第16話 青色のルート(前編)
俺は向かうべき選択肢を二択に絞る。
いや二択に絞っちまったと言うべきかもしれない。
「さあ放課後……ちょっくら、話くらい訊いてみるか」
この日は香和が家族との用事で早々に帰宅。そのことを業間の休みに事前に聞かされていたが、なんかすげーウキウキワクワクしてる感じだった。詳しくは知らんが、家族揃って外食とか、そんなところだと思う。他に話したことはといえば、有名女性アイドルグループの人気メンバー……
そして高知は学校にすら来なかった。けどホームルーム時の担任教師の不貞腐れたような欠席発言からも、おそらくは寝坊からのサボりとかじゃないかなと推測していると、昼頃に高知からスマホのメッセージ通知が届いていた。『平日昼間のコンビニアイスってウマイよな!』とかいう文章と、背景が駐車場なことからも、購入してすぐと思しきソフトクリーム型のパッケージに入ったアイスの写真が添付されていた。他にも『ドラマの再放送観てる』とか『終わったからゲームしてる。究極の選択迫られてる』とかリアルタイムで送られて来た。ったく、アイツ満喫しながら俺を煽ってんな。サボりだろうなと思いつつ、心のすみっこで体調不良かと心配した朝の俺の良心を返して欲しいわ。自分で思うのもアレだが、俺の良心は少ないんだからよ。
とまあそんなこんなで、俺の放課後は侘しいものとなっているわけだ。正直このまま直帰してもよかったんだが、以前の高知との会話で気になることがかなり増えた瑠璃垣に逢って、幾つかの質問をぶつけてみようかと考え、こうして行動に移そうと席を立つ。
ただすげー逢いたいっつーわけでもなく、質問自体の別にこのときである必要性もない。なので帰るついでに寄る場所に居なければ、諦めてさっさと帰るつもりだ。
そこで俺は、瑠璃垣が居るであろう有力候補を二択まで絞る。一つは屋上、もう一つは保健室、このどちらかだろう。あとここに当たり前のようにクラスルームが選択肢に入らないのが、ある意味で瑠璃垣への信用の高さが窺えるんじゃねぇかな……いや逆か? いやいや、どっちでもいいわ。とりあえず教室を出るか……。
「さぁて、どっちにするか——」
「あっ、シコシン。香和ちゃんは? もう帰っちゃった?」
「えぇ……」
俺が教室から少し足を踏み出したところですぐ、手ぶらで明らかに帰宅途中ではない金髪おさげの瑠璃垣と出会す。この感じ、香和から聴いてなかったのか。
はぁ……何が二択だよ。考えてみれば俺と香和と瑠璃垣は、放課後にこの教室に集まるようになってんだから、ここで待ってんのが一番確率が高ぇじゃねぇか。散々推測したり、今日一日を振り返ったりしたのはなんだったんだよ。
なんかどうでもいい凡ミスをした気分で萎えるな……俺も、高知みたいに学校サボろうかな?
学校の勉強より、ゲームでもなんでもいいから、究極の選択を当てられる勉強でもしといた方が良さげだわ。
「………………なによ」
「なんだよ」
「逢って早々、なんで嫌な顔されなきゃいけないの?」
「……してたか?」
「自覚なしが一番ひどい」
「そういう顔なのかもしれねぇだろ」
「ああ……そうかも」
「おい! お前もひどいからな。俺がいつも嫌な顔してるって言ってるようなもんだぞ」
「っと、そんなことはどうでもいいのよ」
「不服だが、そこは同じだ」
ここでいつもの反論をしたら長くなっちまうしな……俺そんな邪悪な顔してんのか? これ地味に引きずりそうだ。
まあ幸が薄そうな顔ではあるっぽいんだがな……とある自称魔女に、なんちゃって死の予言をくらうくらいには。
「それで、香和ちゃんは?」
「アイツならもう帰ったぞ。家族との付き合いがあるんだと」
「ああうん、今日は焼き肉なんだって」
「……へ、なんだって?」
「香和ちゃん。今日家族で焼き肉だーって、嬉しそうに言ってた。シコシンもそう聴いてたんでしょ?」
「概ねそうだが……焼き肉ってことは知らなかったわ。あれもしかしてお前、香和に用事があったの知ってたのか?」
「うん」
「……じゃあなにしに来たんだ?」
「なにって、今日はいつもよりちょっと早くなったけど、いつも通り放課後の集まりに来たのよ?」
「いやいや、そりゃあ中止だろうが」
「えっ? なんでよ」
