第3話 自称魔女と埋まらない空白(後編)
次に意識がハッキリして、目の前に映ったのは知らない白い天井だった。いや俺の部屋も大概、同じように真っ白い天井なはずなのに、ここはなんか違うなと感じる。なんでなんだろうな。
「あ〜〜起きた起きたっ! 看護師さ〜……じゃなかった。ナースコール、ナースコールっ」
「………………んん?」
シンプルなホワイトに、鮮やかなブラックが割り込む。
ほぼ同時にその声が俺の耳をつんざく。
うるさいなってよりは、思ったより視界がぼやけていることの方が気になって、朝の習慣からか、どうにかしようかとすぐに起きあがろうとする。
「あーダメダメっ! まだ安静にしとかないと。寝たまま、頭もなるべく動かさないように」
「はぁ………………だ、れ? つか、どこ?」
「ここは病院。君……転んで頭打って失神しちゃって、保健室よりも緊急性があるかもだからって搬送されたんだよ。ボクのことはそうだね……君の学校に居座る魔法使い、って言ったら分かるんじゃない?」
「病院……? 魔法使い……ボク……ああ、あいつか」
「ははは、あいつなんて他人事だな〜、ここに居るのに。でも、記憶が丸ごと無くなったりはしてないみたいで安心安心」
「お前……名前なんだっけ?」
「安心撤回っ! 障害が残ってるかもです先生っ……いないっ!?」
「いや違う……自信が無いから訊ねただけだ。ドラマでちょくちょく観る、顔は分かるけど、名前が役名くらいしか出て来ないバイブレイヤーみたいな感じだからよ」
「ああそういうこと、ボクは………………レヴィアタン」
「おいナチュラルに嘘付くな。あとそれ魔女じゃねぇだろ」
「魔法使うのもいるんだよー、アニメとかゲームとか」
「知らねぇよー」
「ええ、知っててよー」
「そりゃ理不尽だろうが」
「……ふふっ」
「な、なんだよ?」
「いやあ、元気そうだなって思って」
「……おう」
「ちなみに、本当は香和ね? どうどう? 当たってた?」
「……どうだろうな」
そう言ったタイミングで看護師さんがやって来て、一旦香和は退出し、俺はいくつかの質問と、簡単な検査を受けた。まあでも……香和と長々と話せる余裕があったくらいで、看護師さんがそんなに急ぐことなく、駆け込んでも来なかったことからも、大したケガじゃないんだなとは思っていた……寝起きでもスラスラと喋れていたし。
それで案の定、俺は搬送されてすぐの大きな検査でも今のところ異常はなく、目覚めた後の確認も問題なし。既に逢いに来ていた俺の両親とはある程度の話が進んでいるらしくて、ぶつけたところがところで意識も失ったから、数日間の入院はしないとダメらしい。ただ残り授業もほぼ皆無に等しいし単位にも影響がない……困るには困るが、生きてるしまあいいかで済む程度の、瑣末ごとだ。
「まだ、起きてる?」
「え? ああ、夜眠れないんじゃないかって心配になるくらいに冴えてるしな」
「そっか、良かった……いや良くないのか!?」
「どっちでもいいって」
看護師さんと入れ替わりで、また香和が現れる。
そういやこいつはなんで病院にまで足を運んでるんだ?
ほんと……よくわかんねぇヤツ。
「さてと、何話そうか?」
「……なんで話すこと前提なんだよ。先生になんか言われたのか? 用事ないなら帰ってもいいんだぞ」
「ええ? いや、えっと、ほら……あそうっ! 今度ね、次期生徒会長になるって決まってる先輩からさ、メンバーとして誘われてるんだよねーボク」
「それ、俺関係ある?」
「ないけど?」
「どういうことだよ、脈絡ないな」
「いいでしょ、世間話くらい」
「世間話ってよぉ……無理に話題考えるくらいなら帰っていいって」
「うぅ……——」
するとあっさりと帰るって言うか、めちゃくちゃな理由で食い下がるかなと思っていたら、感情の汲み取りにくい声を出す香和。というかよくよく考えてたら、逢いに来たらしい両親や、高校の先生を差し置いて、なんで香和が居るんだ……俺に、用事があるのか?
