第13話 保健室のお誘い(後編)
いやほんと、こんなドンピシャなことあんのな。
つかなんで香和が保健室に来たんだ?
確か瑠璃垣は香和に保健室登校してる日があるとは、一度も言ってなかったんだよな? 謎の勘でも冴え渡っていたのか?
「あれ? なんで君が……」
「いやこれは……」
「ああ蒼乃ちゃんっ! 居た居たっ、大丈夫っ!?」
「ええ!?」
香和は一瞬俺が居ることに疑問符を浮かべながらも、すぐさま視界にお目当ての瑠璃垣が居ると分かるや否や、すかさず早歩きで距離を詰めて顔色を窺う。
いやでもこの顔色を窺っているってのは、相手の気持ちを汲み取ろうとしているというよりは、瑠璃垣の体調を心配して見回してると表現した方が適当だろうか……まあ香和の杞憂でしかないんだがな。
「……あれ? 蒼乃ちゃん、元気っぽい?」
「え、ええ……」
「でもでもだって。保健室で休んでるって先生が……」
「それはまあ……授業に出てなかったから?」
「授業に出られないほどだったなんて!? 大変だったね」
「大変……えっとその、実は私の精神力が授業に出ることを拒んだのよ」
「そんなメンタルがっ……何があったの……」
「案ずるな香和。瑠璃垣のはただの仮病だ」
瑠璃垣の言い逃れが拡大しそうなところで横入る。
ほとんど嘘ではないにせよ、このまま続けば自称魔女がメンタルケアのマジックを試みかねない。
んなことになれば話が長くなっちまいそうだ。
あと、どちらも本来の目的を見失いそうだしな。
「……何言ってるの?」
「え? 香和それ、俺に言ってるのか?」
「うん。仮病は隠れた病気かもしれないんだよ。だって、授業に向かいたくない理由が必ずあるんだもん」
「え、ああ……まあそうだな。そうかもしれん」
香和の言ってることは一理あるなと、つい納得してしまう。
怠いとか、めんどくさいとか、そんな理由をまとめて仮病扱いにするだけで、そう思うなんらかの拒絶要素がある。
例えば
だからきっとサボり魔は、仮病という原因が不確かな病の患者なんだろう。
かく言う俺も、そんなに迷わず屋上でだらけてサボったばかりで、そのきらいがあるからな。分からないでもない。
「これは……私ただサボってただけなのに、なんかめんどくさいことになりそう……あっそういえば、香和さんには私のこと言ってなかったね」
「な、なにを?」
しかし瑠璃垣の場合はおそらく原因を理解しているというか、自覚した上で気ままにサボっているタイプだ。
言い換えるならそう、無理をせずマイペースってところだろう。
「私ね、授業が嫌いなんだよね。そもそもが人がいっぱい居るところが苦手で、ずっと座ってるとお腹が圧迫されて気持ち悪くなって、別に仲の良い人もいないし……ストレスを溜め込む空間でしかない。だからちょこちょここうして保健室とか、図書室とか? で、のんびりしてるってわけ。だから香和さんが何を聞いたかは知らないけど、これ珍しいことじゃないから安心して。ストレスフリーになろうとしてるのよ」
心配で顔を近付けていた香和を優しく剥がしながら、瑠璃垣はその心配には及ばないと微笑んで魅せる。
この顔は心配してくれてありがとうなのか、その優しさに胸が痛くなったのか、はたまた別のなんなのかは俺には分からんが、香和にとってポジティブに受け取れる要素にはなったんじゃないかな。
「……そっかそっか。うん、無理は良くないもんね」
「ええ」
「うん……蒼乃ちゃんが自分のためにそうしてるなら、良いんだよ」
「自分のためか、確かにそうかもね。あっ、それより……香和さんはなんでここに?」
ああそれ、俺も気になったわ。
こいつどうやって保健室に行き着いたんだ?
