思わぬ誘惑にうつつを抜かしちまっていた。
「ふわぁ……『暗黒魔女アマネ』のアマネと黒猫仲良しフィギュア、他にはステッキに時計にキーホルダーに髪留めリボンだってっ。いいないいなーボクこのアニメ大好きっ」
「……アニメのクジか。ほんとコンビニはなんでもあるな。そんでタイトルからも、香和が好きそうな要素が満載なアニメだな」
「うんっ! んーでもボク、魔法陣のためにお金使っちゃって金欠なんだよねー……いやごはんを我慢すれば或いはっ——」
「——ねぇねぇ香和ちゃんこれ見て。魔女の指風クッキーだって。香和ちゃんが好きそうなのだし、何より見た目が面白くて美味しそう」
「んなっ!? どういうこと蒼乃ちゃん!?」
「なんか『暗黒魔女アマネ』っていうアニメのコラボ展開らしくて、それ関連の食べ物もいっぱいだよ」
「食べ物まで……くぬぅ、ボクはどうすれば……ああぁ」
自称魔女が頭を抱えていらっしゃる……。
こんなにも悩んでる香和は初めて見たかもだ。
俺にとっては至極どうでもいいことなんだが、こいつにとってはおおごとっぽいな。
それにしても、『暗黒魔女アマネ』……ねぇ。
このキャラも香和と同じく黒ローブなんだな。あとフィギュアのデザイン的に、制服の上に羽織っているみたいだ。ついでに名前も近しい……もしかしてこれがモチーフなのか?
「なあ瑠璃垣」
「なに?」
「香和の代わりに訊くが、他にはどんな食いもんがあるんだ?」
「えっと……暗黒パンに、バクダンおにぎり、黒猫キャラの肉まん、キャラ絵のトマトジュースに……アメ玉」
「うわぁあ……全部アニメに出て来るのばかりっ! アマネの欲張りセットだぁ……」
「いや、話を聴く限りセットじゃなくてそれぞれ単品っぽいが——」
「——そういうことじゃない……くぬぅ〜」
なんか俺が想像したよりも規模大きめの展開みたいだな。
つかそんなに人気なのか『暗黒魔女アマネ』。全然聴いたこともなかったんだけど。
はあ……仕方ねぇな。別に香和のためとかじゃねぇが、ちょっくら調べてみるか。こういうときスマホってのは便利だ。この内容なら……ニコピクペディア百科事典でいいか。
なになに……『暗黒魔女アマネ』は15年以上前のアニメ……結構前だな。俺たちより上の世代のアニメになるかな。えっとあらすじは……ある日事故に遭いかけたアマネを黒猫が助けようとする。しかし黒猫もアマネも事故に遭う結果となり、アマネも黒猫も身体中を強く打ち意識を失い死の淵を彷徨う。その過程でアマネと黒猫の波長が重なって、魂魄が一つの個体に過剰に集まり、果ては死生を彷徨う暗黒魔女になってしまう。そんなイレギュラーを現在未来軸で統一しようと目論む敵対勢力である正統派の魔女との、世界線の攻防を描くダークファンタジー……か。
なるほど。暗黒というだけあって、ダークサイドのキャラクターなんだな。こうしてコンビニで見掛けると軽めの親しみあるイメージが先行するが、割とシリアス路線みたいだ。黒猫もアマネを気に掛けて、助けようとして、救えず巻き込まれるなんて……観てる側からすると初見のインパクトは凄そうだが、物語としては不幸としか言いようがねぇ。
俺も最近、不意に意識を失った経験があるからな。
そこら辺は同情……とは違うが、ちょっと共感出来ちまう。
特に、なんかこの黒猫とは俺と重なる部分がありそうだ。
そっちは勇敢で、こっちはドジ踏んだだけだが。
えっと……黒猫はアマネの使い魔としてのちに分離され、嫉妬に狂うと大蛇に変身することも出来、大魔法も使えると。ほぉう……トランス出来んのか、いいなそれ。そんで本名はレヴィアタン……ん? レヴィアタン!? それって確か病院で香和が俺に名乗っていたヤツじゃねぇかっ、おいっ。元ネタここかよ。ここじゃねぇかよ!
