第17話 青色のルート(後編)

 屋上は造りは以前と全く同じ。いくら禁止区域といっても、二度目ともなると感心が若干落ちる……ものだと思っていた。瑠璃垣の荷物と、いつか聞かされたあかねさす放課後の変色の効果を知らしめられるまでは。


「……夕焼けが、近いな」

「夕方だからね」

「そりゃそうだが……なんか良いだろ、この朝と夕方の屋上の変化」

「シコシンは案外ロマンチストなのねー」

「バカ言ってんな。俺はリアリストのつもりなんだ」

「はぁ、自分のこと分かってないな……まあ香和ちゃんと一緒に居る時点で、シコシンは立派なロマン探求者か。そうね、そうよね」

「おーい勝手に納得してくれるなよ瑠璃垣。というかよーお前、その荷物——」

「——この前、そのことを示唆するプレゼントをしたじゃない。そもそも高校なら別に珍しいモノでもないでしょ、ギターケースなんて」


 瑠璃垣の荷物はスクールバッグと、その隣で寄り掛かっているギターケース。そこに慈しむように寄り添うブロンドヘアーの少女と差し込む夕日。悔しいがなんとも絵になる光景だなと、柄にも無くロマン的な思考になっちまった。


「……何よシコシン、その顔は?」

「いや……ギターを学校に持ち込むヤツに、ロマンチストだなんとか言われたくないなって」

「そう?」

「そうだよ。ギターなんざ、そいつの夢見がち度合いを跳ね上げるアイテムじゃねぇか」

「とんっでもないド偏見ね。みんながみんなドームとか、アリーナとか、目指してると思わないことね」

「……俺、そこまでは言ってなかったけどな。ドームとか、アリーナとか? でもその言い方、瑠璃垣は目指す……いや、憧れはあるっぽいな」

「ちょっ、な、なんでそう思ったのよ?」

「図星のときの反応だなそれ。いや墓穴を掘ったのか?」

「な……バカにしてるでしょ?」

「どうだろうな……バカにしてるけど、してねぇよ」

「え、シコシン……」

「な、なんだよ」

「もしかして、日本語苦手?」

「違う。日本語の表現が複雑過ぎるんだよ」


 キョトンとした視線で訊いて来る。

 おいおい、マジで心配されてる訊かれ方されてねぇか?

 及ばねぇから。その心配に及ばねぇから。


「ならバカにしてるのか、してないのか、どっちなのよ?」

「はぁ……えっとだな。瑠璃垣がいきなり分かりやすいボロを出したところはなんだそりゃって思ったが、ギター一本でドームやアリーナに憧れるのはいいことじゃね? って思っただけだ」

「……違った。シコシンがバカだったんだね」

「なんだと? 俺なりになんとか説明してやったのにバカ呼ばわりとはどういう了見だっ」

「了見もなにも。説明については分かったよ? でも飛躍し過ぎだって言ってるの」

「飛躍……ね」

「だってまだシコシンは私の演奏も聴いてないのに、よく言えたものだなって」

「あー……——」


 そりゃそうだろうがよ。飛躍でもなにもない。これはあれだわ。俺が魔女を自称する香和に、なんだかんだ付き合ってるのと同じだと思う。

 だって俺は、めんどくさがりの割に、そういう性分みたいだからな。


「——俺はどうでもいい揶揄いこそ言うが、嫌いじゃねぇんだよ。お前みたいな奔放なヤツ。だから弾くのが上手いとか、下手とかは二の次だ」


 俺は……どんな方向性でも、実直なヤツが嫌いじゃないみたいだ。変換するなら、ロマンチスト、バカってところか? まあここは言わないでいいか。余計にまどろっこしくなりそうだしな。


「……奔放ね。だからアナタは……うんん、言わなくていっか」

「おお……なんだよ、気になるじゃねぇか」

「別に。ただ意味もないのに、言って私が損するのは、相手がシコシンだと割に合わないだけよ」

「遠回しっぽくディスられてるが……まあいい。言わなくてもいいことがあるのは偶然や偶然、同感だからな」

「ふふふ。でもいつか、演奏で語らせる機会はあるんじゃないかな?」

「ああ。どんだけ感銘を受ける演奏を聴かせて貰えるのか、今から楽しみで仕方ないなー。ほんとにー全くー楽しみだー」

「もー、棒読みでハードル上げないでくれる?」

「あれ? お前ってタブーというか、スリルがある方が好きなんだろ? だから俺なりにやさしー配慮をしてやってんだぜ?」

「何を勘違いしてるのか知らないけど、ありがた迷惑な優しさってあるよね……そしてそれを、どうやっても分からない人も居ると」

「他人を分からず屋みたいに言いやがって」

「事実だから」

「おい、それこそ言わなくてもいいことじゃないのか?」

「何でもかんでも飲み込むのはストレスなのよ」


 そう言いながらやっと、瑠璃垣は自身の荷物を肩掛けた。加えて後ろに掛かる重心をなんとかしようと、僅かに前のめりになってる様子が、荷物を大切に扱っているように見受けられる。


