第11話 保険室のお誘い(前編)

 放課後。スタタタタタタと魔女は早歩く。

 ロングローブをハタリと靡かせ、背筋を伸ばしてグイグイっと進む。バッグを持っていないと、ローブって余計に映えるもんだな。

 そんな後ろ姿を眺めたのち、俺は香和と反対方向に歩いて行く。

 お互いそうする理由はハッキリとしていて、香和の方は瑠璃垣を探しに向かったからだ。例の魔法陣……ツアーに誘いに、瑠璃垣のクラスに行った。そういや俺は瑠璃垣のクラス知らねぇけど、香和は知ってるみたいだな。あとツアーは勝手に俺が付け足した要素だが、似たり寄ったりなもんだろう。企図してんのは間違いなく香和だからな。


「帰りますか……」


 そして俺は………………うん、家に帰る。

 香和は用事で、高知もとっくに帰っちまった。

 こうなると授業のない学校に居続ける必要も無い。

 他に親しいヤツも居ないしな。

 まさに灰色の学生生活真っ只中って気がする。思ってて悲しい話だが、現実なんぞ世知辛いもんよ。


「俺も香和に付き添っても良いんだが、参加しないヤツが居てもしゃーねぇし。香和が誘いに行ったなら、瑠璃垣に俺のことが伝わる……これが一番効率が良い」


 なんて言い聞かせてみる。

 ただわざわざ口にまでしたのは、懸念することがあったから。

 あの瑠璃垣こと……屋上サボり魔のことだ。

 

 授業を受けるなんか嫌と言いやがったヤツだ……素直にクラスに居るのか甚だ疑問ではある。

 まあだからといって、今から屋上に行く気なんざさらさらない。立ち入り禁止かつ最上階まで上っても、無駄足になっちまうかもしれんのに、実行に移す気力なんかあるわけない。どう考えても徒労にしかならない。


 けど……もし最小限の余力で香和に協力するとしたならば、俺は以前の瑠璃垣との会話で、一つたけ心当たりがある。ぶっちゃけ行っても行かなくても、俺にはほぼメリットは無い寄り道みたいなもんだが、あんま手間にはならないんだよな。


「はあ……覗き見るくらいはするか」


 香和の経路はおそらく瑠璃垣のクラス、居なければ生徒会室、屋上とかになるはずだ。そこにも入らない場所で一箇所。俺は大抵の学校でも一階に構えていることの多い一室……保健室へと足を運ぶ。


 確か冗談めいてはいたが、たまに保健室に登校しているとかなんとか言っていた。冗談でもそんなこと、うそぶいてまで言う必要はないだろうし、ここは本当のことを言ったのではないかと思ったわけだ。まあ違ったら違ったで諦めが付くし、労力の無駄もそんなに感じないだろうしな。


 んなアレコレを頭に巡らせながら、俺は保健室のドア窓からひょっこりと内部を覗き込む。仮に瑠璃垣が居たとしても、ベッドがカーテンによって遮断されていたり、そもそも死角になっていたらお手上げなわけだが……杞憂に終わる。

 それは瑠璃垣の姿が映らなかった、とかじゃなく、寧ろ逆。

 俺が覗いてすぐ手前の丸椅子に座り、現在進行形でコクリコクリとウトウトしてるの瑠璃垣本人の姿があったからだ。


 これは、運が良いんだか悪いんだが。

 なんにせよ、目的の相手が居るんだ。

 踏み込まねぇと、それこそ無駄足になる。


「失礼しまーす」

「うひゃあっ!?」


 保健室のスライド式のドアを躊躇無く開ける。それは俺の想定を上回るくらいにあまりにも滑らかな横移動で、ドンッガタンッと、保健室には御法度の衝撃音を誤って鳴らしちまったが、寝ぼけてるヤツを目覚めさせるにはちょうど良かったみたいだ……次があったら気を付けよう。うん。

 そもそも瑠璃垣が居なければもちろん開けもしなかったが、今は瑠璃垣が居るっていう大義名分が出来たしな。

 それにしても、可愛らしい声だったな。

 ほんと、ギャップでビックリしたくらい。

 そういう一面を見せられると……んーなんか、微妙にやりにくいわ。


「おお……偶然だな」

「シコシン……」


 さっきまでウトウトと頷いていたのが嘘のように、瑠璃垣が真顔で見て来る。なんかその表情の緩急のせいで口角が緩んじまう……あとやめてくれよ、それ。


「……やっぱ、シコシンって調子狂うな。瑠璃垣が真顔で言えば言うほど、苦笑いが込み上げて来る」

「だが断る」

「だが、は一体どこから来たんだ……多分だがっ、使い方間違えてるだろ」

「何しに来たの? まさか後遺症?」

「スルーかよ。つかなんの……ってああ。お前、俺が入院してたの知ってたな。そのことか」

「そりゃあね」


 保健室に訪れて、真っ先に後遺症を疑われるなんぞ基本ないもんな。それはともかく、俺が入院した噂ってどれくらいの範囲にまで広がっちまってんだろうな? ほんとドジ踏んで運悪く頭を打っただけだから、あんま喧伝されたくないのはもちろん、根も歯もない尾鰭が付いていないか心配だ。いや心配っつーよりは、面倒が増えそうみたいなニュアンスだがな。俺も今ではこの通り、適当にブラつける余裕があるくらいには、すっかり全快してんだからよ。