「決まってるだろ。香和がいないと機能しないんだから」
香和が居ないと知ってんなら、イコール中止と思うもんじゃねぇのかな。だってこの魔法陣に関するあれやこれやは、香和の発案によって進行してるのであって、瑠璃垣も俺も誘われただけなんだから。
「でも、香和ちゃんから中止って言われてないよ。シコシンは言われたの?」
「言われてねぇけど、普通そうだろ」
「じゃあなんで勝手に中止だって決めてるのよ。いい迷惑」
「そりゃあ香和がいないんだから——」
「——あと、普通っていうのはそれぞれの価値観——」
「——それまだ引っ張んのか」
「違う。常識を押し付けられる感じがして嫌なだけ……あと顔も」
「そっちもほじくり返すんじゃねぇよ!」
「……それでどうするの? シコシンが帰るつもりなら、私も屋上に戻るだけなんだけど」
「家に帰るとか、戻るとかじゃねぇのか?」
「だって荷物全部屋上にあるし」
「持って来とけよ。もし香和と一緒に下校するなら二度手間だったぞ」
「もー文句多いな。いいでしょ好きなんだから」
「好きなのはいいことだが、効率が悪いってんだよ」
「はぁ……分かったって。次からはそうする。でっ、どうする? 香和ちゃんいないし、判断はシコシンに一任するよ」
「一任ね……」
香和不在の魔法陣会議……か。いや俺その場所行ったことねぇし、おそらく瑠璃垣も同じだよな。そんなの中身のない形式上の会議にしかならんだろう。どうしようもなく、百聞だけのコンビでしかない。
あとそもそも、俺と瑠璃垣は親密に話す間柄じゃない。あくまで香和を介した関係というか、友人の友人ってこんな感じなんだなって思う。
一応逢って質問したいことこそあるが、長々と改まって根掘り葉掘り訊ねるような内容じゃねぇし、どうするのがいいのやら……ひとまず、先延ばしにはしてみるか。
「とりあえずは、だ」
「うん」
「屋上まで行くか。せっかくだからよ」
「え……それって中止? 中止じゃない? どっち?」
「どっちでもない。でもお前の荷物を取りに行くついでに適当な話して、どうしても会議をしたいのならそうする。そうならねぇならそのまま解散……で、どうだ?」
「……優柔不断」
「うるせー、これならどちらにせよ瑠璃垣は困らないだろうが」
その間にも俺は瑠璃垣への質問を訊けて、瑠璃垣は自身の荷物を取りに戻れる。まさに一石二鳥だ。
あと香和の代わりの責任を押し付けられても迷惑だからな。中止かどうか、延期かどうか、決行かどうか。そんなのは発案した香和が全部独断で決めちまえばいいと思ってる。だから俺が権限を保有するのは野暮だ。ついでに言うなら、めんどくせーし。
「んー……確かにシコシンの言う通りか」
「だろ」
「うん。じゃあその提案に乗ろうかな」
「おう」
「……でもそれ、シコシンにメリットなくない?」
「ああないね。俺には一銭も、これっぽっちもねぇな」
「……効率悪くない?」
「こういうときに限って正論ぶち込んでくんのな」
「なによ、悪い?」
「いいや、別に悪かねぇよ。まあ俺はな? 香和が居なくて、独りは寂しいよって喚く瑠璃垣に、メリット度外視で付き添ってやるんだよ。感謝しろよ」
「なんで感謝求められてるの……また糊付けにされちゃうかもよ?」
「おいやめろ。あれ精神的ダメージがでかいんだぞ。今から荷物を取りに戻るついでに、やり返してやろうか?」
「……そのときは先生にちくる」
「なっ!? そんなの不公平だろ」
「………………な〜んてね」
「なーんてね、じゃねぇよ。なーって伸ばすな、なをっ」
「ふふ、いいじゃんか」
「くっそ、ニヤニヤしやがって」
「してないよ。してない」
「いいやしてるぞ。ひどく悪い顔だ。まるで悪女だな」
「ん? じゃあそのセリフ、そっくりそのまま返す」
「返されても困る……つか、俺が悪女は気持ち悪いだろ」
「ふふ、そうねー」
そんなくだらねぇーやり取りをしながらも、俺と瑠璃垣は屋上へと歩みを進めて行く。なんつーか……この選択が合ってんのかどうかは、神でも仏でも悪魔でも、ましてや魔法使いでもねぇーから知らねぇけど、もっとも自然な形にはなってるなって、カタンタンと階段を上りながら感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます