第21話 街灯に照らされて
釣り上げた実感を味わってから、名前もどの種類かも分からない幼魚を海に放つ。勝手に釣り上げておいて生意気かも知れねぇが、無事に生きて大きくなってくれと、贔屓混じりに願う。なんかアレだ、子どもの頃に捕まえた夏のセミを、虫かごから解き放ったときに似ている。多分次に逢ったとしても区別が付かないのに、名も無き愛情が湧き上がってる。
そんな細やかな思いを、黒々とした海面に置いて行く。釣り竿をケース仕舞い、そのケースやクーラーボックスなどを肩掛けた鉄炮塚と、一先ずは街灯照らす公道まで移動。スマホで時間を確認すると、まもなく21時に迫る。もう遅いが、一応家族宛てのメッセージも放っとくか。せめて怒りが心頭しないようにな。
「……なんの成果も得られなかったな」
「俺の魚、なかったことにされてないか?」
「当たり前だろ。あんなのまぐれ。それにアタシが釣ったわけじゃない。アタシ個人では釣果ゼロだ」
「……あくまで鉄炮塚の話ってことか」
「……そうだな。お前に達成感があるならあるでいい。無論あれくらいで満足してもらっては、海釣りを愚弄するようなものだけど」
「そこまで言うか……釣りの道は険しいな」
一応、釣れはしたんだけどな。
まあ、ビギナーズラックといえばそうだし、コイツからしてみれば、そう思うのは自然か。
「そういえば、お前の家はここから近いのか?」
「いいや。電車に乗って帰るから、それなりに?」
「……大丈夫なのか、こんな時間まで。ここから駅までもそこそこ遠いはずだ」
「あー……最終便とかには余裕で間に合うから、家に帰る点では大丈夫だ。ただ親になんて言われるかは知らん、普通に学校の日でもあるからな……連絡はしたが」
「そうか……たっぷり絞られろ」
「ああ……っておいっ、何で追い討ちかけてくんだよ。少しくらい同情というかよぉ、親に怒られても相殺出来るくらいの、温かーい言葉を掛けてくれてもいいだろうが」
「勝手に居座ったのはお前だ」
「クソ。冷たいヤツだな」
「なんとでも言え」
いや実際そうなんだけどよ。絞られろは酷くねぇか。
もし俺が逆の立場なら………………ちょっと待て。これ似たようなこと言ったかもだな。
鉄炮塚もそうっぽいが、俺も大概口悪りー自覚あるしな。割と話し方とか、ボソボソとしたドライな感じとか、どことなく近そうだ。だからこそ、捻くれた温情になっちまうんだな……シンプルに見放されただけかもしれねぇが。
「そーいう鉄炮塚はどうなんだ。そんな大荷物だと、電車やバスでも大変だろ?」
「は?」
「いや『は?』って。そもそも大丈夫かどうか訊ねるのは俺の方だ……必要なら、途中までその荷物の分散相手くらいにはなるって言ってるんだ」
俺がバッグを肩に掛けてるだけに対して、鉄炮塚はなんかもう……荷物が多過ぎて、バトロワ系FPSのプレイヤーキャラクターみたいな重装備になってる。これからサバイバルにでも挑戦すんのかって感じの、もはや武装だ。こうなってくると、高校生なら自然なはずの制服姿の方がおかしく見えてくる。
そんなこいつと並んで歩くのは俺としても忍びなくて、ましてや同じ高校の女の子に大荷物を持たせて楽してるなんて、誰かに思われるのはめんどうだ。だから特に紳士振るつもりはさらさら無いが、どうあっても鉄炮塚の負担が軽減されるのが良いよな。
「は?」
「それしか言えないわけじゃないよな。つか意図くらい伝わるだろ」
「なら、なくていい。要らない」
「伝わってるじゃねぇか……あと、そう言うと思ったわ」
「何を猫被ってるのかは知らない。でもアタシに気を遣おうとするな」
「気を遣ったわけじゃねえよ」
「ならなんだ」
「なあ鉄炮塚……考えても見てくれ」
「なにを?」
「俺とお前と、この荷物量の差だ。こんなの学校の誰かに見られてみろ……俺、極悪人かよ。片方に預けると目立つんだよ」
ただでさえ男女差に比例して印象差も出る。
本音を思うと鉄炮塚に気を遣ってんのか、俺の自己保身か、もう分からん。
ただ先入観って根強いんだよな。
これで横並び続けるのは勘弁して欲しい。
「……いいや。アタシが言ってるのはそこじゃない」
「……は?」
「それしか言えないのか。もしくは意趣返しか?」
「いや……マジでどういう意味? って感じ」
答え方、どっかミスった? いやミスも何もないよなー。
とすると、何か意味合いが違ったってことか。
釣り竿やクーラーボックスも相まって、めちゃくちゃカッコいい衛兵みたいな佇まいで腕組む鉄炮塚が、何を引っ掛かってんのか……ちっとも見当が付かねぇ。
「はあ……じゃあ大前提としてだ」
「あ、ああ」
「なんでアタシとお前が、ここで別れない想定で話してるんだ」
「………………ええ?」
もう、そう言うしか無かった。
