第4話 来るもの拒まず。されど逃しもせず
それからというもの、香和が俺に話し掛けて来る頻度が格段に上がり出した。おそらくは二学期になってから、高校で一番喋って、時間を共にしたのは香和になるかな。多分、クラスメートで接点が多かった高知すらも悠々と上回るはずだ。
この一学期から二学期での急激な変化。
しかも俺は男で、香和は女……いや魔の女だ。
これは誰も知らない夏休み期間とかで、色々と誤解でも生みかねないなと、内心で弁解はちょっと諦めていた部分もあったが……同じく第三者的な立場の高知の感想しかるに、どうにも俺の杞憂でしかないらしい。
高知曰く、原因不明の転倒で病院に搬送されることになった俺に、オカルト的な現象にも興味を示す香和の好奇心が刺激されたからではないか……という、色気もクソもない推測を、購買の近くに設置されてる、選択した紙パック入りのジュースをアームで取ってくる自販機の動作をのんびり眺める余白で教えてくれた。えっと……マジで、少なくとも高知にとって、時間潰しくらいの関心度なのが透けてる気がすんな、おい。その方が助かるけどよ。
そんなこんなで、昼休み。
この日の俺は高知とではなく、香和に誘われ、屋上扉前の半分物置き場と化した……階段の踊り場と言っていいのかも分かんねぇが、とにかく少し手広な空間に赴き、それぞれの昼メシを持ち寄う。
その途中。どこからか、授業終わりの遊びだったのか、近からずも遠からずなギターの旋律が今まさに消える。いやそもそもギターだったのかすら危ういレベルでしか聴こえなくて、まさか俺の幻聴だったのかとか過ったが……んなことを言うと、好奇心旺盛な自称魔女が躍起になりそうだったから、仕方なく別の話題を振る。
「ここまで来て、屋上には行かねぇの?」
「なんで? 禁止の場所だよ? 不用意に行くのは危険じゃない?」
「……魔女を騙るのに校則を気にするんだな、お前」
「え……とね、ほらっ、魔法にも禁忌もあるんだよっ」
「へー、やっぱ便利だな魔法って」
「えへへへへへ〜、でしょ〜」
「ああ。ブレッブレのキャラを守ることまで出来るんだから、大したもんだ」
「なぁ〜!?」
「まあ、どのみち鍵とか持ってねぇから入れねぇか。禁止とはいえ、一度くらい入ってみたいもんだが、しゃーねぇー」
「いや、入ろうと思えば入れるよ」
「マジ?」
「うん。でもこのドア建て付けが悪くて、下手したら閉じ込められるかもしれないんだよねー」
「来るもの拒まず。されど逃しもせず……か。やめとくわ」
「あーいいないいな。ボクもそのセリフ使っていい?」
「勝手にしろ。さっさと食って戻ろうぜ」
「何食べるの? 弁当?」
「いや。お前と合流する前、購買で適当に買ったパン。何買っても値段変わんねぇんだよ、あそこ。だから今日はラベルを確認せず無作為」
「へぇ〜、なにパン?」
「これは……げっ、あんぱんかよ……」
「ほお……好きだね〜あんぱんっ」
「別に好きでも嫌いでもねぇよ。高校でならまだ二回か三回かしか買ってねぇからよ」
「ほえ? そうなんだ」
「そうなんだよ」
なんとなく縁起が悪いからって敬遠してたのがここで来るか……。まああんぱんに罪は何もないが、危うく俺の最期の晩餐になりかけたセットの片割れだ。ほら、人生の最期に食ったメシがあんぱんと牛乳とか、死んでも弄られそうでなんか嫌だろ? だから少し、避けてたところはあるな。
「香和は?」
「ボク? ボクは……お恵みを頂いたのでねっ!」
そう言って香和が風呂敷から取り出したのは、使い捨ても可能な、少し厚みがあること以外はただのプラスチック弁当箱。やたらと厳かな装飾のカバーと、幸せを願ってくれそうな紙袋と竹箸が添えられる。
「な、なんだこりゃ? まさか弁当箱が壊れたとか?」
