第15話 詩的なブルーの真義
実は明朗快活な素養を持つ自称魔女と、俺の憶測で勝手にタブー好き扱いにしているサボり魔の金髪女という、異なる魔の性質のスキルを持つ二人との放課後作戦会議が出来て数日が経つ。
休みの日の夜に決行! ってことだけは決まっているが、悪天候とか、俺を含めた三人の都合の帳尻合わせだとか、あとなんだ……トラップの素材集め? だとかなんとかでちょっと日程が間延びしている。
ただその期間も決して無益ではなくて、瑠璃垣の当初の目的である、香和との交友を深めるっていうのはクリアしつつある。ついでに言えば香和も瑠璃垣への遠慮が減って来たんじゃねぇかな? その辺はあくまで第三者視点というか、仲を取り持っている風に見せかけて何にもしてない冷やかし役というか……とにかく一歩くらい引いて見てた俺からも、良くなったんじゃないかと思う。
ただそうした日々に違和感というか、疑問というか、なんでなんだろうなって
それは別に大したことじゃないかもしれねぇが、放課後とはいえ、俺と香和が振り分けられてるC組の奴らが普段から使っている教室を会議場所にしてるっつーのに、誰一人として、そのときの教室に入って来る他のヤツがいないことだ。
もちろん渡り廊下を行き交ってるところは、生徒だけじゃなく教師も見掛けてはいるんだが……やっぱ自称魔女のフォルムに恐れをなしてんのか?
だとしたらそれって、言いようによっては香和の魔法みたいなもん……かもな。
まあこんなの、絶対に香和本人には言わねぇけど。確実に図に乗るだろうし。
あと。それが仮にも魔法ならば、香和をさらに孤立させるゴミクソ魔法だ。そんなの覚えても、香和のためにならねぇだろう。だからどのみち、言わないのが正しそうだ。
「……そろそろ、言ってみてもいいだろ?」
「……はぁ? 何をだよ?」
まるで俺のぼんやりとした想像を盗み見たかのようなタイミングで、お互いにジャージ姿のまま、グラウンドから教室までの道のりを一緒に戻っていた高知から訊ねられる。思考を盗まれたとかいう被害妄想染みたことを信じる気は、魔法と同じく微塵も無いが、不意を突かれたのには違いない。
「あかねさす放課後の教室。二人の少女と一匹のケモノ……これはまさに青の春の真理が突き動かされる気配ってやつをさ。まさに緑児のように純真な訊く耳を持っている俺に、未だ隠している気がしてならないんだが?」
「はあ? なにを詩的に変なこと言って……ああ、そういうことか」
言い方はあまりにも間接的過ぎて一瞬分からなかったが、つまりは俺と香和と瑠璃垣の三人、放課後の教室で何やってたのかと聴きたいらしい……いやそれならもっと率直に聴いてくれよ。つか、なんで知ってんだよ。
「別に隠しちゃあいねぇよ。俺と香和と……高知は知ってるか分かんねーが、A組の瑠璃垣ってやつとだな。自称魔女プレゼンツのミステリーツアー? の案内を受けてんだよ」
「へぇーミステリーツアー……なんか面白そうじゃん? どんな?」
「……んな期待に沿うもんじゃねぇよ。ツアーってのは……あれだ、校内スタンプラリーの超絶劣化版みたいなやつだからな」
「ああー、そういやそんなの小学か中学かでやったことあるわぁ。確か俺のところは校内の造りを知ったり、逆に教えるためだったっけな? まあ楽しいかどうか訊かれたらビミョーだけど、授業が無くてラッキーとは思ってたな。ははははっ」
「授業よりはマシって、低レベルな争いだな」
「くはは、そーだな。でももうスタンプラリーなんか、地域の体操とかにも参加しなくなって、機会なんかなかなか無いけど、懐かしいなー……」
「あ、ああ……」
手渡されただけとはいえ、現在進行形でやってんだよな……その懐かしのスタンプラリー。ちっとも埋められてねぇし、埋めるつもりも無いがバッグに入ってはいるんだよな。
……というかちょっと待て。高知の野郎……最初にめんどくせーこと言わなかったか? 言ってたよなっ。
「なあ高知」
「ん?」
「俺の聞き間違いか覚え間違いならわりーが、放課後の教室がどうたらこうたら言ってただろ?」
