第2話 自称魔女と埋まらない空白(中編)

 授業中。シャープペンシルのカチカチ、シャッシャシャッ、シュースー、ガリガリッ……タンッという音と、詩に出てくる少女の気持ちを君たちなりに解釈してみなさいという問題にノートの空白を埋められないまま、通算で何度目かもう覚えてもいないが、クラスメートに魔女が爆誕した瞬間を思い出してしまう。考えるな考えるなって思っちまうと、逆効果になるのなんなんだろうな。

 何はともあれ……正しくは魔女ではなく自称魔女とするべきかもしれんが、それは今の俺の香和に対する先入観だから割愛だ。


 あれはそう。桜の花びらが舞う始まりの季節なのに、それ以上に前日の大雨の影響で暗雲立ち込めていた印象が強い、新高校生には幸先が悪過ぎる入学式での一幕。


 最初は何事もなく、各席に割り振られたクラス全員の生徒が制服を着崩したりせずに着席していた。

 やたらと左右を見渡したり、誰かの顔色を窺っていたり、意味もなく窓の外を眺めていたりと緊張した様子はそこかしこにあったが、新生活であることを考慮すれば、ごくごく自然な光景だったと記憶している。


 やがて担任教師となる先生がプログラムで用意していたかのように、これからクラスメートとなる生徒に、出席番号順での自己紹介を促した。ここら辺はなんとなく予想出来た展開で、俺は確かアピールポイントなんか別に無いんだよなとか、どっかで噛んだりしたら今後の学生生活で窮屈な思いをしそうでなんか不毛だなとか、嘆くように考えていたような気がする。

 そうしてア行の生徒の紹介が終わり、カ行の生徒に移って、そろそろサ行かめんどくさいなと思った矢先の出来事だった。


 いきなりそいつは、スクールバッグから真っ黒で身の丈にも合ってないロングローブを取り出してすかさず着用すると、不敵に笑い、よく分からないポージングをしながら、『見ての通り、ボクは魔法使い……魔女だ。だけど魔法が本当に使えるわけじゃあない。でもっ、ボクはいつか魔法を使えるんだと信じている。だからこうして、形から入ってるわけなのですっ。そしてこの世のありとあらゆる神秘や幻想を、高校生活の間に出来るだけ多くこの目に焼き付けたいと思ってますっ。地球外生命体はもちろん、ポルターガイストのようなオカルト現象……そうだそうだミステリアスな聖地の巡礼もしたいし、ボク自身で見つけてみたいな〜……あーあとあと魔法陣とかも見つけたいし、作りたい。目標はこんな感じでいいかな? 好きな格好はやっぱり……コレッ! あっ、秀勉中学出身です、よろしくお願いしますっ』みたいなことを、ローブを大袈裟に払い上げながら言い放ち締めやがる。これは俺の記憶だから、ところどころ間違いがあるかもしれんが、大体こんな内容で相違ないはずだ。これでもまだ畏まってたときなんだよな、今となっては。


 その後、クラスに居たヤツらはもれなくフリーズした。何その服? 着るんだ? 魔女? 使えない? 神秘? 幻想? オカルト? 聖地? 魔法陣? というか名前なに? 秀勉!? ああ……んん? みたいな、香和が言ったセリフを掻い摘んでは余計に混乱を招いたらしい。

 ただみんなこのときは、俺を含めて程なくすると、ああこの子は高校でのアピールに大失敗しただけの子なんだなと無理やりに理解を示し、もしかしたら誰かにやらされているのかなみたいな……首を突っ込んだらまどろっこしくなりそうな想定すらもかなぐり捨て、やがて思考のフリーズは解除される。それが結局平和で、滞りも無く、なによりこんな自己紹介をしたこの子のためだと。


 いや……何かを指摘する雰囲気でもなかったし、なにより気まずかった。いずれ名前とかも分かることだから別にいいんだが。

 それからというもの。俺は俺で、少し前の自己紹介であそこまで派手にしくじり散らかしているヤツを目撃したせいか、特段緊張することなく手番を済ませることが出来た。他にも似たような生徒も居たんじゃないだろうか。


 その後はホームルームで簡単な配布物と注意事項の共有だけして解散となり、クラスのみんなが帰路につく。明日から通常授業になるのかなとか辟易としつつ、流石に高校生にもなれば駄々滑りの空気感が伝わるはずだから、クラスメートに黒ローブを着てるヤツは居なくなるだろうなと内心で高を括っていた。このときの俺は、魔女の意志の強さをみくびっていたわけだ。


 しかし次の日も、更に次の日も、週末休みを挟んだ月曜日になっても、大型連休が明けても、果てはもうすぐに一学期が終わる頃合いになっても、相変わらずクラスには魔女がポツンと居座る。段々とコイツマジか、嘘だろ、ネタじゃなかったのかと、ファーストインパクトとはまた別の異様さが漏れ出していて、かといってみんなツッコむタイミングを完全に逸しちまったせいで、もう放置するしか無くなってしまう。


 そんで。そいつは今日も、窓際の席で独り。あとからふとしたときに名簿を確認して、香和という苗字と知った自称魔女。

 特に昼メシのときになると、周りの席の生徒が移動するからその傾向が顕著で、黒ローブで目立ってる分、存在が認めて貰えない悲しさみたいなモノがざらりと漂っていた。


 俺はそんな様子を後方斜めの席から、前の席で名前に共通点があった同じクラスメートの高知って名前のヤツと向き合い話すついでに、購買で悪ノリして買った包装あんぱんと紙パック牛乳という生まれる前のドラマの張り込みスタイルを両手に、時々視界に捉えていたと思う。


 だからと言って何かイベントが発生するわけもなく、高知と駄弁ってる間にあんぱんと牛乳が、ただの包装と厚紙に変わり、俺は怠いなと欠伸混じりに立ち上がって、黒板近くにあるゴミ箱へと捨てに向かう。

 その途中。そういえばこの黒ローブの魔女……香和は、何を食べてたんだろうかと、まさかキャラを守るためにトカゲ料理とか、赤紫のゲテモノスープとかじゃないだろうなと気になり、わざと迂回しながらこっそりと興味本位で近付き、そいつの机に置かれているであろう昼メシを覗き見ようとしたところで………………俺の記憶は途絶える。


 そこだけ切り取るとなんだか超常現象っぽくあるが、無論そうじゃない。そんなわけがない。断じてない。

 ただ俺の記憶が皆無なのは本当で、後から高知に聞いた話だと、俺は香和の席をちょうど通過するときに、足元を何かに掬われ、不運にも別の机があった斜め後ろに向かって倒れるようにしてよろけ、両手か塞がっていたせいで受け身を取るのが遅れ側頭部を机に強打し、そのまま床にバタリと倒れ込み、白目を剥いて失神したらしい。

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