レヴィカルト四重奏

SHOW。

第一章

第1話 自称魔女と埋まらない空白(前編)

 魔法使いに憧れたことなんかあったっけなと、通ってる高校の教室の自席に座って、そいつを見ながらぼんやりと考える。まあ……魔法が使えたら便利だよなーとか、ふとしたときに思ったことくらいはある。だけどなんだかんだでアニメやマンガの世界の話だとか、夢みがちだとか、厨二病なんて評価を周りからされたくないとか、魔法大戦争なんてまっぴらごめんだとかで、昔から少し冷めてた俺にとっては、憧れる以前の問題だった気がする。


 そもそも魔法とやらを使ってやり直したい過去には戻れないどころか、目の前の机の上にある筆箱から、ペンや消しゴムをタネも仕掛けもなく持ち上げることすら出来ない。

 普通の人間に魔法なんて使えない……すなわち魔法使いになんて、この現代社会じゃなれっこない。それこそ憧れる以前の問題だ。現実なんて世知辛いし、きっとそんなもんだ。つか……ペンや消しゴムは自分で手を伸ばして取った方が早いしな。


 そういや、なんで俺はこんなことを考えたんだ?

 ああ……そうだ。こいつのせいだったな。


「君……死ぬよっ」

「勝手に俺の死期を予言してくれるな。ただでさえ予言なんぞ胡散臭いのに、縁起悪い」

「ああ〜。じゃあじゃあ、君……死ぬかも?」

「おいやめろ。予言が疑問形になるとリアリティーが増すだろ。早死は勘弁してくれ」

「えへへへへへ〜。これなら胡散臭くないよねー」

「笑い事じゃねぇ……まあ、冗談なのは分かるが」


 そいつは俺の机を介した反対側でしゃがみ、小さくもあどけなさが残る丸顔の輪郭の笑みと、左右アンバランスの黒髪セミロング、ぱちくりとした茶目っ気ある両眼に、おまけにちょこんと机に添えた指先だけを覗かせ、不吉な予言をさほど深刻そうにもせず朗らかに伝えて来る。


 いきなり死ぬだのなんだの言われてもこっちは迷惑極まりないんだが、こいつが言うと……たまに画面の向こうに居る予言タレント特有の胡散臭さよりも、ガキのごっこ遊びみたいになるんだよな。


 ほんとなんというか、バケモノ染みたオーラが無いんだよなオーラが。特にこうして顔くらいしか見えてないと、尚更そんな風に思う。そもそも、突発的なおまじないブームの延長で、予言してみただけだろうしな。


「でも……いつかは死にゆく運命だよ。人の命とは……儚いからね」

「深い格言のように見えて、ただ当たり前のこと言ってるだけじゃねぇか。さっきの予言だっていずれ当たるだろうし、つまんねーの」

「なっ……こ、これはボクが敬愛する先人魔女の金言なんだよー」


 間接的に魔女の後人を自称しながら立ち上がる。するとやっぱりというか、やっと見慣れ始めたというか、ボクっ娘なこいつの高校での着こなしが露わになる。入学式後の自己紹介で、クラスメートと担任教師を絶句の渦に巻き込んだ、漆黒のロングローブを。


「誰だそいつは。つかやっぱお前、魔女なんだな……格好だけ」

「ふふふふふふっ、今はまだそうかもしれない。でもボクは神秘の根源に手を伸ばし続け、いつかは誰にも成し遂げられなかった未踏の領域に足を踏み、刻み出すんだよっ!」


 本当に小刻みに足踏みをしながら、高校指定の紺色のブレザーの上に羽織った、くるぶし丈まであるその真っ黒のロングローブを靡かせる。その姿はファンタジーゲームとかに出てくる、謎多き闇の黒魔道士のようだ。安っぽいコスプレとも言えるかもしれないが。


 今日という日が例えば、文化祭の魔女喫茶やら、魔女の出番がある演劇の発表会やらなら、辛うじて高校の教室で着ていてもそこまで異彩を放つことはないが……あろうことかこいつの場合、これが高校での当たり前の格好なんだよな。


 最近になってブラック校則なんかが撤廃される風潮になった影響か否か、この格好自体が校則に引っ掛かるわけじゃ無いらしくて、あくまで防寒用のロングコートやら、カーディガンと同様の扱いで黙認されてはいるが……こう言っちゃ悪いが、めちゃくちゃ浮いてるんだよなそのローブ。他にこんなことするヤツもいないし。


