第19話 緑なき夜釣り(中編)
それから。完全に夜釣りと化した堤防で、俺は網を弄りながら適当に、ひんやりとしたコンクリに座り、鉄炮塚の竿に魚がヒットするのを待った。もう何分……いやもう何時間か? 元々ここを訪れるつもりもなかったのに、かなり長居しちまってんな……帰りどうすっかな。もう親から怒られるのが確定演出な時間だもんなー。まあ、ここまで来るといっそ諦めが付くわ。こいつが引き上げるまで、この黒光の海を眺めながら居続けるか。
「なあ」
「黙れ」
「……俺、そんな嫌われるようなことしたか?」
「お前だけが嫌いなんじゃない。人そのものが嫌いなんだ」
「へー、なんで?」
「理不尽な理由で束縛される」
「ふーん。でも、そーいうもんだろ」
「……そうやって諦念してるヤツが多いのも気に食わない」
「あー……でもなー、その方が、楽なときもあんだよなー」
「主体性のないヤツだな」
「余計な労力を使わない、人生の節約家と言って欲しいな。俺だって意地を通したくなるときくらいあんだよって」
「あっそ。そのまま寿命も節約してろ」
「悪魔と取引でもしろっていうのか?」
「適当な魔法でももらうんだな……香和は喜ぶぞ、きっと」
「うわぁ……そういう魔関連ならあいつは確かに喜ぶ……でも俺の人生削られてんだよなそれ」
「ちなみにその魔法は、必ず茶柱が立つ能力とかでどうだ?」
「いらねーしなんの役にも立たねぇ……ああでも、こういうまじない系もあいつが喜びそうだ……一応訊くが、それは俺の寿命をどれくらい払えばいいんだ?」
「半生」
「その取引考えたヤツは今すぐ反省しろっ。必ず立つっ! 百発百中茶柱まじない師、とかに就職しても絶対元が取れん!」
「なんでだ? 天職じゃないか。動画配信クリエイターが苦悩する絵面が浮かんで来る」
「イロモノストリーマーでも失敗してんじゃねぇか。ガチガチにキャラ作ってしくじってんの最悪だからな。生き恥晒してんのと変わらねぇよ」
「……という経緯で、寿命を節約すると」
「後払いかよっ」
「これぞクレジットだ」
「いやいや、どちらからも信用皆無なんだよな……あと年齢的にクレジットは無理だろ」
「……なんだこの、くだらない会話は?」
「俺もびっくりだわ。釣れなさすぎておかしくなってんじゃねぇか?」
「………………黙れ」
おお……結局そこに戻るのな。
俺としてはさ? そう言われるのが解せなくて、話を膨らましたようなもんだったんだがな……。
でも、まあ……なんだ。
黙れとは言いつつ、割と返事はしてくれるらしい。
ついでに香和のことも、そこそこ知ってるみたいだしよ。
ならもうこの際だ。次のヒットまでの暇つぶしも兼ねて、色々と訊ねてみるか。最初はそうだな……ここに来たきっかけになったヤツのことかな。
「瑠璃垣と、やっぱり仲が悪いのか?」
「藪から棒にストレートだな。そして黙れと言うのが聴こえないのか?」
「なんだよ、連れないヤツだな」
「釣り中にツレないとか言うな。受験生に滑るとか転ぶとか落ちるとか言うのと一緒だ。モチベが下がる」
「んなの迷信だって。落ちるヤツは運悪く落ちるさ。つうかいいだろ、雑談くらい」
「ならもっとありふれた話にしろ」
「ほーそれもそうか……じゃあ改めて。なんか瑠璃垣と口喧嘩っぽいことしたらしいな」
「対して変わってないだろ、それ」
「おいおい。喧嘩と仲悪は違うくね?」
「質問の意図が変わってない」
「そりゃ変えてねぇもん。んで? どうなんだよ実際」
「……その前にいいか?」
「んん?」
「その入れ知恵は誰からだ? それ次第でアタシの答え方も変わる」
誰からってのは、俺が瑠璃垣と鉄炮塚の不仲を、誰から伝え聴いたかってことか? そんなの言わずもがなな気がするが……ああそうか。これがもしかすると香和とか、高知とか、いつかの生徒会長とかの場合もある。つまりは当事者同士か、第三者視点かで、答え方が変わるってことか。
「瑠璃垣だよ」
「ならいい。あいつからなら、アタシに直接嫌いだとぶつけられたことがある」
「ならいい、とはならないやり取りな気がするが……」
「アタシもあいつのことは気に食わん。そしてそれを伝えている……目の前から消えろ、とかな」
「へぇ……犬猿の仲ってやつか」
「……どうだろうな。ただお互いに文句言ってるだけだからな」
