第20話 緑なき夜釣り(後編)
「……なんかイラッとするな」
「んだよ、図星か?」
「そうじゃない」
「あとちなみに言うとだな。香和はお前と瑠璃垣は仲良しだって言ってたぞ。大真面目に」
「……なに?」
すると斜め下アングルの横顔でも分かるくらい、俺に流し目でガンを飛ばす鉄炮塚。おいおい、ナワバリ争いでもしてる不良かこいつは。どんだけ瑠璃垣のこと嫌いなんだよ。元の無愛想もあって、あと夜ってのもあって、なおさら恐ろしいわ。
「………………んな怖い顔すんなよな」
「してない、続けろ」
「いや——」
「——いい加減、訊く耳を持て。続けろ」
「……はあ。えっとだな、そのせいで二人の間に割って入りにくいんだと。せっかく同じ生徒会メンバーになったのにって」
「……それは瑠璃垣がアタシに突っかかってくるからだ。香和をハブにしてるわけじゃない。勘違いするなよ」
「いや……勘違いじゃなくてだな。そのことをさ、香和にはちゃんと。今言ったのと同じことを、鉄炮塚の口から言ってやってくれ。じゃないといつまでも遠慮するヤツだからな、香和は」
「……知ったような口をするな」
「いいや、俺はほとんどなんにも知らねぇよ。ただ香和がそんな風なこと言ってたから、あいつが受け入れやすい空気になればいいかもなって……まあなんだ、暇つぶしのついでだ、ついで」
俺の印象だけの香和 朱音は、明るく我が道を行く自称魔女だ。自称魔女だけマイナスイメージになりがちだが……それでも余りあるフレンドリーさを、本来なら持ち合わせているはずだ。
だけどあいつは、変なところでブレーキを掛ける。クラスで浮いてしまってるのもそうで、瑠璃垣との仲にすれ違いがあったのだってそうだ。そして俺に対しても。
きっと香和は、自分自身で関係を切り開ける能力が備わっているくせに、独自のコミュニティーを築けるはずなのに、どうしようもなく空気を読んでしまう困ったヤツだ。俺には高知が、瑠璃垣には鉄炮塚が、クラスのヤツらにはそれぞれの仲間内があって……もしくはあると思い込んで、そこを割って入って崩そうとしない。
俺とクラスで話し掛けてくるのだって、俺が独りでボケーとしてるときだ。こっそりと、ひょっこりとやって来る。
逆に高知とか、他のヤツと関わってるときは来ない。
最初はなんか……異性同士の遠慮かなとか思っていたが、今ではそっちの方がしっくりくる。
はあ……ほんと魔女にあるまじきだ。曲がりなりにも魔女を名乗ってるんだから、もっと自己中でもいいと思うんだけどな。
「………………ふーん」
「んだよ」
「いやな。香和がお前を気に入る理由が、少し分かった気がする」
「おお、分かってくれるか」
「もちろんだ。ちゃんと香和を立てるな……魔女のひっつき虫は」
「……なんか悪化してね?」
「んー? 褒めてるよ。付き人よりひっつき虫の方が使い魔っぽいだろ」
「そもそも使い魔になりたくないんだがっ。せめて人であらせてくれ」
「いいじゃないか。人畜はもれなく有害だ」
「クソ……どうせなら、人であることに希望を持たせてくれよ」
「………………釣った魚が食える」
「儚い希望だなおいっ。食べたら終わりじゃねぇか」
「何を言うか。こんなに美味くて、狩猟並みに命を賭ける手間暇もなく、ゲット出来るメシは他にない……今日は最悪だがな」
「……そういう日もあるだろ」
「そのうち貴重な一匹を、網まで持ったヤツが取り逃したんだが?」
「く……悪かったな」
「……まあ、そこはアタシの監督不行届でもある。一概にお前だけを責められないか」
「いつから俺の監督になったんだよ」
「不満か?」
「ああ。どこぞの誰かの下に就いた気分だ」
「社会不適合者予備軍め」
「ほっとけ。つか、有無を言わずに下に就く方がよっぽど不適合だっての」
「監督が嫌か……なら、提督でもいいぞ」
「……ブラウザゲームの話してる?」
「はあ? アホか」
「なっ、またアホって言ったな。親にもそんな頭ごなしに言われたことねぇのによぉ」
「ああアホだ。あと、お前はツッコミのチャンスを逃したんだからな」
「……どういうボケだよ」
「お前はどのみちアタシの下ってことだ」
「……弱っちーボケだな」
「スカシ野郎に文句言われたくない」
「言ってろ」
この間も鉄炮塚は、魚が釣れるようにするあれやこれや試してたみたいだが、俺からすると何やってんのかサッパリで、ただ結果が伴っていないだけの時間が過ぎていた。バッグを置いてくつろぎ、地べたに座ってからどのくらいか……日が落ちたせいか、制服でも若干寒くなり出して、かといって奥歯ガタガタ言わせるほどじゃなくて、ああここで寝るのは嫌だって思うくらいの温度と硬度だ。それこそ、鉄炮塚が座っている椅子でもあれば、ちょっとはマシになるんじゃねぇかな。コンクリ冷た過ぎんだよな。今も冷てー。
そんな鉄炮塚は、なんか平気そう……てか、あんま気にしてもいなさそうだ。スカート下の生脚とか出しっぱだけど、ブランケットとかも掛けずで、見てるこっちが寒い格好なのに逞しいな。いやガン見とかはしてないがな。
「………………あっ」
「ん? おお、なんだ? 掛かったか?」
「いや違う。少し訂正したいことがあったのを、思い出しただけ」
「え? 訂正?」
なんだろうか、訂正なんて。そんな疑問を持ちつつ、勢いで網を持って立ち上がった俺がまた、身体を小さくしてコンクリに座るのを見計らったように鉄炮塚が切り出す。
「お前が言ったことだ」
「俺が? なんか間違ったこと言ったか? 心当たりしかないけどな」
「……ややこしいこと言うなよ」
「うるせー。んで、なんだよ」
「正しくは……間違ってるって言うよりは、勘違いしてることがあってるかな………………生徒会メンバーじゃないぞ」
「……ん?」
「だから。お前言っただろ、香和の代弁みたいなときに『せっかく同じ生徒会メンバーになったのに——』とかなんとか」
「ああ……どうだったっけな?」
「はあ……それはそれとしてだ。アタシも香和も瑠璃垣も、生徒会メンバーになったわけじゃない。だからお前はきっと、勘違いしてるんだなって思っただけ」
「………………んん??」
こいつは一体なにを言ってるんだ?
香和から聴いたことが大半だが、生徒会長に呼ばれたんだろこいつら。それなら集められた先は生徒会じゃないのか? スカウトとも、言ってた気がするしな。あと内申点がどうのこうの……みたいなことも。え? 何が勘違いなんだよ。
「ん………………どういう、こと?」
「そういうこと」
「いやいやそれで分かるわけねぇだろ」
「察しが悪い……ちっ、当たらないな……」
「おーい? 俺を置いて魚の方に行くなよ。俺まだ勘違いのところで混乱してんだから」
「だからアタシたちは、生徒会じゃなくて。生徒会長が新たに作った……具体的な説明が難しいんだが、形式上は委員会扱いの学生組織に呼ばれた」
「学生組織? 委員会……それはあれか? 文化祭とか体育祭とかの実行委員会的な?」
生徒会長主導の新規の委員……そりゃスカウトって表現になるし、よく分からんが内申点とやらも上がりそうな要素にはなり得そうだ。なんせマジの生徒会長が絡んでるみたいだから、口添えくらいはあるだろう。だが……肝心のその組織とメンバー編成が謎過ぎる。局所的なアレか? そうだよなきっと。
「うんん。特定の行事じゃなくて、通年」
「………………なおさら解らん」
「別に理解しなくても。そういう、アタシたちにとって都合の良い集まりがあるってだけの話」
「ちなみにそれは、何をするんだ? 一体」
「……生徒会の裏組織的立ち位置ではあるが、実態は地域復興とか美化及び清掃活動……みたいな目的があった気がする」
「ほお? ああそーいや、香和が山の清掃をしてたとか言ってたな」
「あーそれならアタシもやった記憶あるな。そのとき香和はいなかったが……。つまりは、アタシは生徒会じゃ及ばない範囲の雑用係だと思ってる。まあ単位とかも優遇してくれるらしいし、断る理由はなかったから受けただけ」
「へぇ……ってことは、この前もらったスタンプラリーカードも、その一環ってことか……突き詰めれば地域復興に当たりそうだしな」
「……なんだと?」