「うんん、違う違う。これはね……あっ、前に君にも言ったかもしれないけどさ。ボク、生徒会長にスカウトを受けてるって言ったよね」
「ああ? あ……なんか、んなことあった気がするわ」
「それでね——」
「——あれ、ほんとにお前だったんだな。その話が出るってことは」
「むむむ? ボクじゃない? どういうことだっ!?」
「う……急に大声出すなよっ、リアクションがいちいちオーバーなヤツだな」
「ボクじゃなければ誰だっていうのー……はっ! まさかボクの……ドッペルゲンガー——」
「——なんだ? 怖いのか?」
「ワクワクしてる〜」
「あっそ。いや……実はあのときな、俺はお前の顔を見てなかったんだよ。頭を動かせないからずっと天井ばっか見てて、ちょこちょこ黒いローブと髪の毛が視界に入るくらい……マジ、想像の相手に返事してる感じだったわ」
「あーそういうこと。固定されてたもんねー。ボクも退出するとき以外は座ってたし」
「ああ。っと、つか話題逸らしちまったな。その……生徒会長? がなんだって?」
「んー? えーとね、その人の要請を昨日受けて来たんだよ。そしたらねっ! このお弁当を友好の証だって、君が購買に行ってる間に生徒会室に行ったら貰ったんだー」
「そいつは良かったな、両方の意味で」
「うんっ」
「……それ、開けねぇの?」
「開けるよ、とりゃっ!」
俺が促すと、香和がその弁当箱のフタを開ける。
なんかタル投げみたいに後ろに投げ飛ばしそうな無駄な勢いと弾みを付けていたが……すぐに、んなことがどうでも良くなっちまう。
「ふぉわあああああ〜、すごいっ!」
「ブリ、黒豆、かまぼこ、栗きんとん、ローストビーフ……とどめにエビ……いや伊勢エビかよ。しかも頭付き……他にも……おいおいなんだこりゃ、おせちじゃねぇか」
「豪華なお弁当だね〜」
「これをまだ弁当と定義するのか? 明らかに弁当の域を超えた品々が眼前に広がってんだが?」
「そう言われて渡されたからねー」
「はあ……まあいいや。それにしても高校生でこれを……さては大物だな……」
「魔女ですからっ」
「いやお前じゃねぇよ。その生徒会長だよ」
「むぅ〜」
「むくれても魔女にはなれねぇぞ?」
「分かんないよーそんなの……はっ!? 君は分かるの!? 魔女のなり方っ!」
「……クソ、今のは失言だったわ。魔女になれる希望を残しかねない。今の無し」
「な〜んだ」
なんかその言い方だと、まだ香和は魔女になってないみたいなニュアンスにならないか? 魔女を名乗ってるのは、他でもない香和のはずなんだけどな……まあいいけど。
「それにしてもすごいな、これ」
「うん。でも、会長さんは大物って感じじゃなかったけどね……キレーな人ではあるけど」
「へぇー、そういやどんな人か知らねぇな」
「そう? 割とエンカウント率高いんだけどな〜」
「……他人をモンスターの出逢い方と一緒の確率論に当てはめるなよな、失礼だ」
「大丈夫大丈夫っ。だって優しい人だもんっ」
「……優しいかどうかは知らんが、確かに気品はありそうだな……かなり常識はずれっぽいけど」
「むっ!? そっちも失礼だっ!」
「うぅわ……ぐぅの音も出ねぇ……」
「おおっ……ぐぅぐぅ〜、ぐぅぐぅぐぅ〜」
「煽ってんじゃねぇよ。そんなに腹が減ってんなら早く食えっ」
「は〜い、いっただきま〜すっっっ!」
「調子いいな……」
「ん〜〜お〜いひ〜」
中身の豪華さに躊躇いもなく香和は昼メシにあり付く。真っ先にメインディッシュの伊勢エビから行くあたり、こいつも噂の生徒会長共々に大概だと再認識させられる……欲望に忠実的な意味で。その近くで俺は、手に持つ包装に入ったままあんぱんを
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