第8話 四国と高知

 瑠璃垣が居なくなってからしばらく、丸々一時間くらい屋上を独り占めにして、愉悦に浸っていた。しかしながら段々と、高校生らしく授業をサボる罪悪感が湧き上がって来て俺は、重い腰をあげて教室に戻ることにする。不吉な音こそ響き渡るものの、屋上の扉はあっさりと開き、まんまと瑠璃垣の嘘を間に受けちまった俺は、ちっさな舌打ちと羞恥心が入り混じった感情のまま自クラスに向かう。


 教室はまあ……なんというか、いつも通りではないが何気ない様相で、業間の休み時間だからか駄弁ったり伏せ寝てたり、スマホでゲームしたりネットサーファーが居たり、まちまちの学生生活が垣間見れた。


 ただそんな中でもやっぱ、どんなに姿勢良く大人しく座っていても、真っ黒のローブを着た自称魔女の格好は目立つ。とにかく目立ちやがる。瑠璃垣のこともあって気になったから、香和がどこに居るのか探してみても、こうしてすぐに見つけられて助かる。相変わらず独りっきりだが、元気そうな顔はしてんなと思いながら、端的に瑠璃垣との約束? いや命令? 下僕扱い? なんでもいいがそれに応えてやろうかと、香和の席の前に向かおうと教室内に入る……そーいや、俺から香和に話し掛けたことなんかあったっけな。意外と少ないんだよな、おそらく。


「おー四国っ。お前どこ行ってたん?」

「っと。どうした、高知」


 俺が香和の席まで行こうとした途中、両手を机に干したような、ダラけ切って寝ぼけた声をする高知に呼び止められる。

 指先で摘みまくって、時間を掛けてセットされたらしきツンツンに盛られた黒髪にも構わず、机に伏せていた証として、前髪はぺちゃんこでおでこが赤い。おまけにいつもは切れ長で落ち着きのある双眸が半開きでだらしなく、口も開けっぱなしで唾が垂れ落ちても不思議はない、なんとも締まりのない格好だ。

 俺とは違い、割とまともな顔立ちが見る影もなく、いかにも朝に弱いんだなって感じの雰囲気をしてるが、別に指摘するようなことでもないからスルーしとく。


「どうしたって……お前、学校に居るのに授業バックレてたんじゃねぇの?」

「な、なにを根拠に……」

「いや、机にバッグ置いたまんまだからな?」


 高知にそう言われて、俺は自分の机を見る。

 実際には学校指定のバッグが机横に引っ掛けられていて、確かにアレで授業に出て来なかったら変に思われるわ。


「ああ、そりゃあ不自然だな」

「そうとも。ウチのクラスの魔女よりも不自然だ」


 クラスの魔女とはもちろん、香和のこと。

 いや香和よりもおかしなバッグなのか俺のは。

 なんか呪いでも憑いてんのか? 自分由来の菌とか勘弁してくれよ? あれ……マジ強力らしいぜ? だれも近寄らんからな。


「マジかよ、ただのバッグだぞ。なんなら他のクラスメートよりも自然な存在じゃね?」

「いやいや。だって一限目の先生がソレ見て、四国はどこだっつってたからな? 魔女にはそんな反応しないだろ?」

「ああ……つかっ! それ俺やべーじゃん。なんかいい言い訳考えておかねぇと」

「そーなると思って、機転を効かせといた」

「というと?」

「四国は朝から腹がピーピーゴロゴロでとても授業に出られる状態じゃなくて、今頃トイレか保健室かに篭ってるんじゃないですかって誤魔化した……場所を曖昧にしたから、先生も保健室に連絡したりとかもせず、それ以上追求しなかったわ。ラッキーラッキーっ!」


 高知が気怠いグッドサインを俺に見せつける。

 すげー思い付き感があるが、でも……あとからサボってたと言うよりは怒られにくい理由になるだろうし、高知に助けられてた部分は否定出来んな……サンキュー高知。


「まあ? 本当は、四国は魔女に連れ去られたとか言いたかったんだが……ほら、魔女居るし? そこは残念だけどさ」

「んだよそりゃ……んまあとにかく、ありがとな。俺のために言い訳してくれて」

「よせよ……オレと四国との、ふか〜い仲じゃあないか」

「その言い方はきしょいが……助かったわ」

「ヒデー……まあそれはさておき、どこ行ってたん? 言えないなら別に聴かないけど?」

「ああ……学校で割とお気に入りな場所を見つけてな。そこでくつろいでたら寝落ちして……今に至る」

「ははダセー。それにしてもお気に入りの場所なぁ……誰も使ってない自由室とか?」

「そんなところだな。今度一緒に行くか?」

「はっ……オレは男と二人で添い寝する趣味はないさ」

「はあっ!? バッカかっ! 落ち着いたところでメシ食うとか、ゲームするとか、そーいうんだろうがっ。つか俺もイヤだわ、俺はそういう趣味があると誤解されかねない言い方すんな」

「……本当に?」

「なに疑ってんだっ、ややこしい反応してんじゃねえよ」

「くははっ、分かってる分かってる」

「……本当か?」

「なーに疑ってんだよっ」

「俺のツッコミのマネじゃねぇか……いや、俺のツッコミってなんだよ!」

「ははっ。自分のツッコミに自分でツッコむのか、忙しいヤツめ、はははは」

「そんな笑うことかよ……その前髪ぐちゃぐちゃで真っ赤なおでこを笑ってやろうか?」

「なっ!? おい最初に言えよ、もう絶交だわ!」

「こんなことで亀裂が生じるなんか恥ずかしいわっ。絶交するならもっと大喧嘩させろや」

「やんのか〜」

「やってやろうじゃねぇか〜」


 それから次の授業が始まるまで、こんな感じで高知とくだらないことを話していた。いやまあ、俺に頼まれもせずに誤魔化してくれるんだから良いヤツなのは間違いないが……冗談キツいヤツでもあるな。そこを含めても憎めもしないのが、逆に憎いわ……これを負け惜しみっつーのかな。


 あと。サボったのが屋上ってことは、高知に黙っといた。

 そもそも立ち入り禁止っつーのもあるし、なんかあそこは瑠璃垣の場所な気がしたから。他言するなとか言われてねぇが、遠慮はしとこう……みたいな。

 あっ……そういや、あのあと結局その日は香和と話せなかった。振り返るといつも、あいつから話し掛けてくれるから、今日もそんな風にどっかで突拍子のないことを言い出すんじゃないかと期待したが……こんなときに限って、あいつは引き下がっちまった。

 俺は俺で高知とつるんでいたから……ってのは、言い訳か。

 普段香和に対して受動的でしかなかったのが、屋上で見つめ直して図らずも判っちまった。

 他人に喋り掛けるのって、案外難しいもんだな。仕方ねぇけど、切り替えだ。明日こそなんとかしてみるか……んな言い方したら進歩しないヤツの先延ばしみたいだが、とにかくまた明日だ。

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