俺が何気なく呟いたことに、何故か鉄炮塚が海魚よりも先んじて食い付く。いやまあ、あの企画に香和と瑠璃垣が絡んでんなら、必然的に鉄炮塚もなんだが……こいつは俺と一緒でどうでもいい派閥だと思ってた……意外だな。
「え? お前アレに興味あんの?」
「バカを言うな……つか、あの参加者お前かよ」
「参加したつもりはないんだが、香和に手渡されたんだ。んで、捨てるのも悪いから、仕方なくそこのバッグの中に入れて持ち歩いてる」
「……ガキか、お前は」
「………………なら、その食い付きようはなんだ」
「あのスタンプラリー企画のせいで、アタシはずっとそのスタンプをポケットに忍ばせることになってるんだ。全く良い迷惑だ……邪魔でしかない」
「ああ……目障りに食い付いたんだな」
だよな。こいつがこんなことに乗り気なわけないよな。
やっつけ気味にスタンプを押してた瑠璃垣の反応からも察するに、このお試し企画の賛同は香和と、まだ見ぬ生徒会長がごり押し通したみたいだな。そして鉄炮塚は内申点や単位優遇を後ろ盾にされたんだろうな、きっと。ドンマイだドンマイ。
「………………ちっ」
「独り時間差舌打ち」
「変則的なツッコミ入れるな」
「悪いな。オーソドックスで処理するには沈黙が長過ぎた」
「クソが……ん」
「なんだよ。ツッコミと悪態は違……ん?」
鉄炮塚と俺の間で、異なる意味合いの『ん』が重なる。
いや俺も一瞬なんのことかと思っていたんだが、少し横を見遣ると、鉄炮塚が何時間も握っていた釣り竿を何故か、俺の方に向けて来ていた。どういう心変わりだ、これ?
「早く持て」
「な……何のマネだ? 俺を釣ろうってならそうはいかないぜ?」
「アホか。今日はダメそうだから、帰る準備をする。その間このロッドで遊んでろ」
え? ん? それって……遊んでろ、なんて捻くれたこと言ってるが……俺も釣ってみろってことじゃないのか?
「あ、ああ。でもいいのか?」
「しばらく獲物を待って、海を眺めていたのに、ロッドにも触らせないほど、アタシも利己主義じゃない。アタシが帰り支度してる間の、最後の足掻きくらい任せてやる」
「マジか……ととっ!?」
「ああ……にしても、今日は全然だった。次は海じゃなくて、山沿いに行って川釣りでもするかな。あっちはあっちで美味いし」
愚痴を溢す鉄炮塚から、使用中の釣り竿を譲り受ける……いや預かるの方が正しいか。そいつは俺の想定よりも重くのしかかって、鉄炮塚はよくもまあ長々と、あんな姿勢良く保ち続けていたもんだと感心しちまった……無論、言わねぇけど。
「おお……なんだよ。お前結構優しいじゃん」
「まあな。ちなみに折れたり、海に持ってかれたりしたら弁償してもらう……数万円単位だ」
「はあ数万!?」
「釣具の値段を舐めるなよ。当然の額だ」
「な……前言撤回。不要な責任を押し付けて来やがったな貴様っ」
「何を言うか。これを機に、お前が釣りに目覚めるきっかけになるのを願っているんだ。アタシが新しいロッドが欲しくてぼったくる理由にしてやろうとか、そんなことこれっぽっちも考えてない」
「これっぽっちも考えてないヤツはそんな言い方しねぇよっ!」
このやろう。空腹を満たす獲物が取れないとみるや否や、俺に圧力を掛けて苛立ちを解消し、あわよくば金づるにまでしようって魂胆か。くそう俺としたことが、好奇心に漬け込まれちまった。こいつが無償の優しさを提供してくるわけがなかったじゃねぇか。ちくしょう……でも、一度くらいこんな開放的な釣りをしてみたいって思ったのは事実なんだよな……まさか数万円のプレッシャーの中とは思ってなかったがな。財布に札すら無いのに、弁償になったらどうすんだ俺。
「あとお前のバッグ……少し漁らせて貰うぞー」
「ああ、存分に漁って………………ってなるか! おいおい急に何してんだっ。やめろやめろ、プライバシーの侵害だぞっ!」
「よそ見するな。釣りに油断は禁物だ」
「人のバッグのファスナーを開けながら言うことか! ジー……って聞こえてんだよっ!」
「……何をそんなに焦っているんだ?」
「焦るわっ。視界は最悪っ、手元には貴重品所持っ、振り返れば情報漏洩だぞ!?」