「でも、鉄炮塚は瑠璃垣の何がそんな嫌なんだ?」
「簡単に言えば………………同族嫌悪。あいつとは中学も一緒だったんだが」
「えっマジ?」
「……早速話の腰を折るな」
「いやそうなんだなって思っちまってよ」
瑠璃垣と鉄炮塚の出身中学が一緒……か。
ああだから、高知も鉄炮塚のことを間接的に知ってたってわけか? ここは憶測だが、無きにしも非ずってとこか。
「はあ……とはいっても、特別絡みが多かったわけじゃない。クラスも違ったし、香和のとこほどではないにせよ、勉強熱心な中学だったせいか、他人への干渉も薄くて、アタシとしては過ごしやすい環境ではあった」
「無用な馴れ合いがないって感じか?」
「そうだな。まあでも、そんな校風もどうでもいい。問題はアタシがある日、連絡するのもめんどくさくて無断で学校に行かなかった。となれば当然教師から後日怒られる」
「そりゃあ無断ならな。怒るというか、生徒の動向が分からず心配が勝ったって感じだろう」
「ああ。ただこうなるのは別に予想してたからまだいいんだ……問題は、アタシの他にも似たようなことをして、同じ括りで扱われる生徒が居ることだ」
「………………はあ?」
言ってる意味が分からなかった。
いやなんとなく絵面は頭の中に浮かんで来る……職員室に呼び出された瑠璃垣と鉄炮塚の構図が。
だけど、それの何が問題なのかが意味不明だった。
それが嫌悪する理由になるのかって。
「その生徒っていうのが、瑠璃垣」
「あ、ああ。そうなるよな」
「そんなことが何度かあってな……挙句、アタシと瑠璃垣が共謀してるんじゃないかって言われ出した」
「そう疑われても仕方ない気がするが……」
「不愉快だ。アタシはアタシの赴くままに動いているというのに、なんでもれなく瑠璃垣がセットで付いて来るんだ。ポテトかドリンクかあいつは」
「他人をサイドメニューみたいに言うなよな……。まあお前としては、自分本位なつもりなんだろうが……他のヤツからしてみれば、瑠璃垣も鉄炮塚も同じカテゴリーってことだろ?」
「そうだな。大まかな括りなら同カテゴリーになるのは仕方ない。だがな、それを二人一緒にやってると思われるのが気持ち悪いんだ」
「気持ち悪い? そうか?」
「まるでお互いに不良ぶって、お互いを拠り所に依存し合っていると言いたげじゃないか」
「そ、そうか……?」
「あともっと言えば、同じように授業への意欲が無いからって、その代わりの方向性まで全く一緒ってわけじゃない。アタシにはこのように……細々と独りで趣味を堪能することが主で、瑠璃垣はどちらかというと学校とか、同じ学校の人には関わっておこうとはしている。そして実は前に出ようともしてる……その辺の価値観の相違が、割と近しい考えなのに合わなくて、毎度毎度悪態を付いてしまう、って感じだ」
長々と話してくれた内容を、ギュギュッとまとめた単語が同族嫌悪ってことか。なるほどな。
つまりは……俺のざっくりとした想像だが、似たような境遇に自ら身を置く鉄炮塚に、瑠璃垣が親近感から声を掛け、邪険にされ、果ては口論に発展して、啀み合っているってとこか。なんつーか、めんどくせーな。
「要するに、ケンカするほど仲が良いってやつかよ」
「……ほんとお前は話を聞かないな。やっぱアホだ」
「アホは余計だっつーの」
「じゃあどこをどう受け取ったら仲が良い扱いになるんだ?」
「はあ? いやだってよ。例え嫌味だとはいえ、それだけ瑠璃垣とのことをボロクソにコケにするくらい語れるんだぜ? そんな他人なかなかいねぇよ。少なくとも俺には一人もいない」
人っつーのは、本当に関わりたくない相手に対しては無関心であり続ける。本能的に避けるというか、面倒ごとに巻き込まれたくないというか……そういう対応をとる。
声を掛ける、身体に触れる、視線がかち合う。
それら全てが仲を深めるきっかけであると同時に、軋轢を生む原因にもなるからだ。無関心ってのは、不要なハイリスクを回避しやすくなるしな。
まあこんなダラダラと思ってはみたが、より単純な理屈もあるか。
そんなに嫌いと断言してるのに、どうしてするのも怠い口喧嘩が絶えないのかってな。
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