それは俺が驚いたからではなくて、あまりにも初歩的過ぎて呆気に取られて思わず出た声だ。
そうかそうだよな。俺てっきり長かれ短かれ、途中まで一緒の時間があるって考えてたわ。先入観ってやっぱ根強いんだな。
「もっと言うとな。アタシはここから結構近くに住んでるんだ。だからこんな荷物でも、手持ちで海まで運んで来れる」
「……ああ。その荷物を、遠方から持って来るのは、いくら釣り好きだからって手間になるよな……」
「……やっと分かったか。ちなみにアタシは、ここから近くに住んでいることをお前に言いたくはなかった」
「なんでだよ。その方が手っ取り早かっただろ」
「家まで付いて来られて……ナニをするか分かったもんじゃない」
「お前の被害妄想で俺はナニしてんだっ」
「……部屋に入って、無断で冷蔵庫を開ける」
「友達呼んだときのドン引きエピソードか。んなベタな無神経発揮しねぇよ。つーかこういうときの心配って、性的に襲わないかとかじゃないのか……いやそりゃあ一人暮らしの場合か?」
「ああー……襲うのか?」
「いや襲わねぇよ!」
「そうだな、お前には画面の向こうの女がお似合いだ。ついでにそんな度胸もない」
「……煽ってんのか小娘」
「事実を言ったまでだ小僧」
「なんだと……そーいやすっかり忘れそうになってたが、俺とお前、ほぼ初対面だぞ。俺の何を知ってんだ」
「知らん。だから、そんなお前が何か格好付けたかったんだろうが、そんなの鼻からいらないし、寧ろ邪魔だ。イライラする」
「別に格好付けたかったんじゃねぇけど……なるべく負担を請け負いたかったんだよ。成り行きとはいえ、俺も釣りに参加したわけだからな」
「許可してないが」
「不許可もしてないだろ」
「……お前は、厄介な性格してるな」
「いきなりなんだ……あとそれ、鉄炮塚には言われたくねぇ」
「なんだ? 喧嘩打ってんのか。煽ってるのはそっちか?」
「打ってねぇよ。あーはいはい、俺が邪魔なんだよな」
「ああ」
「なら仕方ねぇ。こんな暗いとこにいつまでも居ていられねぇ、俺は先に帰らせてもらうぜ」
「……死亡フラグビンビンに立ってるな。これも香和の予言通りか?」
「おい聴こえてるぞ。不穏なこと言うな、そして思い出させるな……つか香和はアレ言いふらしたのかよ……次逢ったら覚えとけよ」
「文句言う前に帰れ」
「なんだその言い方……わーってるって」
「反論が多いな……まさか『ママパパに怒られるのこわーい』、とかで留まってるわけじゃないよな?」
「んなわけあるかっ! 俺がこれまでの人生で何百回、何千回親に雷を落とされたと思ってんだ」
「胸張って言うことじゃないだろ」
「ああそうだっ、そうだともっ、全く持って同感だ。だがそれよりも『ママパパに怒られるのこわーい』って印象付けられるのが嫌なんだよっ。つかママパパとか呼んだこと一度もねぇわ。ウチはそんな上品な家族やってねぇんだよ」
「……なら、さっさと帰れば?」
「お前が不名誉を
「お前が……独り怖そうにしてたからだろ」
「してねぇわ。あーくそっ、分かった分かった。鉄炮塚のお望み通り帰るさ。ったく、少しでも心配した俺がバカだったわ。鉄炮塚も夜道に気を付けて帰れよ、じゃあな」
「………………っ」
背後の鉄炮塚の返答を聴くまでもなく、俺は捨てゼリフを吐いてズカズカと駅に向かう。
帰るよう促したのはあいつだからな。文句はないだろ。
まあでも……ちっとも釣れなかったとはいえ、元々こんなことする予定なかったとはいえ、存外に悪くない時間だったな。向こうはどうか不明だが、少なくとも俺はそうだ。
鉄炮塚は……うん、負けず劣らず変なヤツではあった。香和と瑠璃垣に匹敵するレベルで……二人と同格の雰囲気を持ってると思う。
もちろん俺の勘違いじゃ、なかったらな。
つまり何が言いたいかと言うと……何が言いたいんだ?
なんかこう、しっくりくる表現が無い。
まだ上手く纏ってないが……こいつらの新しい団体? 組織? 委員会? とやらは、なんともエキサイティングそうだ。
そーいや、なんて名称かも知らねぇがな。つか鉄炮塚の下の名前すら訊いてねぇわ。
ちくしょう。『ママパパに怒られるのこわーい』で粘るべきだったか……いいやっ、そんなことするくらいなら舌を噛むっ。不名誉受賞で恥ずか死ぬ。香和の予言が、こんなに早く当たってしまうっ!
悶々とモヤモヤが残ったまま、俺はあらぬ死亡フラグも楽々回避して家に戻る。そして親から、もっと前もって教えろと大目玉をくらったのは言うまでもない。もう絞られに絞られまくったさ。また、香和との約束があるんだ……そんときは気を付けとかねぇとな。良い教訓になったぜ。
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