「あー……そうか、エロDVDでも入ってるのか」
「な、なに言ってんだお前っ! 恥を知れ恥を! そんで入ってねぇよ!」
「案ずるな。理解はあるつもり」
「理解はあっても配慮がねぇわ。あともう一度言うが、入ってないからな!」
「……本の方、だったか」
「本でもねぇって」
「……そうだよな。今の時代、デジタル移行するよな」
「そーいうことじゃねぇよっ! もっと色々あんだろっ!」
財布とか、学生証とか、家の鍵とか、盗られたら困るもんばっか詰まってんだよ! スクールバッグの中にはな。つかなんで真っ先にエロDVDが出て来るんだ……さてはこいつむっつりだな。そうじゃなくても、その認識にさせてもらう……。
ただ、デジタル移行は否定しない。ポケットの中のスマホはDVDよりヤバイ。特に履歴はきっと、グッチャグチャ単語の羅列だ。こんなの履歴書に書いたら将来が終わっちまうかもだぜ。
「は………………女子体操服、盗んだ?」
「何を言ってるんだ!? 変にシリアス感出すなよっ! 盗むワケねぇだろ」
「いやお前のことだから、『うぉおぉやったぜ、瑠璃垣さんの体操服盗ったどー……』とかありそうだなって」
「棒読みで人権侵害すんなっ! 『うぉおぉやったぜ』とかなんねぇよ! 言わねぇよ! あとなんで瑠璃垣が被害者なんだよっ! どんだけ瑠璃垣嫌いなんだお前……」
「………………リコーダーだったか?」
「おーその方がバッグにしまいやすい……ってアホっ! リアリティー増すこと言うな!」
「増したのか? まあ、変態性癖度は増したか……うむ」
「うむ、じゃねぇよっ! どうせ次は上履きとか言って揶揄うつもりなんだろ!」
「え………………いや、そこまでは——」
「——ちくしょう墓穴掘った!」
「うちの高校、ローファーを履き替える必要がない。上履きなんてないじゃないか」
「そういやそうだったっ! 俺としたことがっ」
「やっぱアホだ」
「アホ言うな……ど忘れしてただけだ」
十倉高校は履き替えとかないんだよな。
さっきそうして来たのに、なんで忘れてたかな……。
……いやいやいやそこじゃないっ。そこじゃないぞ。そもそもは鉄炮塚が俺のバッグを漁ろうとしてるのが問題だ。なんかこれじゃあ、俺の方が悪いヤツみたいじゃねぇか……他人のバッグ漁るなんか、それこそ体操服盗むのと同列じゃあねぇのか?
「んー……あんま面白いモノはないな」
「くそ……あとで覚えてやがれ」
「むしろスカスカだ」
「置き勉はマストだからな。不要なおもりは乗っけない主義なんだよ」
「……そのおかげで調べやすくて助かる」
「……たまには予習復習しとくんだった」
「えっと、ああこれだこれだ」
「ちょ、待て……何を取り出した? まさか財布……やっぱ金か、金なのか!?」
「うるさいヤツだな。くれぐれもそのロッドから手を離すなよ?」
「だが残念だったな、今は昼メシ代のお釣りだけで札はないぞ。それこそデジタルにも移行してんだ、はははっ」
「……違う。あと要件は、もう済んだ」
「え……?」
苦し紛れに高笑ってみせた俺を後目に、どうやら鉄炮塚は言葉通りに要件を終わらせたみたいだ……さっきのファスナーの音も聴こえて来る。
「……よし。じゃあアタシ帰りたいから、それ引き上げろ」
「……何したんだ、お前」
「見ればわかることだ」
「いいや今当ててやる……お前の握りこぶしに、俺のなけなしの50円が——」
「——ない。というか50円くらいなら盗らずに、適当に難癖付けて、四角いミニチョコでも奢らせた方が楽だ」
確かに。奢らせる云々はアレだが、合理的ではある。
片手サイズのミニチョコも、十分美味いしな。
「じゃあなんだってんだよ?」
「さっき言ってたスタンプを済ませといた。これでポケットにスタンプを入れ続ける必要性も無くなる」
「ああ……別に要らないんだが」
「アタシもめんどうだったんだ」
そーいやバッグに入れっぱなしとか言った気がする。それにしても、ポケットにスタンプを入れ続ける生活か……特別不便にとかはならねぇけど、ふとした時にポケットに手を突っ込んで触れると邪魔にはなりそうだな。季節も寒くなって来てるし。