ああ……なんか少し合点がいったわ。
俺にレヴィアタンと名乗ったのとか、使い魔扱いにされているのとかな……いや名乗ったのは逆じゃね? とは思うが……細かい設定はともかくとして、香和は絶対このアニメのインスピレーション受けてるわ。
はあ……ったく、どんだけ好きなんだよ。
つか前言ってた先人の魔女って、まさかこれのことか? そうっぽいよな。
……しゃあねぇ。俺に可能な範囲で、なんとかするか。
「……いくら足りないんだ?」
「うう……ええ?」
「だから、昼メシとこのアニメのクジにお金を使ったら、どんくらいマイナスになるか聴いてんだ」
「さぁ……でもごはんが全部200円って考えたら……千円ちょいくらい?」
「千円ねぇ……すっげービミョーに届かねぇな」
「そうなんだよ……ごはん一つでも買っちゃったら一回も引かない……」
シュンと項垂れたままの香和。
本来ならどっちか諦めろって言っちまうもんだろう。
その割り切りも香和も出来るはずだからな。
取捨選択する頭くらい容易にある。
でも……なんでだろうな。
それじゃあ俺が納得出来ない。
だって学校でもその格好をして、今だって魔女になろうとしてる。
そのきっかけというか、憧れを抱いた作品なのかもしれない。なんせ頭を悩ませるくらいだ。好きが溢れてる。
そんなの、ここで取捨選択したって、いつかモヤモヤする。
だが足りない金はどうしようもない。
しかもここで気を遣って奢りだとか、割り勘だとか提案しても、きっと香和は毎度のように遠慮しちまう。
ならば………………なんか。なんかないか?
香和と何か、約束したこととかないか?
どんなにくだらなくても、しょーもないことでもいい。
香和が納得してくれるこじつけがあればいい。
こいつが後退りせず、素直に喜べるなにかが。
「そうだ、香和」
「……なあに」
「俺の名前はなんだ?」
「んんん? 四国 心理でしょ? それがどうしたの?」
「ああそうだ。俺の名前は四国 心理。こんな苗字なのに四国地方生まれってわけじゃなく、心理に精通してるわけじゃねぇのに四国の心理をガッチリ掴みそうな名前だ。もう一度言う……四国 心理だ」
「ああ……うん。すごい凝った自己紹介だね? マンガや小説のモノローグみたいだったよー……あっ、拍手しとこうかな、パチパチ」
まあな。俺自身の名前の皮肉は心得てるつもりだ。
披露する場なんぞどこにもなかったが、頭の中で凝りに凝らしたもんさ。
っと、それはどうでもいいんだ。今は。
ここからもう一芝居打たねぇとだからな。
「おう………………って、ああ……やっちまったっ、ああやぁっちまったぁ」
「え? ええ? 何を何を!? なんか犯罪に手を染めた犯人の再現VTRみたいだけど——」
「——しまったー……いつぞやのNGワードをつい口走っちまったぜ」
「むむ………………ああっ! そうだそうだっ! わーいジュース確定っ」
「くっそう合計で八回か……自販機のペットボトルジュースを150円として換算すると、千二百円分まで奢りを香和にしないとだ」
「わーいボクの勝ちっ!」
「そうだな。いつかの勝負、香和の勝ちだ。今のところはだけど」
「いえーい……って、およ? ジュースじゃなくてもいい感じ?」
「相当ならな。どうせ金額も対して変わらんし」
「おー太っ腹だ」
「それ使い方適さない気がするが……そんで、俺の財布の中身はそこそこ余裕がある……罰ゲームを引き換えるなら、今でもいいぜ? そーだな、このクジとメシでも一緒に買ったらどうだ?」
「……っ」
すると香和がキョトンと俺を見遣る。
いや、流石に気遣いだって気付かれてるよな。
下手な芝居じゃ限界があるわ。
んで俺には演技の才は薄そうだ。
てもそこは問題じゃない。
問題は香和が受け取ってくれるか。
正当性はともかく、こじつけはいい線いってるはずだ。
わざわざ勝負に負けた理由は、そこにあるんだからな。
「ほー……えへへ、ありがとっ」
「感謝されるまでもねぇ。俺が誤ってワードを踏み抜いただけだ」
「ふ〜〜ん? まあそういうことにしといてあげるよっ」
「あの二人とも……なんの話?」
「ボクと心理との秘密だよ、にゅははー」
「………………っ」
瑠璃垣視点だとなんのこっちゃって感じだろう。少し不満気な顔してるが……でもこれでいいんだ。隣に居る香和が、目ん玉を輝かせてる姿が見られるのなら、多少腹が満たされないくらい凌いでやるし、きんすの何枚かくらいくれてやるさ。
さてと。香和は俺の金でどう、至福を満たすんだろうな。あとそーいえば、急に下の名前で呼ばれるとビビる。つかもしかして、今まで君って呼んでたのは俺への配慮だったのか……いやいや、これは考え過ぎだよな。そうだよな? うん。
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