第14話 茜色の放課後作戦会議

 あの保健室での一件以来。作戦会議の名目で香和、瑠璃垣、そして俺で集まる機会が出来た。主な時間と場所は誰もいなくなってからの放課後、俺と香和が居るクラスの教室。


 ちなみに俺と香和は1年のCクラスで、瑠璃垣がAクラスらしい。そりゃあなかなか接点は生まれにくいわと苦笑する。

 その理由はクラスが別なことはもちろん、1年クラスのAとBで区切り、あとC以降で別の棟とフロアにクラスルームが割り振られているからだ。これはいわゆる学科の違いとか、試験時の偏差値で極端に振り分けられたとかではなく、純粋に教室配置のバランスだったはずだ。最低限の他クラスとの交友を残しつつ、休み時間のトイレや合同授業とかで人がごった返すのを防ぐとか、授業を行う教師のルートの簡略化とか、学校側の都合が反映されたんじゃないだろうか。知らんけどとにかく、大袈裟な理由ではないってことだな。


「これらを踏まえ、ボクは魔法陣を最大限に利用した未確認生命体捕獲作戦も一緒に実行したいと思ってますっ!」

「……だからそれ、魔女の守備範囲外な気がするんだが?」


 とまあ。俺が当たり障りもない過去を退屈凌ぎに振り返っていると、黒板に色とりどりのチョークを使い、魔法陣とやらの所在地を簡単に記つつ夢を語る香和が、最後に黒板をぜひ見てくれと片手を広げて宣伝しながらそう締める。


 いや魔法陣の在処を書き記した図式そのものは、絵柄の描きにくいチョークなんかで書いた割には、ざっくりとしていたとはいえ、俺でも大まかな場所が想像の容易いモノとはなってはいた。


 標高的にも明かり的にも、夜の山にしてはそんなに危険が伴わないところにあるんだと、素直に感心させられたくらいだ。こういうスリリングそうで、実際はそうでもないローリスクの夜遊びもたまには悪くないなと思うくらいには。もしかしたら香和の説明は、へっぽこな教師よりも数段上手いものかもしれない。


 だけどだ。香和の言ったそれは、ただ魔法陣らしき何かを観測するだけに飽き足らず、その魔法陣の派生で現れるかもしれないオカルティズムなありとあらゆる未確認発見のため、写真撮影や動画撮影なんぞは既定路線で、加えてもしものために周囲にトラップを仕掛けるとまで宣言しやがった。説明が分かりやすいだけ、思考回路の異端さが壮絶に伝わって来るわ。


「ふっふっふっ。君もまだまだ甘いねー」

「なん……だと……?」

「これがもし地球外生命体、異世界召喚されたモンスター、だったとしよう」

「だったとするなよ」

「こんなの、普通の人に対処なんか出来るはずがない。だからその前に魔女であるボクが捕まえて、手懐けておかなければならない……そうだと思わない?」

「思わない。ちっとも思わない」

「なぁ〜!?」

「はあ……まあ仮に? そういった輩が居たとしようや?」

「うん」

「そいつをキャラクター性ブレッブレの自称魔女よりも、どこぞのネットミーム専門家やら、いつもは信用ならんインチキ霊媒師にでも頼んだ方がマシだ」

「そんな悠長な……どうするの?」

「ん? なにがだ?」

「そうしている間にボクのマナに怯まない子に、パクって食べられちゃうかもよ?」

「なんだその食わず嫌いする子どもに食べなさいと脅す親みたいな物語は。あとお前にマナはなさそうだぞ」

「あるもんっ」

「ああそうかい。俺はあろうがなかろうがどっちでもいいんだ。香和が言う通り俺が得体の知れんヤツに食べられたとしたら、きっと他にも何人か食われているだろうし、おそらく悪目立ちはしないからな」

「そんなの理不尽だっ!」

「そうだ理不尽だ。でも人生、理不尽なことの連続なんだよ。受験日に限って体調を崩したり、急な事故に遭ったり……意味分からん理由で転んで意識を失うことだってある。心霊的現象に遭遇しても、それらと一緒だって思えば、案外すんなり受け入れられるんじゃねぇの?」

「んー……君が超常的な存在が怖いのは分かったよ。でもね。そういう未知の存在ってさ、すんなり受け入れられるかどうか、分からないから、ボクは逢いたいし捕まえたい……それにほら。日々日常が、当たり前だと思ってた常識が、このエンカウント一つで一変しちゃうなんて、ドラマチックじゃない? だから、居たらいいなってボクは思うわけだよ」