 その格好はなんか、金髪とか、わざとらしく上げた口角のせいか、微妙にとんがってる学生バンドってこんなんかなって思わせる姿だ。メンバーは目視する限り一名だけなんだが。

 ……というかそうだ。俺はこいつに訊ねたいことがって、ここまでわざわざ付いて来たんじゃねぇか。いやー忘れてたわ。危うく雑談だけで終わっちまうところだったわ。


「なら俺も。瑠璃垣のせいでストレスが溜まるのは不本意だから、適当に質問でも投げ掛けていいか?」

「ちょっと? いちいち私の印象を下げないと話せないのー?」

「何を言うか。しっかりと前置きをしてあげたんじゃないか」

「その前置きが余計なのよ………………はぁ。それで? 私に質問ってなに?」

「ああ。これは、そんな大したことじゃねぇんだけど——」

「——じゃあ帰る」

「いや待てよ。大したことないのがいけないのか? なら……今から話すのは、ニュースになりかねないような重大な話で——」

「——変な事件には巻き込まれたくない、帰る」

「くそっ、どうすりゃいいっ」

「だから、前置きが要らない。端的に掻い摘んで、さっさと本題に入ってよ」


 踵を返す素振りをしながらも、瑠璃垣は耳を傾けてくれる。

 もしかするとこいつ、俺が想像してるよりも相手のことを気にするヤツなのか? まあ今からする質問に、それも一部含まれてるだろう。


「はあ、分かった……まず一つ目は、お前って俺のクラスの高知と知り合いなんだろ? 隣の家に住んでるんだってな」

「高知……高知こうち 真義しんぎのこと?」


 高知の下の名前は真義。俺たちは同じ地方繋がりの苗字同士ってのもあるが、下の名前の読み方が近しいっていう親和性もある。たたそっちで呼ぶことは基本ないな……って、そんなことはどうでもいい。


「ああ。やっぱ知ってんだな」

「うん。別に仲良くしてるってわけじゃないけど、近所付き合いくらいね」

「高知も似たようなこと言ってたな。中学校も違うし、俺が思ったよりも接点は薄いみたいな……親同士は仲が良いらしいみたいだが」

「……そこまで知ってるのなら、いまさら私に訊ねるようなことはないように思うけど? 特に隠してたわけでもないし」

「そうだな。まあ高知のことはあくまでキッカケに過ぎないって感じ……いや、けしかけられた」

「嗾ける? なにを?」

「お前と香和は生徒会長? に誘われたんだよな?」

「そうだよ、それが何か?」

「瑠璃垣は嫌ってるみたいだし、最初は遠慮してたんだが……香和も高知も仄めかした、もう一人について知りたい」


 高知は格好付けて、ちっとも格好付かない言い方をしていたが、香和と瑠璃垣に続いて高知まで示唆した人物。ここまでスルーしていたが、この三人が認知していて、俺だけが除け者のように知らないのは、どうでもよくても引っ掛かりを覚える。

 そもそも香和と瑠璃垣に見えない壁があったのはそいつのせいで、知らず知らずのうちにあれよあれよ、間接的に俺も巻き込まれているわけだ。なんつーかそれ、不本意で気に食わねぇしな。


「……ちょっと待って」

「え、ああ」


 そう訊ねると瑠璃垣はすぐさまスマホを取り出し、フリック操作で指を忙しなく動かしている。俺は瑠璃垣に言われた通りに少しばかり口を噤んで待つ。


「えっとここからなら……はい、ここに行けば多分居る」


 瑠璃垣はスマホの画面を俺に見せつける。

 俺はてっきりもう一人ってヤツの連絡先とか、顔写真とかかなと思っていた。だが瑠璃垣が提示したのは……なぜか地図アプリ。

 そこには十倉高校からの目的地が蛇行してるみたいに青の太線でなぞられ、ピンを立てたところに続く。そこが一体どこなのかは、すぐに分からされる。


 いや具体的な場所自体は分かっていない。

 分かってはいないけど、場所の名称はすぐに出た。


「これって……まさか、海?」

「うん。正確には防波堤にピンしてるんだけど」


 地図アプリには、広く青々としたエリアにさりげなく主張する長方形の凸型が映し出されていた。十倉高校の裏山からなだらかに流れる河川を伝い河口、海に繋がる。まさにレジャーの二択に挙がりがちな山と海を総べる。