「おお、結構巻き戻ったな。んー確かに言ったぞ、叙情的な」
「そりゃ知らん。けどその口ぶり……お前、隠れて覗き見てたな?」
「くははははっ、バレたか。でも隠れて覗き見てたなんて人聞きの悪い……俺はガッツリと見てたぜ? 内容はさっぱりだったが」
「やっぱり……なんでだよ?」
「なんでって?」
「一声くらい掛けても、良かっただろ」
「ああ、そういうことか」
「そう以外になにがあるんだよ」
「いやあ俺もさ? 混ざりたくはあったんだ。でもここでガラッと扉を開けて、ギリギリで保たれてた三角関係を揺るがすってのは、こりゃあやっちゃいけねぇなと——」
「——保たれた三角関係なんかねぇわ、揺らぐこと心配する関係築いてねぇわ、むしろアイツらが築こうとしてるだけで俺除け者に等しいわっ。そもそもの話、俺はなんであんなのに参加するハメになってんだよっ!」
「おお……怒涛のツッコミの嵐。あと最後のは知らんがな」
「つかよくよく考えればっ、二人の少女と一匹のケモノって……………俺が性欲魔神みたいじゃねぇかっ。人間ですらねぇのかよっ、気色わりーなっ!」
「おっ、やっとそこツッコんでくれたか」
「ったく、ケモノって呼ばれるようなことしてねぇのに、ひでー濡れ衣だ」
「………………ケダモノ?」
「なお悪いわ! あとお前が言うと気持ち悪さ倍増だな」
「その言い方も大概ひどいからな?」
「安心しろ。そのつもりで言ってる」
「なっ……お前最低だな」
「ああ最低だ。最低な人間だよ……また絶交するか?」
「いや……そんなお前も、ありだっ!」
「意味深なありやめろよ。誤解されても知らんぞ」
「冗談通じないヤツだなー」
「冗談キツ過ぎるんだろうが」
こいつやっぱ。一見して寡黙なクールさを醸し出してんのに、かなりトーク好きな一面あるよな。つーか話題も完全に脱線しちまってるし、さっきの授業よりもエネルギー使ってんじゃねぇか? これ。
「いやーそれにしても、ボケをスルーされたのかとヒヤヒヤしたわ」
「……全く冷ついてない顔で言うな」
「まあでも、人間も比喩的にケモノでもあるから。クオリティー低めではあるが、その前のツッコミ重ねは評価……69点」
「審査してくれるな、反応に困るロックンロールな低い点を付けるな。あと高知には等しさが足らんから向いてねぇよ」
「等しさ……ひとしさ! た、確かにっ!」
「確かめることか?」
「ことだとも。あとはそうだな……わざわざ四国たちの名前を入れたのに、気付いてくれないのは、なんだかなーって思ってる」
「名前……」
「ほら。最初にあかねさす、とか言っただろ?」
高知が言うのは、あかねさすから始まる、あの無駄に詩的さを装ったセリフに俺たちの名前が実は入っていたんだっ……みたいなのを言いたいらしい。まあわざわざあかねさすとか、俺の名前の意味を変えてねじ込んだあたりで、薄々察してはしたが、それよりもケモノ扱いの方が気に食わなくて一旦スルーしちまった。
「いや、それはなんとなく分かってたんだが……」
「おーい、分かってたなら言ってくれよ」
「ああ。つか高知、お前香和の下の名前なんか知ってたのな?」
「ん? そりゃあ同じクラスなんだ。知っていて当然じゃないか。何か変か?」
「いやその、最近まで香和に興味なんか無さそうだったのになーって思ってよ」
「興味がない? 俺がか?」
「違うのか?」
「違うね。どちらかというと俺は、ああいう我が道を行くタイプは好きだぜ? ちょっとおかしなカッコーしてるなーとは思うけど」
「ちょっとどころじゃないだろう、アレは」
「四国がそれを言うのか。あんなに魔女と仲良くしてるのに」
「そんなんじゃねぇ……高知も前に言ってただろ。香和の好奇心が魔女的にオカルト的に刺激されただけだって」
「ははっ、はちゃめちゃだよなー。四国が頭をぶつけて意識を失うところ含めっ」
「いま笑うところか? いや違うよな? 意識失ったのはマジでシャレにならんし」
「……それでも、キッカケはキッカケだ」
「……っ」
キッカケというセリフに、俺は息を呑む。
高知の穏やかでシリアスなムードを感じ取ったのか。
