第9話 決心の朝とキツネとスタンプ(前編)

 次の日。香和に喋り掛けてやるぞと決心し俺は家を出る。

 ついでに瑠璃垣とのことを伝えよう……なんか趣旨がすり替わったような気がしないでもないが、まあいい。

 そのまま歩を進め、もう時期校門が見えて来る頃だなんて、ぼんやりと遠くを眺めていると、キュ〜と空気が一気に抜けたような間抜けた音が俺の片耳の鼓膜を震わせられる。


「あーおはよー、今日は早いねっ!」

「……おう、香和」


 という感じで、俺の決心なんてもんは登校中に儚く散る。

 乗っていた自転車の急ブレーキを掛けてまで挨拶して来た、朝焼けだと黒いローブが異様に映える自称魔女の香和の手によって。


 そういや、チャリ通なんだな。

 あと外でも、その格好してんだな。

 つかそのローブ長いから、車輪に絡まったりしそうだな。大丈夫なのか?

 くそ、言いたいことが多い……なんかツッコミどころの間違い探しみたいじゃねぇか。話題に事欠かないヤツだわ。


「あのさ俺……お前に、言いたいことがあるんだ」

「えっ……それって」

「いや、その——」

「——分かってる……秘密の巣窟を発見したんだよね?」

「お前何にも分かってねぇよっ! なんでそんな推測になったんだ」

「え? だって話してたじゃん。学校でお気に入りの場所を見つけたーって騒いでた」

「いや騒いではねぇけどよ……高知との話、聴いてたのかよ」

「ちょこ〜と、聴こえたんだよねー」

「……絶対ちょこっとじゃないよな。朧げだがその話題、結構序盤だった気がするぞ。てか、そのとき魔女がどうとか、お前の話題も出てただろ」

「そだっけ?」

「ああ。魔女なんか嘘っぱちだってな」

「君たちそんな話してなかったもん。ボクが君のバッグより自然な存在かどうか——」

「——がっつり聴いてんじゃねぇかっ!」


 んな細かいところまで、よく覚えてんな。

 俺ですら忘れかかってたような内容だぞ。

 高知に至ってはもう忘れちまったんじゃね?

 いや、今はそんなことどうでもいい。


「……とまあ、それはそれとして。お前瑠璃垣ってヤツ、知ってるよな?」

「え? 蒼乃ちゃん?」

「すぐに下の名前が出るってことは知ってるな」

「うんっ! 同じように生徒会長に呼ばれたときに逢ってね、ちょこちょこお話してるよっ」

「お話、ねぇ……」


 香和としては、そういう印象なのか。意外と好意的じゃないのか。これなら俺が間に入るまでも無さそうだが……対する瑠璃垣は関係の浅さに不満気なんだよなー。


「昨日、そいつと逢ってたんだよ」

「へー珍しいこともあるもんだねー。それでそれで、どこで?」

「屋上」

「屋上……じゃあ君も閉じ込められたんだね!」

「ああ」

「たっのしかったでしょっ! 禁止なのは残念だけど」

「え……いやいや迷惑被っただけだろ、あんなの。しかも嘘だぞ、普通に逆側からも開けられたぜ?」


 あれこいつ、屋上に行くの嫌がってんじゃなかったのか? めっちゃ楽しんだ感じ出てるけど、おいどういうことだよ瑠璃垣。それともあれか。校則は守るが、自分の楽しいことは別……みたいなことか。


