第7話 青空の下で瑠璃色はサボる(後編)
あれから。すっかり拍子抜けしたと、網柵に身体を預けるようにしてだらける瑠璃垣。こいつとしては何か、俺が香和の食いつくエサを持っているみたいな思考や算段だったんだろうが、生憎そんな都合の良い持ち合わせは、平々凡々な俺には無い。つか仮に実在したとて、正式な使用方法なんか分からんだろうな……なんせ相手はあの自称魔女だぞ? 一体何に好奇心惹かれるのか、理解出来ない。
でもだ。瑠璃垣が香和との関連性を示したのは、俺に取っては逆に有益でしかなかった。入院中のときも、昼メシのときも、雑談のときも、次期生徒会長……いやもう就任してるのか? まあここはどっちでもいいが、生徒会からスカウトされたくだりを、まともに聴いたことがなかったな。ちょー今更だが、かなり極秘情報レベルの内容だもんな。
「瑠璃垣」
「なーにー……」
「めっちゃやる気無くしてるじゃねぇか……いやそれより、少し気になるんだが、その呼び出されたヤツってのは、お前と香和だけなのか?」
一年生のこの時期に生徒会に呼ばれるなんて、滅多にないことだ。少なくとも俺には微塵もそんな話はなかったわけで、ここに居る瑠璃垣と、あと今ごろ授業に出てるであろう香和、この二人が呼ばれた理由はやっぱ気になる。
なんせ屋上にたむろするサボり魔と自称魔女だぞ? ったく、どういう人選をしたらそうなるんだよ。皆目見当も付かんわ。こんな異質な二人の他にもいるとしたら、そいつもまた独自路線を突き進むヤツなのか?
「いいや。呼ばれたのは私と、香和 朱音と、もう一人」
「へぇ、どんなヤツ?」
「……このもう一人の子については、私としてはどうでもいいんだけど——」
「——おい。そんな言い方したらかわいそうだろ」
「だってまともじゃないんだもん。私たちよりもずっとね」
「なっ……」
「な、なに?」
「……香和と瑠璃垣よりも、まともじゃないヤツがいるのか?」
そんなことがあるのか?
あってしまうのか十倉高校……。
「ちょっと。それじゃあ私と香和 朱音が変人みたいじゃない」
「屋上でサボってるヤツに言われても説得力ねぇぞ」
「じゃあシコシンも変人じゃない?」
「人間誰しも、そういった一面があんだよ」
「あっさりと認めるんだね」
「ああもちろん。マジもんの変人は、変人と言われてもすぐに否定から入るヤツだからな?」
「そっかそっか確か………………私のことバカにしてる?」
「別に。今の状況なら俺もお前も大した差が無いからな。そんで、そのもう一人のどういうところがまともじゃないんだ?」
はちゃめちゃなやり方で屋上に俺を呼んだ瑠璃垣。
魔女の装いで日々の学校生活を送る香和。
その二人を凌ぐかもしれないのか……一体どんなヤツなんだろうな。
「んーまあ……とりあえず私が気に入らないのは、全く他人と慣れ合おうとしないことね。これから一緒にやっていくかもしれないのに、私の話をすぐ受け流すからさ」
「……それは、そいつがまだ誘いに乗り気じゃ無くて辟易してるんじゃね?」
「ううん。私と香和 朱音を差し置いて、二つ返事でオーケーしてたから。内申書のためとかかもしれないけど、乗り気じゃないっていうのはないと思う」
「じゃあお前のアプローチが過激すぎるんだろ。そのもう一人もドン引きしたんだなきっと……」
「そんなこと、私がするはずないじゃん」
「……事前にすり替えてたとはいえ、教科書に糊付けして呼び出すヤツに言われたくないわ。捉え方によっちゃあ脅迫だぞあんなの」
もっとやりようがあっただろ、あれ。
というか同じのを食らってみろよ、一瞬で焦燥に駆られるんだぜ? イジメと勘違いすること請け合いだ。
「悪かったって。ちょっと有効利用しようとしただけ……あと、シコシンが教科書全置きしてたせいもあるんだから」
「はあ? んだそりゃ?」
「あのせいで、私の紙が目立たないかもって……ギターピックなんかじゃ気付かないなと思ったんだよ?」
「それなら机の上で良かっただろ」
「それだと香和 朱音にも知られちゃうじゃない!」
「やっぱ俺より香和じゃねぇかよ……お前ほんと香和のこと好きだな!」
「……そう?」
「そうだろうが。明らかにもう一人のヤツと対応が違うしよ……俺を呼んだのだってそうだ。きっかけがあったからって、んな他人のために積極的になんかならねぇよ」
瑠璃垣にとって、香和がどう見えているか俺にはこれっぽっちも分からんし、他人事でしかないんだが、こうして気にかけてくれる存在があることは……きっとどちらにとっても恵まれてる存在なんだと思う。自発的に喋ったり、行動に移すことが少ない俺からしても、高知や香和の何気ない声掛けに安堵してる部分があるのは否定出来ない……それと同じくらい厄介な目に遭いもするが、こっちは今のところ愛嬌で済むか……あくまで俺視点だがな。