俺の知らない俺を突き付けられたからなのか。
その緩急にしてやられたのか。
はたまた他の何かか。
どの要素が息を呑むに至らせたのか、解らない。
だけどなんか、高貴な宝物を抱えているような気分に、たったの一言でさせられた。
「普段他のクラスのヤツには話掛けもしない魔女が、四国にだけ話し掛けるようになった。理由は魔女……いや、香和 朱音のみぞ知るところだが……俺が邪魔するわけにはいかんよ」
「お前、そんな空気を読もうとするヤツだったのか?」
「おい心外だな。あとそーいう考えしてんの、俺だけじゃないと思うぜ?」
「はぁ? 誰だよ」
「香和 朱音の魔女の事情をある程度知るのは前提として、ここに居る四国以外のヤツ」
「すげー遠回しだけど。それってつまり、俺以外じゃねぇか」
「ああそうなんだが……ちょっと待て訂正。あと例外は瑠璃垣 蒼乃も、か」
「瑠璃垣……」
「つまり俺が思っているのはな……もちろん最初はただ話しにくい魔女だなって感じたが、今は四国に心を開いてるのに、開かれていない自分たちが無理に二人に介入するのは躊躇われる……ってところだ」
「それが……放課後に高知が盗み見てただけだった理由か?」
「だから盗み見たんじゃないよ。ガッツリと見てたんだ。少しだけだけど」
「どっちも一緒だろうが……いや、んなことはどうでもいい」
「どうでもいいとは、言ってくれるな」
「高知はそうかもしれない……が。それ、香和が望んだのか?」
他のヤツがどうかは知らんが、高知が躊躇ったのは少し解る。今まで冷遇しといて、そいつが誰かと話し出したのをダシに使うのは虫が良過ぎる……みたいなことだろう。
でもそれは高知の個人的な感情であって、香和の気持ちの代弁ではない。
言い方を変えれば、変わらず冷遇するのと同義だ。
単純に無視とか、受け取り方次第では無関心にも該当するかもだ。
そんなの誰も、何にもならないだろ。
「いいや、望んではないだろうな。ちなみに俺も、そんなのは望まない」
「なら——」
「——でもそうだと分かったのは、四国が居たからだ。それまでの印象は、香和は独りが好きなのかなって思い込んでた。孤立する要素は満載だったし」
「……まああんなの、孤立するよな」
高校生にもなって、制服に真っ黒なローブを羽織って、魔女関連を筆頭に、ファンタジーやらミステリアスやらのことを突然言い出すカルト的なヤツなんか、孤立するなって方が難しい気がする。むしろ狙ってそうしてるのかって考えてもおかしくはないのかもしれない。
しかも香和自身、自分が警戒されるべき存在だと、自覚がある様子だった。分かっててあんな風に振る舞っているって、俺にとっても不思議だった。
「だかそうじゃねぇんだなって、放課後の風景を見て、悔い改めて思った」
「わざわざ悔いたのか?」
「いやジョークだ」
「ジョークかよ。あと高知がジョークとか言うとどこからがジョークか分かんなくなるな」
「ひでーな。これでもそこそこ本気なんだぜー」
「そこそこ……」
「とにかくだ、とにかくっ。今は四国たちの集まりの邪魔はせず、静観するだけ……ただあくまで今は、だ。そのうち四国の背後から突撃して、ポジションでもなんでも奪うさ」
「いやそれ負傷交代狙いじゃねぇか。急にスポーツの話みたいになったな」
「ああ、青の春っぽい」
「言ってること友情崩壊だけどな」
「くははっ、違いねぇ」
「だから笑い事じゃねぇって……」
「……まあ、とにかく俺は俺のやり方をするってだけだ。それが四国の代わりか、新たなポジションを作るのか、他の何たらかは知らんがそうだな……魔女と話せる機会なんてよ、俺は逃そうと思わねえよ」
「ふ……自称、魔女だけどな?」
「くははははっ、それこそどっちもどっちだ」
そう笑いながら、高知は俺よりも数は先を歩む。
魔女も自称魔女もどっちもどっち……か。
確かにそうかも……とは、やっぱ香和には言えないな。
仕方ない。胸に留めるだけにしとくか。
この考えは目の前に居る、高知の考えだしな。
香和に関することはここまでかな……ん? そういえば高知って、なんであのことを知ってんだ?