 ただ裏山も防波堤も高校からものすごい近いわけじゃなく、行き先と一緒に表示されている予想徒歩時間を見るに、歩いて行けなくはないが、自転車やバイクがあるに越したことはねぇなと感じる距離だ。


「つかなんで、海? 遊泳出来るところじゃなくね?」

「泳ぎに行ってるわけじゃないみたいだからね。しかも秋だし、すごい冷たいからどのみち泳がないでしょ」

「そもそもなんだが、そいつも高校生だろ?」

「うん。私たちと同じ学年。向こうはB組」

「なら一年のB組に行くことを勧めるもんじゃないのか? なんたって海に……確証があんのか?」

「確証は……ない」

「おい、ないのかよ」

「ないけど、確率はかなり高い。それとあの子も私と同じく授業に出ない……というか、登校すらしない頻度高めだから、学校よりもこっちの方が逢いやすい。あと本質を知りたいのなら、一対一がいいと思う……私が気に入らない理由も分かるんじゃない?」

「学校より海に行く方が遭遇率高い高校生ってどうなんだ、それ。んで一対一ね、これまた難儀だ」


 これが香和と瑠璃垣をも越えるかもしれない変人か。

 人伝の噂話だけでも、その片鱗が見え隠れしてるな。

 ぶっちゃけ俺の中で顔と名前が一致すればいいやくらいの興味だったんだが、マジでどんなヤツなのか気になり出して来た。


「場所、分かった? もういい?」

「え? 大体は……ああでも、具体的に知りたいから、少し拡大してくれると助かる」

「ああ、そのくらいならシコシンが操作しなよ。ズームするだけなら構わないよ」

「お、おう」


 提示された瑠璃垣のスマホに、おそるおそる触れる。そしてそれを瑠璃垣に悟られないように。

 なんか他人のスマホに触るのって、なんでこう罪悪感に苛まれるんだろうな。あれか、個人情報に踏み込むことと同義だからとかか?

 いや全くもってそんなつもりはなかったんだが、予期せず許可を貰っちまったんだ……ここで引き下がった方が何かと怠いし、なにより瑠璃垣に揶揄われそうでめんどうだ。さっさと終わらせちまおう……。


「……ん、あれ? ズームしないんだけど? これそういう仕様だったりするか?」

「そんなわけないでしょ。シコシンの指が乾燥でもしてるんじゃない? それか指の使い方がおかしいとかじゃないの?」

「傷付く言い方するな………………あっ——」


 間抜けたような声と共に、思わず指を離した。

 同時に、ズームしなかった要因も理解したからだ。

 現在瑠璃垣のスマホに映し出されているのが、地図アプリではなくホーム画面になり、休み時間に香和から話題が挙がっていた運勢を上げる有名アイドルの背景画像が表示されていた


 つまりは……地図アプリの処理落ちだ。

 ズームしなかったのは、その前兆だったみたいだな。


「——瑠璃垣、アプリ落ちた」

「ん……ええっ! ああ……ほんとだ。さっきまでなんともなかったのに」

「ズーム出来なかったのは、このせいっぽいな」

「うわぁ……シコシン?」

「なんだ?」

「これはあの……おまじないであって、香和ちゃんとお揃いにしたかった、とかじゃないよ?」

「お揃い……ああ背景画像のことか。別にいいじゃねぇか、お揃いでも。香和が言ってた運勢が上がるアイドルの画像だろ? でもその顔……名前は確か——」

「——北見 莉瀬」

「そうそう。俺らがガキの頃にはもうアイドルだったよな」

「……シコシン詳しいね。もしかして好きなの?」

「いや……好きとかそんなんじゃねぇよ。ただの一般常識だ、一般常識」

「へぇー……こういう子がいーんだ」

「常識の範疇なだけだ。勝手に好きで進めるな」

「あー確かに、シコシンが好きそうな雰囲気だなぁ。掴みどころのない女の子」

「話聞いてないだろ、お前」


 北見 莉瀬って、グループの垣根どころか単独で社会的にも認知されてる超有名アイドルだからな。そんなのもう一般常識だよな? 別にアイドルの中でも掴みどころがない変わり種だから気になるとか、そんなんじゃねぇよな?


