第12話 保健室のお誘い(中編)

 全く、回りくどい言い方しやがって。

 しかもこれ、疑問形だからな。

 結局どっちつかずな伝え方なんだよな。

 ……でも、そういう気兼ねがちょっとばかりでもあるのは、悪い気はしねぇけどよ。


「俺の苗字に掛けてんのな」

「やっと気が付いた……どう、粋じゃない?」

「いやくだらねぇよ。オヤジギャグと同レベルだわ」

「布団が吹っ飛んだとか?」

「本当に比べてどうする……あとそれオヤジギャグに入るのか? そのオヤジ、めちゃくちゃシュールな想像しかできんぞ」


 縁側で飛び行く布団をただ眺めるオヤジ……。

 どんなに美化しても、絵面が微妙なのにしかならん。


「って! そんなことどうでもいいのよっ」

「お前が始めたり話を掘り下げたりしたんだろ。俺もヒント貰った前後から、どうでもいいなーって思ってたわ」

「時間返せ、この時間泥棒っ」

「こっちのセリフだっての」


 はあ……こんなときに時間を巻き戻せる魔法でもありゃあな。

 それなら香和に頼んで……あいつにゃあ無理か。そもそもここに居ないしな。


「もう……それで話結構戻るけど、香和 朱音はどこに居るのよ? なんでシコシンが先に私に逢いに来てんの?」

「……香和はお前のことを探してる……ってのはさっき言ったな。んで俺は、あいつの候補になさそうな場所を軽く見て回ってた。そしたら保健室でたまたま見つけただけだ」

「えっ、それで保健室に来る?」

「だってお前、前に逢ったときに、保健室にも登校するって言ってたじゃねぇか」

「ああ……思い出した、そういうことか。確かに香和 朱音には、私がたまに保健室登校してること、言ってないかも」

「マジ?」

「まじまじ。下手したらここに来ないかもね」

「……手間が増えた」

「ちょっと、なんの手間なのよ」

「あとで香和を探す手間だよっ。お前……瑠璃垣とちゃっちゃと合わせた方が良さげだからな」


 つーか。なんで第三者の俺が、当事者双方を探しに行ってるんだよ。ちくしょう、こんなにもあっさりと瑠璃垣を見つけちまったがばかりに……。

 でもまあ香和の方はすぐにクラスに戻って、待ちぼうけたら逢えるだろう。確か教室にバッグを置いて探しに出掛けて行ったはずだからな。既に帰路に就いてたりじゃなきゃ、拍子抜けするくらいすげー楽な捜索活動になるはずだわ。


「……献身的じゃない?」

「献身? 誰が?」

「シコシン」

「はぁ? どこが?」

「私を探して、香和 朱音まで探しに行こうとしてること」

「それがどうかしたか?」

「いや……すごい労力使うじゃんって思って。だってこれ、私と香和 朱音のことであって、シコシン全然関係ないのに……」

「……いやまあ、ついでだっただけだ」

「ほおほおーついでねぇ。でもな……ということは……ああっ! もしかしてそういうことっ!?」

「……勝手に納得されても、何のことだかさっぱり分からないで困るんだが?」

「つまりつまり、シコシンは香和 朱音のこと——」

「——げっ……」


 この後に続くことはなんとなく分かる。分かっちまうのがインドア陰キャラの性。

 どうせ俺が香和のことが好きとか、脳内お花畑みたいなことを言うつもりなんだろ?

 まあもちろん、香和を嫌いってことはない。

 そのたった二択ならば、好ましい部類の方を選ぶ。

 でもあれだ。何でもかんでも恋愛的に結び付けられると……めんどくせーなって思う。


 つか瑠璃垣も、人並みに恋愛関係とか気にすんのな。

 意外と言っちゃあ意外だが、年頃を考えればそういうもんなんかな——


「——魔法使いの師匠と、仰いでるんでしょっ!」

「………………は?」

「絶対そうでしょ。そうに違いない。そうだとしたら私の中にある、香和 朱音とのありとあらゆるピースが繋がっていくんだっ」

「……何言ってんのかさっぱりだが、そのピースが欠陥だらけっつーのは理解した」


 訂正。瑠璃垣のことは……いや瑠璃垣のことも分からんかったわ。年頃って楽な表現だが、同時に思考停止にもなるんだな。

 そもそも、どうやったらそんな思考に至るんだよ。世の中の高校生で、同級生を魔法使いの師匠に据えるヤツが、一体どこにいるんだ……いやいやいねぇよ。

 あとまあ仮にな? 俺が魔法使いになりたいと思ったとするわ……間違っても香和に師事を仰いだりはしねぇよ。

 ほらあいつ、真っ黒のロングローブのせいで霞んでいるけど、根はかなり明るめなヤツだ。香和の弟子なんかになると、その陽要素に耐えられる気がしねぇ。どうせならもっと、魔法使いなら、どこか孤高な存在であって欲しいもんだ……もちろん、居たらの話だがな。