「その件ならどうってことない。もう一ヶ月以上もすこぶる健康体で、学校生活もなに不自由なく送れてる。後遺症なんかどっこにもないさ」

「へぇーそれはよかったじゃない」

「ああ」

「じゃあどうして保健室……調子悪いとか?」

「いやすこぶる健康体って言ったばかりなんだが……お前を探してたんだよ、瑠璃垣」

「……ストーカー?」

「アホか。お前なんぞストーカーしても俺に益を齎さねぇだろ」


 誤解されんのも怠いぜ、ちくしょう。

 何が楽しくて俺が瑠璃垣にそんなことをしなきゃいけねぇんだよ。


「シコシンは、利益があると、ストーカーするの?」

「待て待て待てっ。すげぇ拡大解釈しやがったな……誰が対象でも、俺がそんなかったるいことしねぇよ」

「私でも?」

「あったりめーだ。そんだけでもデメリット被ってっから。特にっ、瑠璃垣なんかな」

「……あっそ。なら私になんの用事? ちゃっちゃと済ませて欲しいんだけど?」


 急に口調が強くなったな。

 まあ俺も挑発するようなこと言ってるし、こんなもんか。


「生意気な。なにカリカリしてんだよ……言いづれぇ」

「別に怒ったりはしてないって」

「それ怒ってるときにしか言わねぇセリフだぞ」

「うるさいっ。怒らないって言ってるでしょ」


 だから怒ってるじゃねぇか。

 うるさいって言われてるんだが?


「おいそれ……いやもう、どうでもいいや。端的に言うと、香和はお前のことを探してる。今頃はお前のクラスやら、生徒会室やら、屋上付近やらを巡ってんじゃねぇかな」

「私を?」

「ああ。俺から例の件……仕方なくだが本人に伝えたら、そう言い出した」

「え? 本当に言ったんだ」

「んだよ。言っちゃあ悪かったのかよ」

「……うんん。ただシコシン嫌そうだったのにって、絶対無視するだろうなって思ってたからさ」

「はっ……その嫌だったってのは事実だが、たまたま香和と話すついでならわけねぇよ。嫌っつーか、怠いっつー気持ちよりも、話題の一つである方が上回ったって感じ」


 そう言うと瑠璃垣は僅かに首を傾げる。

 ちょっと分かりにくい例えだったか。

 もう少し誰にでも浸透しやすい何かがありゃあ良いんだが。

 説明ってなんでこうも不足しがちになんだろうな?

 まあ俺としても、嫌とかめんどくさいとかどうでもいいとかあるわけで、きっと誰しも少なからず混在するもんだろうとも思う。


 ただそのネガティブな要素を加味しても余りある環境だと感じるときがある。今回の場合はたまたま瑠璃垣の頼みが、香和との雑談の種になっただけだな。


「うーん。まあシコシンのことはどうでもいいんだけど」

「なんだと? そりゃ俺のセリフだわ」

「え……私のこと、どうでもいいの?」

「なにを驚いてんだ。そらそうだろうよ。勘違いすんな」

「この人でなし」

「誰が人でなしだ……つか、先に言ったの瑠璃垣だからな? 盛大なブーメランかましてっからな?」

「……私はいいのよ」

「んな特例認められっかよっ」

「なによ。シコシンに認められる必要ないでしょ。私が良ければそれでいいのっ」

「……めんどくせー」


 くっそ、自分にだけ甘々だなこいつ。

 ろくな大人になりそうにないな、全くよぉ。

 俺もそのくらい自分本位になってみたいもんだわ。

 変な自制ばっか掛ける癖が、あっという間に治りそうだ。


「でもまあ……うん。私のために動いてくれたのには、本心の外にある離島くらいの場所で感謝しようかな?」

「それどこだよ。イマイチピンとこねぇところで感謝されても受け取りに困るわ」

「……もしかして、地理は苦手?」

「はぁ? なんで急に地理問題になったんだ?」

「もう。せっかく粋な伝え方したのにー」

「どこか粋なんだ。心の底からは感謝してねぇっていう暗喩じゃねえの?」

「はあ……ならヒント。本心イコール本州に例えたら、分かってくれるんじゃないのー……」

「ああヒント? ったく……まず本心を本州……んで離島……ああ、そういうことか」


 瑠璃垣の言う本州というのは、おそらく日本列島のことだ。

 そしてその日本列島には本州から切り離された国土がいくつかあって、北海道や九州もそれらに該当するが……俺の名前的にも、離島とは……四国のことだ。つまり瑠璃垣の言ったことを変換すると、『四国に感謝しようかな?』ってところだろう。

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