あとそういえば、瑠璃垣は香和のこと香和さんって言うんだな。どことなく古風なあだ名っぽいが、この感じはただ敬称をくっつけただけみたいだな。
俺と話すときというか、三人称のときはフルネームで長ったらしく違和感があったから、そっちよりはマシだが、香和が距離を感じるのも少し分かるな。
「ボク? ボクはね、蒼乃ちゃんを探して彷徨ってたんだよ。もう大冒険っ!」
「冒険? えっ私、行方不明になってたっけ? 他にも探しに来たのがいるし」
他って俺のことだよな。おいおい雑な扱いじゃねぇかと、さっきまでならツッコミを入れてたところだが、香和の大冒険の腰を折るわけにもいかねぇから黙る………………いや香和の大冒険ってなんだよ。都会を巡りそうな大昔の児童文学か、有名RPGをベースにしたマンガみたいなタイトルだな。
「まず蒼乃ちゃんのクラスと、屋上と、生徒会室と別室に行っていなくて、あれ〜って思いながら、空き教室とかも巡ってみた後に職員室に着いたの。そこで保健の先生とバッタリ逢って、『瑠璃垣さんなら、保健室のベッドで休んでるわ』って聴いて、ここに駆け込んだんだっ! 以上大冒険、完」
「……想像より幾らか簡素だったな、大冒険」
「え〜。あーでもでも、放課後の学校巡るのって楽しいよ。何かあるかもってドキドキもあるんだ〜」
「そうだな。野生の魔法使い擬きがふらりと発生してるんだ、そりゃあ胸がドキっとするわな」
「ほぅなるほど。ボク以外の魔法使いが出没してるかもしれないんだね。えー誰だろ、まさか卒業生のマナの残滓かも!?」
「いや皮肉だったんだが……お前がそう捉えるなら、それでいいや」
思った反応じゃないが、まあいい。
その野生の魔法使い擬きっての、お前のことだからなとか、卒業生のマナが残るのはもはや呪いや怨念の類だろとか、横槍を入れるまでもなく、この通り自称魔女はご機嫌だ。ならもう、それでいいだろ。
「っと、それも楽しみだけど一旦置いておいて。蒼乃ちゃん、見〜つけたっ!」
「ああ、うん。私のことを探していたのよね?」
「そうだよ〜」
「私に何か用事だったのかな? ああもしかして、私たちを集める日が決まったとか?」
「ううん違うよ。ボクの個人的なお誘いをしたくてね、えへへへ」
「お誘い?」
すると瑠璃垣が密かにどういうこと? と言いたげな視線を俺に送り付ける。そうだよな。瑠璃垣としてはそうなるよな。もっと仲良くなりたいって言ってたヤツから、逆に誘われてるわけだからな。
まあんな不思議そうな目配せをされても、俺に答えられることなんかどうでもいい内容だろう。結局のところ、これは香和本人が瑠璃垣と仲良くなりたいと起こした行動だし。だけどそうだな……もし言うとするなら、あんま動揺すんなよってことくらいか? もちろん言わないが。
「ぜひボクと一緒に、魔法陣を見に行きませんか?」
「一緒……って、んん? 魔法陣?」
「そうっ! 実は学校の裏にある山の中に行ったことがあってね? そこで発見したの」
「え? まさか独りで?」
「うんん、会長さんが居たよ。元々は山と、その向こうの河川の美化清掃が目的だったんだ」
「ああ、なるほどね」
「そしたら少しハイキングコースから外れたところに出ちゃって。でもでも代わりにっ、かなり切り開けたそこにこ〜〜〜んなに大きな陣形が描かれてあったんだよっ!」
香和が両手を大きく広げ、その陣形の物々しさを語る。
いやいや流石にそんな大きくはねぇだろと、期待はしないでおく。
つか俺としては清掃活動に勤しむ方がビックリだったんだが、ここで口を挟むのは変わらず野暮ってもんだろう。
「その日は清掃活動もあってちゃんと調べられなかったんだけど、本当に魔法陣ならボクの悲願に近付くしっ、召喚儀式やミステリーサークル的なモノでも大歓迎っ。あっ! もしかしたら地球外生命体を捕縛出来るかもっ! 激写出来るかもっ! いやあ〜楽しみっ!」