「あれ真顔……もしかして違った?」

「もしかしなくても違う」

「……本当に?」

「本当じゃなかったら、俺も今頃漆黒の外套でも着てるじゃねぇの?」

「そう言われてみれば。だって香和 朱音、あのローブ十着以上あるって言ってたし、プレゼントくらいしそう……」

「そんな所持してんのかよ。ここに来て新事実だな」

「あー、シコシンは三着くらいと思ってたんだね」

「いや着数なんか知らん。つかローブの数なんか、香和に直接訊かねぇと分からんだろ。どうやら、おんなじデザインみたいだしな」

「え? もしかして日替わりで違うローブなの気付かなかった? あんな柔軟剤の良い匂いしてるのに?」

「匂いなんか知るか。俺が香和の匂い把握してたら気持ち悪いだろうが」

「嘘……あんなに近くに居て、相手の匂い気にならないの? 不潔?」

「確かに誰がの香りに無頓着なのは認めるが、それで不潔扱いは心外だっ」

「心外ね……ということは。ああっ、分かったっ!」

「……ぜってー分かってねぇーだろうが、言ってみろ」

「シコシン風邪でしょ? しかも鼻詰まり。それで保健室に来たんでしょ。ふふん、私分かっちゃったわ」

「ほら分かってなかった……別に風邪なんかひいちゃいねぇよ。そもそも調子悪くねぇって言ったはずだ。今だって保健室特有の、あんま好きじゃない薬液の匂いを感じ取れてるしな」

「……ほんと何しに来たの?」

「だから言っただろ。香和が瑠璃垣を探してたから、少し手伝っただけだっての。それ以上でも、それ以下でもない」


 とまあこんな返答をしたはいいものの、何しに来たってのは、実はド正論なんだよな。瑠璃垣と喋りたいわけでもなく、香和の手伝いをしてやる義理もない。


 ただ香和と仲良くしたい瑠璃垣。

 瑠璃垣に遠慮している香和。

 その事情を少しばかり第三者として知ってるだけ。

 だからそのまま黙って帰っちまっても、文句はなかったはずなんだよな。どーしちまったかな、俺は。


「そーいや今更だが、保健室の先生は?」

「いないよ。職員会議だって言ってたような気がする。ほら、秋は学校イベントが山積みだし」

「へー。お前はなんだ、サボりか」

「今日は違う」

「含みのある言い方だな」

「まあね。いつもならベッドに寝転がってるところなんだけど、今はここで勉強してる」


 そう言った瑠璃垣が座る手前のテーブルには、教科書とノートと筆記用具が占めている。つかそこ、保険の先生が診療するところなんじゃね? とか思いつつ、瑠璃垣の口ぶりからその先生と話はついてるみたいで、この指摘は野暮だなと改めて頷くだけにする。


「……その頷き、信じてないな?」

「何をだ」

「私が勉強してるってこと」

「信じるもクソもあるか。コクリコクリとうたた寝していても、お前がそう言うならそうなんだろ」

「な、なぜそれを……」

「窓越しから見えてたんだよ。つか、なんだその秘匿した情報を暴かれた悪徳富豪みたいな反応は」

「いや……他人の寝顔を窓から眺めるとか——」

「——ああ気持ち悪いなっ。先に言ってやる、気持ち悪りーわ。全くもってこれっぽっちも、瑠璃垣に微塵の興味もなかったが気持ち悪いな」

「まだ私、何も言ってなかったんだけど?」

「反応の悪さで察したわ。だから秘匿する前に俺自ら暴露してやったわ。悪徳富豪も高笑いだわ」


 くっそ。余計なこと言っちまった。

 特段言うことでもなかっただろ。バカかアホか、俺は。

 あとなし崩しで瑠璃垣との話が長くなっちまってる。

 さっさと香和と引き合わせたいところなんだがな。


「……シコシン、もしかしてバカなの?」

「ちょっと空回っただけだ」

「死ぬの?」

「このタイミングで死んでたまるか。屈辱で死んでも死に切れんわ」

「ふーん? まあそんなことどうでもいいや。じゃあシコシンにはついでに、私の勉強でも手伝って貰おっと」

「……俺の命はお前の勉強以下か?」

「そういうわけじゃない。でも勉強っていうのは、独りでやると視野が狭くなって非効率になりがちだから、バカなシコシンでも力になると……いや、やっぱり無し」

「無し? おいおい、手伝う気なんかなかったが、それはあんまりじゃないか? 一応現役の高校生だぞ?」

「うん。だってこれ、シコシンが苦手な地理の問題だから」

「さっきの遠回しな問い掛け一つで勝手に苦手扱いするなっ! 寧ろ、俺の名前的に地理は多少有利に働く科目だろうが。なんなら同じクラスのヤツに四県の名称と場所を間違えにくくするバフを掛けてるまであるぞ」

「バフって……やっぱりシコシンは魔法使いに——」

「——なりたくねぇし憧れてもねぇよ。ああくそめんどくさいなっ……たく、こんなこと訊かれるのは香和のせい——」

「——蒼乃ちゃんっ! お見舞いに来たっ!」


 そう俺が香和のせいだと嘆いたのとほぼ同時に、背後のスライドドアがドンッガタンと鳴りながら、最近じゃ割と聴き慣れた声が響く。

 まさかちょうど噂をしたところで現れるものなのかと、俺はおもむろに振り返ると、そこにはいつもの通り真っ黒なロングローブを羽織った自称魔女……香和が不思議そうに、スライドドアに寄り掛かりながらも立ち尽くしていた。

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