第22話 あまねく魔女の心理(前編)
週末。この日はついに香和が企画した、裏山に描かれた魔法陣の探究に行く日だ。まあ、簡単に言えばハイキングだと思っておけばいいだろうか。
ちなみに突発で海に出向いて夜遅くに帰り、親からこっぴどく激怒された反省から、ちゃんと帰りが遅くなると伝えてある。抜かりはねぇぜ。
待ち合わせは十倉高校最寄りの駅。
電車通学の俺と瑠璃垣に合わせてくれたらしい。
俺はそんな駅に到着。まだ二人がいなかったので、駅外にある適当なベンチに座って待っていた。
随分な変わり種同士とはいえ、一応は同級生の女と逢うための服装ってこれでよかったのか、山なのに普通のスニーカーでよかったのか、リュックの荷物はこれでよかったのかと流し見る。最低限の身だしなみとやらを、一般男子高校生らしく気にしつつ若干ソワソワとしちまっていた。
いやまあ……あいつらと逢うのに緊張とか、きっと杞憂なんだけどな。
こう約束で待ちぼうけるのって落ち着かねえな。学外のこととなると特に。
「あーいたいたー、お〜〜いっ」
「はあ……ほらな」
俺のちょっとした緊張など露知らず、トコトコと自称魔女……いや、この日はゴシックロリータ風の自称魔女が、箒にも自転車にも乗らずに歩み寄って来る。
なんかそんな香和を見ていると、さっきまで気にしてたアレやコレやが無意味に思えてきて、自然と息が漏れる。もちろん不安とか不満じゃなく安堵の息だ。
「な……制服じゃないっ!?」
「休日だからな。そんでそれ、俺のセリフでもあるぞ」
「にゅははー、なんか私服って珍しいねー。でもこれはこれでアリっ。男の子の秋物コーデって感じ」
「ああ、無難なところ選んでっからな。まあ香和はなんというか……お前らしいな」
「えへへへへー」
「何がそんな嬉しいんだよ、ったく」
香和の格好はいつもの黒のロングローブはもちろんとして、そのローブに羽織られている内側の装いは、同じく黒が基調の、やたらとフリルやらレースやらがミルフィーユみたいに重なった袖やスカートをしている、闇系の西洋お姫様ファッションだ。
最初の印象通り、まさにゴスロリってヤツだな。山に登るとあって、足元がしっかりするのを意識してか、結び目がやたら多いブーツを。スカートの下にはちゃんと短パンを履いているみたいだ。
可愛らしいレースがあちこちにあしらわれていて、黒紫色チョーカーも装着してるのがよりロリータ感を増す。ついでにリュックもソレ系統だ。
ただ香和の魔女好きを加味すれば、なんかこいつらしいなってファッションで、自称魔女というか……ああアレだ、ニチアサとかで放送されてる魔法少女キャラみたいな格好に近い。なんかモチーフでもあんのか……って、んなことどうでもいいや。
俺の偏見かもしれんが、制服と同じか、それ以上にロングローブが映えている気がするし、その辺を練り歩いたら流石に目こそ引くが、女の子のコーディネートにちゃんと収まっていると思う。少なくともオレンジとグレーのツートンカラーのロングTにジーンズっていう俺の服よりは、面白味のあるコーデだろうな。
「だってこれ、魔女っぽいでしょ?」
「え? ああ……っぽい、な」
その場でぐるりと回って、アピールして来る。
何とも無邪気な所作だ……言動も含めてな。
「んん? ああっ、違う違う訂正……魔女でしょっ」
「気付いちまったか自称魔女め」
「む〜自称じゃないもんっ」
「じゃあアレだな。今日のは、愛と正義の魔法少女、ってところか?」
「おーいいね魔法少女っ! ボク大好きっ」
「……皮肉のつもりだったんだが、いいのか? 別種な気がするんだが」
「ボクが好きならいいんだよっ」
「そうだったな——」
こいつは好奇心に忠実なヤツだったな。
キャラブレとか、関係なかったわ。
だから俺は、香和に自称魔女と言うんだよ。
一体どんな魔女像を描いているのやら……。
「——お前はときに予言者にも、未知の探究者にもなるからな……あっそーいや、俺への予言を吹聴してるらしいしな」
「んん? あ〜そういうこと、えへへへへへ」
「いちゃもんのつもりだったんだが……はあ、もうどーでもいいや」
「あっ、んん? あれー?」
「どうした」
「んー、蒼乃ちゃんは一緒じゃないんだ?」
「一緒なわけあるか。瑠璃垣と示し合わせて電車に乗る用事もないしな」
「同じ電車通学なのに……」
「電車通学だからって色々あんだろ。乗車時間とか、車両とか、上りと下りとか……つか俺、瑠璃垣がどの駅から通学してるか知らねぇし」
「あーそれなら——」
「——私がなんだって?」
今まさに。香和から瑠璃垣の家の最寄り駅がバラされかけていたのと同時に、その瑠璃垣が俺たちの真横から現れる。まあ、瑠璃垣の最寄り駅は、隣の家に住んでる高知に最寄り駅を訊けば芋づる式に分かっちまうんだが、なんにせよプライバシーってあるよな。
「……なによ」
「あー蒼乃ちゃんっ。その服、スポーティーでいいねっ」
「……香和ちゃんの可愛さには劣るけど、ありがと」
「いえいえそんな〜」
瑠璃垣の格好は香和の言う通り、紺色の薄手パーカーに可動域に窮屈しなさそうなパンツスタイルというハイキング向きの格好だ。背負ったリュックや、名前に肖ったのか、アメリカじゃなくカナダのベースボールチームのキャップを被り、それに相乗させる。金髪のお下げはそのままだが、帽子を被っているとどこか纏って映るもんだな。
「……どうしたのシコシン、私におかしいとこでもある?」
「え……いや、ボーとしてただけだ」
「へぇ……それで、二人は何してたの?」
「うんん、まだ何にも。ボクもさっき来たばかりなんだー」
「そっか、良かった。私だけすごい遅く着いたのかなって思っちゃった」
「良かったな瑠璃垣、香和に置いて行かれなくて」
「もうっ、ボクそんなことしないよっ」
「ええ……もう、香和ちゃんっ」
「へっ? ふにょ〜〜〜〜〜〜」
嬉しくなった瑠璃垣が、香和の頬っぺたを両手で揉み込む。なんかスキンシップ強めだなおい。香和がなに喋ってるかも分かんねぇぞ。つかこういうノリって、遠くから見てる分にはいいんだが、同行者だとびみょーに居所が悪いんだな。
「……おい瑠璃垣。その辺にしとけ。香和が喋らねぇと、何も進まねぇんだよ」
「おっとそれもそうだね……ごめんね香和ちゃん、痛かった?」
「うんんっ! 気持ちいいマッサージみたいだった」
「そう? じゃあまたしてあげる」
「うんっ!」
「……それじゃあ止めた俺が悪りーみたいじゃねぇか」
「そんなことないって。じゃあ三人揃ったということでっ! さあ裏山にー……の前に、コンビニでごはんを買いたいけどいいですかっ!」
「早速寄り道かよ……いや、俺はいいけどよ」
「私も」
「おーけーっ! ならレッツゴー」
そうして香和は駅近くのコンビニへと向かう。
瑠璃垣も俺も、それに続く。うん、腹拵えは大事だ。
なんせ今日は魔法陣と対峙するわけだからな。
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