「——……ごめん」
「はあ!? ほんと……また、突拍子もないな。お前が俺に、何を謝ることがあるんだよ?」
「だってだって……このローブのせいなんでしょ?」
「ローブ?」
「こんな……頭打ったのって、ボクのローブに足を掬われたからなんでしょ? ごめんね、コレ……着てるせいで……」
どういうことだって思った。
いや謝る理由や、ここに居る理由は分かったが……そうじゃない。
「……さあな」
「え?」
「俺が何に滑ったかなんて、俺が知りたいわ。ましてやお前のローブが原因かどうか……誰かが見ていたのか、それを」
「……うんん。でも、そんなイレギュラーが起きるなんて……それくらいかなって」
「んなの決まってないだろ」
「そう、だけど……」
「まあ仮にそうだとしても、お互いに、誰にも、分かんねぇなら、罪悪感を背負い込んでも仕方ねぇだろうが……だから謝る必要ねぇよ」
「……そんな」
「そのなんだ……後から百パーセントお前のせいだって確信出来るような証拠が見つかったのなら、またそのとき謝ればいい……俺がドジしただけな気がするが」
「いやあ……百パーセントか。難しいね」
「そんくらい、気にする必要はないってこった。あと……一つ間違ってるぞ、お前」
「え?」
俺がどういうことだと思ったのは、誰のせいで、何が起因して、病院送りになったとかそういうことじゃない。そこはこのまま何も無く退院して、生きてるなら問題ないからな。故意じゃねぇだろうし。
だからどういうことだと、間違っていると思ったのは香和の、謝った後に追加されたセリフの方だ。
「お前が学校であの真っ黒の長いローブを着てるのは、もうアイデンティティっていうか、日常みたいなもんだろ。だから着てるせいで……とか、んなこと言わなくてもいいわ……」
「えと……」
「ぶっちゃけ変な格好だなって思うけどな……お前アレ、好きなんだろ?」
「……うん」
「なら、そのことを想定せず歩いてた俺も俺だなって思ってよ。こうなったのが仮にローブのせいでも、それ込みで通るべきだったって」
「はあ……そっか、そっか! にゃはははははっ」
「な、なんだよ……急に笑うなよ怖えよ」
えっ、俺、そんな面白いこと言ってないよな?
なんかその笑い始め方は魔女らしいというか、悪役みたいだ。もしくは悪魔か? そういやレヴィアタンとか言ってたし。
あとここ病院で、香和も自重はしてるんだろうが……割と大きい声だ。魔女だなんだと言ったせいで孤立して鳴りを潜めてるが、もしかしてこいつ、ローブの色に反して明るい性格なのかもな。
ほら、他人の俺との距離の詰め方もそうで、俺の親や担任教師にも断りを入れてここに居るはずだ。とにかく社交性みたいなのは、想像以上にはありそうだよな。
「君は、良い子だね〜」
「は、はあー? んだよ、言われても嬉しくねぇ……子ども扱いした気色悪い言い方しやがって」
「えへへへへ〜」
「褒めてねぇからなっ」
「分かってるよ〜分かってる〜」
「……ほんとかよ。脱力しまくりじゃねぇか」
「まあね〜。じゃあ用事も済んだし、君の言う通り、ボクはお暇しようかな。ご両親と先生の話も、そろそろ終わる頃だし」
「あ、ああ。気を付けて帰れよ……ここどこの病院か知らねぇけど」
「高校の近くだよ。あーでも、自転車だと疲れるかなー」
「そうか。手間掛けたな」
「いやいや全然っ! ボクにとって良いこともあったし」
「良いことって——」
「——じゃあまた明日っ、高校でっ」
「……明日は行かねぇよ」
「およ? ああそうだね、失念失念っ」
「あと。ろくな授業もねぇし、多分一学期中は全休だよ。次は夏休み明けの二学期からだな」
「そっか〜。ならそのときに話そう」
「……ああ、手短にな」
「またね〜バイバイっ!」
スタタタタタタッと、香和は帰って行く。
なんか足音の間隔が早いが……まさか走ってないだろうなっていうのが、香和に対する入院中最後の印象だ。
それから一学期終業式は予想通り欠席し、もう大丈夫だろうと退院した後も高校のヤツらと夏休みの予定を立てておらず、ケガのせいで積極的に誘うことも、また誘われることも躊躇われて、割と暇を持て余した日々を過ごす。
そうして二学期。夏の猛暑を引き摺っている始業式の日。
俺が教室に入ると、真っ先に声を掛けたのが……相変わらずのロングローブを羽織った自称魔女だった。
と……授業中に結局、香和とのことをほとんど網羅するくらい考えちまったな。いやほんと転んで病院に送られるわ、寝ぼけてそんな話したことのないヤツに強めの口調でアレやコレやズケズケ言っちまうわ、キザっぽいことまで語っちまうわ……忘れたくなるくらいはずい要素ばっかで嫌になるな。そのせいで詩に登場する少女の気持ちは、相変わらず空白のままだし。
仕方ねぇから、少女の気持ちを香和に変換して解釈すれば、それっぽいのを書けるかなと適当に記してみる。そんなの分かるのはエスパーか魔法使いぐらいなもんだと、いちゃもんを付けるように書いて、可笑しくて笑って……迷わずすぐに消して、また空白に戻した。
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