 後ろ手にして、澄んだ笑みで香和が世界の好みを語る。

 正直言ってることはメチャクチャというか、子どもっぽい理屈でしかないが……成長すればするほど忘れる夢に満ちているなと思った。


「………………そうかよ。まあ理不尽であれどうであれ、香和が逢いたいならそれでいいわ。俺は全くそんなの信じてないってスタンスの違いだ違い」

「にゃははは、うんっ!」

「あっ、ちょっと待て。俺が怖がってるみたいなのは訂正してくれ。そこはどうでもよくないわ、俺の沽券が暴落する」

「え〜でも、怖いんでしょ? ボクが最初に誘ったときも断ってたし」

「違うわっ。あれはただめんどくせーって思っただけだっての——」

「——あのー、私を置き去りにしないでくれる?」


 そこでようやく、ずっと適当な席に座りっぱなしだった瑠璃垣が席を立ちながら意見する。そういや本来は、こいつと香和との交友が目的だったな。ツッコミからの流れだったとはいえ喋り過ぎちまった。反省。


「あ〜違うよ違うっ。仲間はずれにしたとか、そんなつもりはないんだよ蒼乃ちゃんっ」

「いやそれは分かるんだけど……普段の二人ってそんな感じなんだなーって感じただけ」

「およ?」

「香和ちゃんと、シコシンのこと」

「瑠璃垣に言っておくとな……いつもはこんなじゃねぇよ。もっとくだらねぇ話を香和がちょこちょこ持って来て、俺が軽くあしらってる」

「くだらない……そうかっ、もっとパンチの効いたビックリ仰天エキゾチックエピソードを——」

「——しなくていい。俺はどっちかっていえばその辺の、他愛のない方が好みだからな」

「そうなんだね……って!」

「どうした? 香和?」

「危うくスルーするところだったよ、蒼乃ちゃんっ!」

「ええ、ここで私?」


 香和が瑠璃垣に詰め寄る。なんかその真っ黒なロングローブのせいで、カルト宗教が通行人に入信を迫っているみたいな怪しげ構図だが、こっちこそスルーしよう。きっとまたしょうもない質問だろうからな。


「シコシンって、なにっ!?」

「え? ああそうか、香和ちゃんは知らないよね。それは——」

「——あ、待って待って予想してみる………………はいはいー分かったよっ!」


 ああ、この感覚……アレだよな。

 自身の見当外れを微塵も分かってないヤツだわ。


「それはズバリ、お相撲さんにまつわるネットミームだね?」

「ほら分かってねぇな」

「分かってるもん。どんな風なのかも、ワンフレーズで表現して見せるよっ」

「期待はしないが、一応訊くか………………どんな?」

「燃え滾るマゲ」

「普通に大惨事じゃねぇか。ネットニュースになるわっ」


 おそらくシコをしこふみに変換して、相撲取りが出てきたんだろうな。つかどんなとか、煽る必要なかったわ。おかげで香和から今日一番の珍回答が飛び出ちまった……なんだよ燃え滾るマゲって、その危険性よりも面白映像で話題になりそうだな。


「ありゃ? 違うの?」

「違うに決まってるだろ、なんで合ってると思うんだ」

「えーじゃあじゃあ、なんのこと?」

「ああ、それは——」

「——はっ!? 二人だけの秘密の暗号……ズルい」

「また余計な邪推を始めやがって……そうじゃねぇよ。俺のあだ名、だよな瑠璃垣」

「……っ」

「えっ、瑠璃垣?」

「………………そだっけ?」


 急に手の平を返された、だと?

 なんかすげー裏切りにあった気分だ……いやほんと、これこそくだらねぇーことなんだけどな。


「ちょ、お前までややこしいことするなっ。造語は責任を持って扱いやがれよ」

「冗談だって」

「お前は冗談のつもりでも、香和はすぐ本気にするんだからな」

「ふふ。心配性ね、シコシン」

「ああ。瑠璃垣のせいで心細くなったわ」

「……そんなに私を、心配してくれてたの?」

「いいや。他人への信用がすり減ったんだよ、お前のせいで」

「あー。どんまいどんまい」

「今のお前に言われたくないわ、それ」


 そんな遠回しなやり取りののち、瑠璃垣は香和にちゃんとシコシンと言う呼び名の理由を話す。すると香和はほぇ〜……って感じで、なんか良いのか悪いのかはっきりしない反応だった。それ、一番モヤモヤするヤツなんだよな……とか思いつつ、この日の作戦会議は終了となる。俺の中で訳の分からんモヤモヤ残りだけを、未回収のままに……いや、回収する気もさらさらないんだがな。

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