いやつーか、それならそうと最初に言ってくれよ。要らないとはいえ、そのくらい手渡したわ。
「……事前に言ってくれよ」
「それじゃ釣りの邪魔だ」
「なら釣りの後でもいいだろうが」
「後だとついでにならない。こんなしょーもないこと、お前がもしかしたら魚を釣り上げてくれるかもって、期待を持ったままじゃないと乗り気にならない」
「とことん俺をダシに使いやがるな。人の心はあるんだろうな?」
「人の心があるからダシを取ろうとするんだ。それより、このスタンプダサいし、要らないな。どうするか」
「まさか海にでも投げ捨てるのか?」
「バカか。魚が食べたらどうする」
「あーそうだよな。些細なこととはいえ、環境破壊に繋がる——」
「——アタシが食う魚の質が下がる。あと気分も」
「……俺はお前のことを誤解してたみたいだ」
そう投げやりに言うと、俺は竿を引き上げる。ちゃんとした引き上げ方とかも知らねえから、とりあえず上に引っ張って、手応えのある方をグルグルとしてみる。
その間……鉄炮塚の顔は見ない。絶対見ない。間違ってたときの怪訝な顔が目に浮かぶからな。まー壊れるようなやり方してたら、流石に止めに入るだろう。
「………………待て」
「ん? え? 俺なんかやっちゃいました?」
すると鉄炮塚が俺の肩を持って制止させる。なんか無双系主人公みたいなセリフ言っちまったが、ぶっちゃけいきなりこんな距離を詰められてビックリしたせいだ。いやもう、足音とかマジで無かったわ。セリフに反して動揺しまくりだわ。
「お前ごときが主人公になれると思うな……」
「このネタ通じるのな」
「言ってる場合か……いやそうじゃない、そのままゆっくりと回せ」
「おお、了解」
仰せのままに、さっきよりもゆっくりとグルグル回す。他でもない監督……いや提督様のご指示だ。
これは回すのが早過ぎてたってことか? まあ糸を引き戻してんだし、そのことが原因で壊れるとかもあるんだろ。
「そのままだ、そのまま」
「分かってるよ。壊れないように慎重にな」
「……何を言っているんだ。逃げられないようにだ」
「……ん?」
「分かってないのか……よく見てろ。これがお前の成果だ。もう回さなくていい」
そう言うと鉄炮塚は、俺がゆっくりと引き戻していた糸を横取りするように掴み、こちらへと引き込む。すると本来なら針が見えるであろう箇所に何か……何かというか、それはもう小さな魚が、その針に食い付いていた。
「これ……」
「ああ、とても小さくて分かりにくいが幼魚だ。正確な名称は……って言ってもお前には分からんか」
「鉄炮塚……」
「とにかく。これがお前の成果、お前が釣り上げた獲物だ。ラッキーだな」
えっマジ? これ俺が釣ったってことだよな?
その言い方、そうなんだよな鉄炮塚!
「お、おおっマジか、うぉおぉやったぜ!」
「うぅ……キモいな」
「ああもう何とでも言え! よっしゃあぁぁぁぁっ!」
「こんな雑魚で、よくもまあそこまで喜べるな」
「いや俺! 自分でちゃんと釣ったことなかったんだよ! しゃあぁぁぁぁっ!」
「……そうか」
「それで! こいつは食えるのか鉄炮塚っ」
「……ふっ、いいやリリースだ。あとで海に返す」
「あ……へっ?」
「流石に小さ過ぎる。食える身なんてあったもんじゃない。食いたいなら、もっと大きくなってから……だな」
「嘘だろ……おい……」
「残念ながらほんとだ。まあでも、食えなくても、お前にとって釣るってことに意味はあるんだよ。ほら」
「え……おう、さんきゅ」
鉄炮塚が摘んだ糸を俺に渡して来る。
これがお前が釣り上げた魚なんだぞと、微笑みながら。
……俺はほんとうに誤解していたようだ。
香和や瑠璃垣よりも変人……というのは、俺の感覚では同格くらいで、あながち間違ってもいないのかもだ。
でも、なんだ。鉄炮塚にも、こんな笑い方が出来るんだなって、逆にちょっと、可笑しくなっちまった。
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