「聞いてるよ。それで場所は——」

「——いや、場所は大体分かった。拡大して近くの目印でも見つけようと思ったが、そーいや俺のスマホでもおんなじこと出来るしな。あとはこっちでやるよ、ありがとな」

「なっ……まさかシコシンは私の個人情報を盗み見ようと——」

「——してねぇよ。ただ瑠璃垣のスマホで地図を開いてたから、ついでに頼んだだけだっての。お前の秘めたる個人情報なんか金貰ってもいらんわ」

「それはなんかひどくない? 私のスマホに登録された連絡先がヒトケタなのとか、気にならない?」

「……同情で金をあげたくなるエピソードぶっこんだな。あとお前から情報バラしてんじゃねぇか」

「皮肉が分からないかな、シコシンには」

「事実が切なすぎて、皮肉が頭に馴染んでこねぇよ」


 まあ……俺の連絡先の数も似たようなもんだし、数より質だとは思うし、んな気にすることでもないんだが……ここで気にするなって言う方が嫌みに聞こえそうなんだよな。それとこのまま連絡先少ないんです話を膨らましたくもねぇし、何か話題の転換だけして、さっさと帰る方向に進めるか。訊ねたいことも大方済んだし、なんかあったっけなぁ……。


「なあ、瑠璃垣」

「なに?」

「えっと……ああそうだ。お前さ、これについて多分なにか知ってるよな」

「これって……なに?」

「ちょっと待ってろ」


 そう言って俺は、自分のスクールバッグを漁る。

 貰って適当にぶち込んだのを、ずっとそのままにしてたはずだからな。


「あった。これだよ」

「カード? ああこれか——」


 取り出したのは、以前香和から貰ったスタンプラリーカード。確か生徒会長が主体となって始めたヤツだったよな? なら香和だけじゃなく瑠璃垣もこのことについて知っているはずだ。まあラリー完遂とかはどうでもいいんだが、雑談の種くらいにはなるだろう。


「——なるほど。私からのを欲しくて欲しくてたまらなかったと」

「違う。これにお前も関与してるのかどうか疑問だっただけだ」

「ああ……ということは、もう一人の子に逢いたいっていうのも、これをオールクリアするためと……なーるほど」

「だから——」

「——全て合点がいったわ」

「クソみたいな辻褄合わせやめろ。合ってねぇから」

「んっ」

「……なんだよ?」

「なんだじゃないでしょ。私の分を押したげるから。ん、渡して」


 瑠璃垣が俺に向けて手を伸ばす。

 いや、カードを一旦貸せと言ってる。

 一体何を勘違いしているんだが……全く聞きたくないな。

 集めるつもりは毛頭ないんだが……ここで渡さないのも、カードに保護欲で出てるヤツみたいで気持ち悪りーし、そのまま処分してくれてもいいぜと心で言いながら渡す。


「どーも……おや? 既に一個埋まってるのか……熱心ね」

「もともとそうだったんだ」

「……恥ずかしがらなくても」

「ほんとにそうなんだよ。嘘だと思うかもしれねぇが、ほんとなんだよ」

「その言い方が嘘っぽいなー……ほいっと」


 そんな会話をしながら、瑠璃垣はスクールバッグの外ポケットからスタンプを取り出し、流れ作業のようにキャップを外してポンと押す。


「はい。残り二人ね」

「……ああ」


 スタンプカードが無事に返還される。

 こういうのっていらねぇーモノほど、無事なんだよな。

 そんなスタンプカードには、既存の右下にある『ト』の字の黄色スタンプの真上に、『ル』の字の青色のスタンプが増えていた。この『ル』の字が、瑠璃垣の担当らしい。青色ってのは、随分と安直な気がするがな。


「それで、シコシン」

「なんだ?」

「シコシンはもちろん海の方に行くよね? スタンプもあるし」

「もちろんではねぇし、スタンプも関係ねぇが……まあそうするだろうな」

「了解。香和ちゃんだけでなく、シコシンまで用事なら、今日の会議はお休みだね」

「俺は元よりそのつもりだったがな」

「んー仕方ない。私は家に帰ってギターの練習でもしますか」

「そうしろそうしろ。そんでいつか、俺を昂らせるような音色を聴かせてもらおうか?」

「なんで上からなのよ。あとハードルあげないで」

「いいだろ?」

「よくない」

「はいはい……んじゃお先、行ってくる」

「言い争いにならないようにね」

「なんだそのアドバイス」

「またね、シコシン」

「お、おう」


 俺が先んじて、屋上を後にする。

 いやそれにしても、割と話し込んじまったな、瑠璃垣と。

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