「ええ!? それは知らなかった……」

「ああ。酷い目に遭った」

「蒼乃ちゃん、秘密主義なんだねー」

「お前の考え方ポジティブ過ぎんか? なんかもっと陰湿な……いやまあいいや」


 まあこいつがそう考えんなら、それでいいだろ。

 瑠璃垣も陰険な行動じゃないのは、あいつの頼みで分かり切ってるしな。


「そうかな〜えへへ〜」

「いや褒めてねぇよ」

「む? それで、蒼乃ちゃんがどうしたの? てかてかっ! どうして逢ったのっ」

「あー……屋上に行ってみたらそいつが居て、お互いサボり同士だってなって、あれよあれよと香和の話題になった」

「うんうん」


 うん、嘘は言ってないよな。

 かっなりマイルドにしたら、こうなるよな。


「それでよぉ……瑠璃垣は、お前と仲良くしたいんだと」

「……へ?」

「ん? 聴こえなかったか?」

「いや聴こえてる聴こえてる、ボク耳は良いから」

「だよな。俺たちの話を盗み聴けるくらい」

「む〜っ! なんかイヤな言い方だ〜」

「イヤな言い方したからな……それでどうなんだ? あいつと」

「……それはどちらかと言うと、ボクのセリフかな」

「どう言うことだ?」


 瑠璃垣は香和と仲良くなりたい。

 対して香和も瑠璃垣と仲良くなりたい。

 この二人は一体何をすれ違ってるんだ?


「だって蒼乃ちゃんはさ、もう一人……生徒会長に呼ばれ子と仲睦まじいんだもん」

「……はあ?」

「なんというか、割って入っちゃダメな雰囲気がときどきあるんだ」

「その……もう一人のヤツと?」

「うん」

「……何がどうなってやがる」


 瑠璃垣は、どうでもいいとまで言ってたはずだ。

 なのに香和は仲睦まじい……なんだこれは。


「んーでも、警戒されるのはボクも理解してるんだよね」

「警戒……」

「なんせ、ボクは魔女だからねっ!」

「自称……な?」

「なぁ〜!?」

「んな否定するなら、魔法の一つでも使って見せてくれよ。そしたら俺も素直に信じられるのに」

「ボクはまだ未熟なんだっ」

「未熟って、便利な言葉だよな〜」

「むぅ〜……でもそろそろ、君もボクの慧眼を信じることになるよ、きっと」

「おお、未熟を卒業するのか?」

「うんん。魔法ってむっずかしいもん」

「くそ、俺が期待するようなこと言っちまった……」


 なんか前もおんなじミスり方したような。

 やっぱあれか? 香和といると調子狂わされんのか?


「あっでもでもっ! 期待を裏切らないかも?」

「ほぅ? 期待を裏切らないとは?」

「……これ、絶対誰にも言わないでよ?」

「言って欲しいヤツの言い方だな」

「なぜ分かったっ!?」

「フリが効いてんだよっ!」

「ええーそうかな〜?」

「自覚無しか……いや、んなことはいい。教えてくれ」

「ふっふっふっ。実はねぇボク、魔法陣を見つけちゃったんだよっ!」

「へぇー……」

「どうだ!」

「うぅ……ついに妄言を……」

「なぁ!? 妄言なんかじゃないよっ! 今度案内しようか?」

「あー……遠慮しとく。お前と関わるとロクな目に遭わない気がする」

「ほほう? つまりボクのマナに興味津々と——」

「——曲解が過ぎるっ! あとマナ、あんのかお前」

「あると信じればあるんだよ〜」


 すっごいまっすぐな目で、香和は言ってのける。

 ほんとすぐに信じるヤツは苦手だ……俺の醜さが滲み出る気がするから。純粋さを無くしたと、突きつけられちまうから。


「はぁ……そーかい。なら他に興味のありそうなヤツ誘いな」

「他か……いる、かな?」

「いるだろ。瑠璃垣とか」

「蒼乃ちゃん?」

「あいつは……そう、禁忌を侵すのが好きらしいんだ」

「禁忌?」

「ああそうだ。だからあいつ、立ち入り禁止のはずの屋上に居るって言ってたぞ」

「おおーそうなんだそうなんだっ!? じゃあじゃあ、魔法陣なんてピッタリだねっ! だって禁忌の塊だもん!」

「おう、そうだな……」


 これも嘘じゃないはずだ。

 話を盛り盛りに盛り付けただけだよな。

 うん……きっと許してくれるだろう、うん。魔法陣が禁忌の塊かどうかもさておき、うん。

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