第10話 決心の朝とキツネとスタンプ(後編)

 香和と瑠璃垣の溝……って言うと違う気がするが、埋まり切らない原因は、ちょっと分かる気がしないでもない。でもこうすれば、ひとまず二人一緒になる口実は出来上がる。俺のやれることはやったんじゃねぇかな……あとは頑張ってくれと祈るしかねぇな。


 そう言っている間に気付けば、校門の前に着く。

 いつものきつねの着ぐるみも手を振っている。

 つか自転車の香和を歩かせてたのか俺……もっと早く配慮してやりゃあ良かった。話に夢中になり過ぎたな。


「あっ、わ〜いきっつねさんだ〜、いえ〜いっ!」

「ええ……」


 香和はその着ぐるみきつねと、ハイタッチを交わす。

 着ぐるみの方も咄嗟に反応して魅せた……こいつ、ただのバイトかもしれんが……対応はプロフェッショナルだな。

 いやまあ俺も一応手を挙げはするが……高校生がその、『わ〜いきっつねさんだ〜、いえ〜いっ!』つって、ハイタッチするのめっっっちゃ恥ずかしくねっ!? 嫌だわ、俺そのテンションで着ぐるみと接するほどの純情持ってねぇわっ。まさかいつもこんなじゃないよな? そうだよな? ああでもこいつ魔女を名乗るくらいのヤツだ、普段の行いのせいで否定し切れん。


 つか着ぐるみって、夢から醒めやすいんだよな。

 だってよ、中身知らないおっさんかもしらねぇんだぞ。

 いやおばさんかもしれないが……どっちもどっちだ。

 そんな雑念が心のどこかで付き纏うもんなんだよ。

 例えば頭が外れたりして、ファンタジーからリアルに引き戻されやすいはずなんだよ。あのゲンナリさったらねぇぞ。

 全く香和のあどけなさはどっから湧き出てんだ。

 別にそんなの今更いらねぇけど、気になりはする。


「じゃあボク、自転車置いてくるから……」

「お、おお」


 急なテンションの違いに、俺はちょっと戸惑う。

 いや今の方が、高校生としてまともなセリフのはずなのにな。


「ねぇ、やっぱり行かない?」

「学校には行ってるだろ」

「違うって。ボクが見つけた、魔法陣っ」

「ああ……だからいいって。俺は魔法にも禁忌にも、オカルトにも興味ないからな。居ると邪魔になるだけだ」

「蒼乃ちゃんも誘うのに?」

「尚更お断りだ」

「その言い方はひどいよ」

「違う……お前ら二人の、特に瑠璃垣は香和と仲良くなりたいって言ってんだ。俺は要らないだろ?」

「……そうなの?」

「そうなんだよ」

「……も〜強情だっ!」

「魔女を名乗り続けるお前ほどじゃねぇよ」

「むぅ〜」

「むくれても魔法は使えねぇ……って、なんか似たようなの前にも言った気がするな」

「……ほんとに?」

「ああ」

「ほんとうに本当?」

「しつこいな、本当だよ」


 香和のことも瑠璃垣のことも考慮すりゃ、俺は必要ない。

 だって、仲を深める絶好のチャンスじゃねぇか。

 余計な因子は排除してしかるべきだろ?

 きっと、これでいいんだ。


「……分かった。君がお化けが怖いってことで、納得するよ」

「ちょっと待て。それじゃあ俺が子どもっぽい理由で駄々捏ねて逃げたみたいなニュアンスになるだろ、やめろ」

「ボクたちまだ子どもだよ?」

「子どもだけど、子どもだと受け入れられん年頃なんだよ」

「ん〜? なんかまどろっこしいね」

「高校で魔女やってるヤツに言われたくないわ」

「それってボクを魔女だって認めて——」

「——ないっ……って、これも似たようなのやったな」


 はあ……やっと諦めてくれそうだな。

 もういっそお化けが苦手ってことでも良いんだが、なんか不名誉賜る感じあるんだよな。全く困る。

 得体の知れない存在なんか怖くて当たり前なのに、それを言葉にするとガキっぽいってなる。確かにその辺は香和の言う通りまどろっこしいかもしれん。


「もう、仕方ないな〜」

「そうだな、仕方ない」

「なら代わりに、君にはこれを進呈しよう」

「はぁ? 進呈ってなんだよ?」


 そう言いながら香和は、自転車のカゴに入れたバッグを弄り出す。

 なんだろうか? 魔法石と名の付いたツルツル石でも飛び出すのか、はたまた魔導書と名の付いたマンガか……いいやもっとおかしなのが来そう……さては意外と楽しんでいるな俺。