「なあ高知?」
「んー? というか、また似たような質問の仕方だな」
「すげー今更なことを聴いてもいいか?」
「なんかあったっけな」
「お前、なんで瑠璃垣のフルネーム知ってんの?」
俺は瑠璃垣のことを苗字でしか呼称しなかった。なのに高知はナチュラルにも、瑠璃垣のフルネームを流れで言い放っていた。
少なくともこのときの会話だけで、瑠璃垣 蒼乃と呼べるヒントはどこにもなかったはずだ。
つまり高知は瑠璃垣のことを事前に知っていたか、軽くでも調べていたという説が濃厚となる。
あと偶然かも知らんが、あの俺や香和の下の名前を入れた揶揄いに、瑠璃垣の下の名前も含まれているしな。
「………………同じ、一年だから?」
「明らかに変な間があったな? お前らもしかして知り合いか? まさか同じ中学とか小学とか?」
「いいや、そんなんじゃない」
「だったらどこで」
「……どこでって、言えるようなもんじゃねぇんだが、俺が遠巻きに瑠璃垣の顔を知っていたってだけだよ」
「顔を——」
「——っと、それはどうでもいいから、さて置いて四国」
「ちょ、急にさて置くなよ。気になるだろ」
「まあ待てって。俺が瑠璃垣の顔と名前を知ってたことよりも……四国が香和 朱音、瑠璃垣 蒼乃。この二人と関わったのなら……もう一人、逢ってないヤツがいないか?」
「もう一人……だと?」
既視感が襲った。いや襲ったなんて言ったら大袈裟だが、フラッシュバックはして来た。それは瑠璃垣がどうでもいいヤツと言い放ち、香和が瑠璃垣とそいつが仲良くて割って入りにくいと言ってた……ような。ちょっと記憶は曖昧だが、生徒会長に呼ばれたメンバーの中にも、そう示唆されているヤツが居たはずだ。
「ここで一つ、予言しといてやろう」
「なんだ藪から棒に。お前も香和に触発されたか? いきなり予言者になろうだなんてよ」
「いや違うって。俺のはそうなる確率が高いってのを、それっぽく言うだけだ」
「……まあいい。なんだよ、その予言ってのは?」
「そのもう一人も、四国と関与するだろうな。主の名前は………………いや辞めとくか」
「おいおい。それじゃあ予言じゃなくて、ただ意味深なだけじゃねぇか。あと余計な接続詞ある気がするが……まあいい。高知、お前の頭はマヤマヤだ」
「マヤだけにか……んなことよりも四国、俺分かったわ」
「な、何を?」
これフラグっぽいなー。
もちろん分からないフラグだ。
「俺は予言者と審査員には向かない」
「おおー! よく分かってんじゃねぇか高知っ、えらいぞ」
「ははっ。よせよせ、褒められても何もでないぞ」
「ああそうかそうか……………さあ、絞り出せっ」
「おーい無茶振りが過ぎる……。んじゃあ、そうだな、俺が瑠璃垣のことを知っている理由でいいか?」
「そうだよ、それが聴きたかったんだ、それが」
「おう、絞り出してやったわ……まあほんとに大したことじゃないんだよ。瑠璃垣な……俺ん家の隣に住んでんだよ」
「………………え、マジ?」
隣って、あの隣? それしかないよな?
つまりは、ご近所さんってことか?
「マジ」
「え、でも、同じ学校じゃないって」
「それは本当。あー詳しく説明するとめんどくさいんだが、瑠璃垣家が隣に移り住んだのが俺が中二のとき。そんで向こうは学区外の中学を選んで通ってた。だから接点は少ないが、お互いの名前と顔を知ってるくらいではある……特に親同士はちょくちょく話してるらしいしなー。あと、ちょっとした噂とか……」
「へー……お前らにそんな稀有な接点が……」
「っと、くだらない話しちまったな。さっさと教室行こうぜ」
「あ、ああ」
「……衝撃の事実、だったか?」
「いや……でも、いきなり背後から突撃されたくらいの、驚きはあった」
「くはははははっ、だろー?」
「……マジか」
「ああ、マジだ」
いや、そんな偶然あるもんなんだな。高知と瑠璃垣の間の繋がりがどれくらいか、俺が知る由もないが、少なくとも俺が思ったよりも近しい存在ではあった。マジビックリだわ。
なんかジャージ姿でグラウンドから教室に戻るだけなのに、香和のことと瑠璃垣のこと、そしてもう一人についても、高知のことについても知れたようで、まだまだ全然知らなかったんだなって思わされた。
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