「へぇー、かなりオカルティックなのね」
「そうなんだよっ! でもちゃんと陣形はあるからそうじゃないかもなんだよっ! 世紀の大発見かもしれないんだよ〜……そんな聖域かもしれない場所に行きませんか、蒼乃ちゃん!」
「私は——」
そう言って瑠璃垣は一瞬だけ口を噤む。
だがきっと、返答は決まってるんだろう。
なんせオカルト染み過ぎた内容ではあるが、ほぼほぼ瑠璃垣の望み通りの展開だからな。
となると、なぜ少し黙ったのかは大体察しが付く。
どうせ誘ってくれた香和に対して伝えるべき……もしくは伝えたい、最高の肯定の言葉を選んでいたに違いない。
「うん、行こうっ。香和さ……香和ちゃん」
「うわぁいやった〜、蒼乃ちゃ〜んっ!」
そのまま香和が瑠璃垣の手を握り、これでもかと上下に振って喜びを露わにする。対する瑠璃垣も戸惑ってこそいるものの、満更でもなさそうだ。これで二人のすれ違いもひとまずは決着が付いた……って思っていいのかな。
まあそもそもが、瑠璃垣が香和に遠慮しがちだったり空回ったりしただけで、香和は瑠璃垣が他のヤツと仲良くしているからと引き下がってただけだ。香和のは多分、俺と高知が喋っているときには絶対に割って入ったりしないのとおんなじだろうな。こいつはなんか、自分本位な性格を彷彿とさせる衣服とは裏腹に、空気を読もうとしてる節がある。
そんなアンバランスさが、香和が遠ざけられる原因の一つだと俺は思う。その格好で空気読もうとしなくてもいいのにな。だってお前は……ほら、教室の片隅でポツンと居座るより、こうして笑顔を振り撒いている方が鮮烈なんだから。
「あっ、そうだそうだ。それいつとか決まってたりする?」
「うんんまだ。でもやっぱり夜がいいかなって思ってる」
「んー夜か……」
「ダメ? その、深夜ではないけど……晩ご飯くらいの時間かな」
「いや大丈夫だよ。やっぱオカルティックなら夜の方が雰囲気でそうだしね。親にも友達の女の子と逢って寄り道したことにすれば通るでしょ。嘘にはならないし」
「友達……うんうんっ——」
今日イチ嬉しそうな声を発する香和。
自然体を装った瑠璃垣からも、近しい空気が拡散する。
完全に他人事でしかない俺からしても、見ていて微笑ましいやり取りだなと思う。つか邪魔な存在ですらあるか。
「——じゃあこれでメンバーは、ボクと蒼乃ちゃんと……そして君だっ!」
「ん?」
「この三人で決定っ! んーとりあえずは、今週末くらいで! みんなよろしくねっ! にゃはははっ!」
「「……………………ええ??」」
香和が自分と瑠璃垣と、俺を順々に指差して言う。
そして間を置いて、困惑の『ええ??』が瑠璃垣と被る。
瑠璃垣としたら、香和と二人じゃないのか的なニュアンスだろう。いや俺もそう思ったわ。
俺の方は一度断っているから、当然数には入らないものだと思っていたからこその喫驚だ。なんというサプライズ選出。特に嬉しいとかはない。誠に遺憾だぜ。
それからというもの、香和はすぐさま瑠璃垣の学習の跡に目を付け、流れで保健室勉強会が始まる。俺はというと、その魔法陣ツアーのメンバー参加の断りを入れられず、タイミングを見計らって保健室を後にして家に帰った。
なんだかな。香和と二人だと断りやすいんだが、乗り気の瑠璃垣が居るとその場で俺は違うぞって言えなかった。水を差す気がしちまったんだろうな。これが数の暴力の恐ろしさってヤツか? だとしたらなるほど、どうにも圧力が違うわけだ。
とまあ。ここまで探しに来たことを含めて、俺も色々と焼きが回っちまったのかもな。なし崩しだが、もうしゃーねぇか。こうなったら香和が言う魔法陣とやらを期待せずに待つとしよう。
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