「はい、どうぞっ!」

「え……と、これは」

「魔法陣ツアーに来られない代わりに……って言っても、どの道渡すつもりだったんだけどね〜」

「ツアー? は、はあ……」


 香和がバッグから取り出し俺に手渡して来たそれは、手のひらサイズくらいの正方形の薄紙の表面だけがやたら健やかの絵柄で装飾された……どこか昔懐かしな、四つの区切りを設けたお楽しみカードだ。その名称も律儀に記されている。


「スタンプラリー?」

「そうっ!」

「うわ……なんかなっつかしいな。こんなの地域のラジオ体操以来かも、貰ったの」

「そっかっ! 良かったっ」

「いや良かったのか? ……つか、なんのスタンプだコレ?」

「えっとねぇコレは、ボクが入ったグループ? チーム? まあなんでもいいや」

「なんでもいいのか? とにかく生徒会関連だよな?」

「うん。そこで企画したうちの一つがコレらしい。まだ試作段階なんだけどね〜、是非君に参加して欲しいって会長さんからっ」

「えっ? 生徒会長が俺に?」

「そうそう」


 いやいや、経緯が意味不明なんだが?

 というか俺、生徒会長のこと知らねぇんだけど。

 そもそも正式に生徒会長になったのかも知らんぞ。

 とにかく、香和を通じて伝え聴いたとか? 

 ああ。あと、瑠璃垣っていう線もあんのか。

 どちらにせよ、このスタンプラリーはよく分からん。

 ……ん? よくよく見たらコレ、四つ項目があるわけだが……おそらく四つのスタンプを貰えって意味なんだろうけど、どうやったら貰えるとか書いてないぞ。

 そして貰い方も知らんのに、もう一つ不可解なもんを貰ったことになってんだけど……。


「あの香和……このスタンプって、どこで手に入るもんなんだ?」

「え? ああ個数的にも、ボクや蒼乃ちゃんみたいに、あのとき呼ばれた子から貰うようになってるはずだよ。ちなみにボクもスタンプ持ってる〜」

「うわぁそれめんどくせー……少なくとも瑠璃垣にまた逢えってことじゃねぇか。やってらんねぇー」

「もうっ、そんなこと言ってたらスタンプ貰えないよ?」

「いや要らねぇよ……要らねえけどよ」

「ん?」

「なんで一項目、もう埋まってんの?」


 俺が貰ったスタンプラリーの紙には四つの項目がある。

 誰が見ても、ここに四つのスタンプを貰えと言わんばかりだ。

 しかしそこには、ビンゴカードの真ん中のようになぜか、右下の項目に黄色の塗料で堂々と、『ト』と書かれたスタンプが既に押されている。


「ああ、こうやって遊んでねってことだよ」

「いや遊び方くらい分かるわ。寧ろ、こんな簡単に貰っちゃあスタンプの意味無いだろ」

「ほぉ……まあいいじゃんいいじゃん、貰えるモノは貰った方がいいんだよ〜。素敵な特典も——」

「——あるのか?」

「あるかも? ほら、試作だし」

「なんだそりゃ……はあ。んまあ、持つだけ持ってやるか」

「おおっ! やる気だね」

「俺のどこにやる気に満ちた行動があった……? んなことよりも香和」

「およ?」

「自転車、置きに行かなくていいのか?」

「ほぇ……ああっ!?」

「忘れてたな」

「いやぁ、うっかりしてたよ。にゅはは」

「どっちもおんなじだろ」

「あはは。じゃあまたね……いっそげ〜」

「あ! お〜い、転ぶなよ〜」

「は〜い」


 そう言い残して、香和は自転車置き場に向かって行く。

 真っ黒のローブを揺らす後ろ姿はクールなはずなのに、やたらと急かすあいつのせいであんま威厳が感じられねぇ。

 つか、その格好で自転車って大丈夫なのかとか、聴いてみたかったんだが……しゃーねぇ、また今度だ。

 さてと。いつまでも、ここに立ち止まっても仕方ない。

 この用途もよく分からず、モチベーションも上がらないスタンプラリーカードの……おそらく香和が押してくれたらしきスタンプを見つめたのち、それをバッグに入っているクリアファイルになおざりに差し込んで、俺は校舎に足を踏み入れる。ちなみにこの日は、香和と話す頻度が高かった……つくづく俺は受動的だったけど。

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