「うん……なかなか上手くは行ってないけど」
「そりゃあ積極的だからって、何もかも成功するわけじゃないからな。他の学生的なことで例えるなら、勉強をしまくる、走り込みをしまくる、大声を出しまくる……学生生活の全てを振り絞って、時間を掛けまくっても、ちっとも進展も成長もしないことだってある。ただただ空回ってるだけだ。友人関係も、似たようなもんだな」
「なんか、悟り開いてるみたいなこと言うね」
「悟りなんか開くかよ、めんどくせぇ。俺は多分、ダラダラ過ごす日々を、否定されたくないだけだ」
「ダラダラって……」
「ほら……こんな、なんの意味もなく授業もサボって屋上に居て、微妙に強めの風を受けながら、街を眺めてながら、必死な誰かを見下げるような時間だって……最高だろ?」
「……あの」
「な、なんだよ?」
「めっちゃ格好付けてるけど……ただのクズ発言」
「クソ、返す言葉がねぇっ!」
らしくもなくキザを装って言ってみたが、クズはクズだな。
やっぱ屋上ってよくねぇわ、クソみたいな開放感が醜態を悪化させていけねぇもんな。
「まあ、この景色が綺麗なのは同意だけどね」
「お前に同意を得られてもなー……」
「なんか、タブーに触れてる感じしない? 私、好きなのよ」
「おいちょっと待て。それ俺の感性と違うヤツだぞ、同意もクソも無いじゃねぇか」
「あれ、分からない? このいけないことしてる雰囲気」
「……立ち入り禁止の屋上に居るんだからたりめーだろ。罪悪感を孕んでしかるべきだ」
「もーシコシンは頭が硬いんだよなー」
「そりゃお前や香和に比べたらな……」
「ということで。シコシンが私と香和 朱音の仲を取り持ってくれるらしいので——」
「——いきなりなんだよ。何がということで、だ。脈絡が無さすぎだろ……つか、仲を取り持つとか知らねぇぞ俺?」
「はい、決まりっ!」
「はあ、おいっ! ちくしょう……今だけは俺の考えに瑠璃垣の同意を得たいわ」
前振りもなく、俺が香和と瑠璃垣の関係に一役買うことが決まっちまった……もう何が何だか。
というかよ。俺って瑠璃垣とはまだ初対面同然なわけで、香和とだって向こうが喋りかけてくれるから返してるだけであって……間に入るのは不適任じゃねぇか?
「あっ、そろそろ授業も終わる頃。仕方ないけどじゃあ、私は先に教室に戻ろうかな」
「おいまだ話は終わって、てかお前授業は嫌だったんじゃ……って、はぁっ!?」
ローファーをカタッカタッと鳴らす瑠璃垣の後ろ姿に文句を言おうとしたところで……それ以上の驚きに掻き消されてしまう。だって瑠璃垣が……建て付けが悪く、こちらからは開かないはずの屋上の扉を、容易く開けてみせたからだ。
「ん? 何を驚いてるのかなシコシン」
「いやだってよ、それ、開かないんじゃ……」
「ああ、それ私の嘘」
「へー……嘘!?」
「おおーナイスノリツッコミ」
「言ってる場合か。嘘って……マジかよ」
「うん。最初は香和 朱音をこの場に留めるための嘘でしかなかったけど、意外と使えるモノなんだね……二人とも、確かめもしなかったし」
「な、いや……変だと、思ってはいたんだよな。だってお前、いざという時の連絡手段があるとはいえ、知ってて閉じ込められに行ってることになる……いくらおかしなヤツだからって、無用な危険を侵すのは、意味不明だ」
「なんか酷いこと言われてる気がする」
「安心しろ、ちゃんと言ってるからな」
「なにそれ。まあその、建て付けが悪いからって、そう都合良く片方からだけ開かないとか、ほとんどないでしょ? ドラマやマンガの世界だって」
「……そうだな」
そう、なんだよな。そんなご都合主義な展開はドラマやマンガだけの話なんだ。そんなの少し考えたらわかることじゃねぇかよ。どうしてこんな当たり前なことが、鈍っちまってたのかな……。
「ふふっ。それじゃ期待してるよーまた今度ね」
「またがあるのかよ……ほんとに香和とくっつけねばならんのか」
俺の身勝手な解釈だと、屋上からの去り際に瑠璃垣から嘲笑われ、グギギ〜と衰えが顕著な悲鳴があがる扉を見つめながら、有り余る息を吐いた。いやこの場合は吐かされちまったのか? どっちでもいいか。要するに俺は、瑠璃垣の希望を叶えるきっかけにさせられようとしてるわけだからな。さてさて、どんな面倒を目の当たりにするのやら……どーしたもんかな。
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