「……なるほど? 登山家や宇宙飛行士にでもなりたいってことか。立派なこった」

「んーそれも悪くはないね〜。でもボクが求めているのは、もっと超常的な現象っ! この目にも見えないような、素敵な何かっ!」

「へぇ……でもそれって、さっきの予言でも思ったんだが……」

「なになにー、言って言って」

「……魔女の、やることなのか?」

「あ……えっと、それはソレ、これはコレ?」

「歯切れ悪っ。キャラ、ブレブレじゃねぇか」

「キャラじゃないもん。ボクのやりたいことをやるんだっ!」


 高校生の暗黙のルールから浮世離れした装いで、言動もそれに拍車を掛ける。だけどどんなに痛々しいと思われてしまいそうなことだって、こう堂々と胸を張って言われると弱いんだよな……やっぱ憧れはしないが、どうも嫌いにはなれない困ったやつだ。


「はぁ……なんか癪だな」

「む? それボクに言ってるー?」

「ああ。理由はよく解らんが、お前と話してるとそう思って来る」

「なぁ〜!? そんなの理不尽だっ。その癪を返して貰おうかっ」

「なんだそれは……もう魔女じゃなくてチンピラのしたっぱだぞ」

「返せー返せー返せー」

「いやだから——」

「——シャク返せーっ!」

「お前は閻魔大王様イチの子分か!」


 ったく、なにを返せって言うんだよ。なんにも貸してないし、奪ってもないだろ。

 いや、つか……なんだ俺のツッコミはっ!


「おおっ、カワイイツッコミ。ありがとっ」

「いやありがとうとか言われても……初めて言ったわ、こんなの」

「んー……でも、あながち間違いではないんだよねー」

「……はぁ?」

「だってボクの名前、アカネだもん」

「お前のセリフじゃねぇか」

「違うよー。ボクには、香和 朱音っていう立派な名前があるんだもん」

「自分で立派とかよく言えるな……親に感謝するこった」

「うんっ!」

「素直なヤツだな」


 香和かわ 朱音あかね……それがいつも高校では女制服にローブ姿で奇想天外なことを望む自称魔女の名前だ。

 そういや普段苗字かお前しか呼ばんから、下の名前なんかうろ覚えだったな……まあ自己紹介なのに、名前よりも格好のインパクトがデカ過ぎたせいもあるが。


「あっ、でもでも」

「なんだ?」

「ボク、閻魔大王様なんてセリフ、今後言わないと思うよ?」

「ふーん、言ったな? じゃあそれ言っちまったら、俺にジュースの一本でも奢って貰おうか?」


 安い挑発をふっかけてやる。

 理由なんざパッと浮かばない、ほんの気まぐれみたいなもんだ。


「ほほう……つまりつまりNGワードゲームか、面白い。いいよいいよっ、自信あるし。ならついでに、ボクの方もジュースを賭けた単語を決めてもいいよね」

「確かにその方が公平だな。いいぞ、なんにする?」

「四国と心理の二つで」

「ちょ、他人の名前をNGワードにするな!」


 普通なら日本にある四つの県で構成されてる地方、大学の学科にある名称だろっとかツッコむべきなんだろうが……四国しこく 心理しんり、それが俺の名前だ。四国地方の生まれじゃなくて、心理学に精通しているわけでもなくて、なのに四国の心理をがっちり把握してそうな名前……どっちもたまに弄られたり、いやお前のことじゃないわとか、ややこしくなって色々面倒なんだよな。


「いいじゃん四国 心理、カッコいい」

「……いや知らんけど。名前くらい普通に使わせろよ……親に感謝してんだよこっちはっ」

「ええ〜ほんとかな? ちょっと投げやりじゃない?」

「そんなことねぇよ。あと名前抜きに考えても、四国も心理も日常会話でそこそこ使うから難易度激ムズ……つか二つもNG設定するなよっ! 増やすな卑怯者っ」

「にゃはははっ、ドンマイドンマイ。じゃあスタート、パンッ!」

「なっ、くそ……この名前でマインドを取られただと……じゃなくて、勝手に始めんじゃねぇよ」

「いいでしょ〜、魔法っていつでも展開出来るんだから。即効の魔法っ! は〜つどう!」

「魔法で言い訳するなっ! 何度も何度も誤魔化せると思うなよ、魔女擬きがっ」

「ひどっ! ボク……と、もう時間か」

「ああ、帰れ帰れ。塩があったら撒いてやるところだ」

「ほほう? じゃあボクは胡椒で応戦してやろう」

「なんだそりゃ? 微妙に相性が良いチョイスやめろよ、俺の本気さが伝わらん」

「にゃははははは、またね〜」


 はぁ、本当……なんなんだこの会話は。

 とても高校の教室でする内容じゃないだろ。

 ついでに言うと、これ業間休みだからな?

 次の授業の先生も教卓で準備してるからな?

 普通にクラスメート居る中での会話だぜ?

 俺が思うのもアレだが、みんな順応性高くないか?

 黒板近くのゴミ箱の位置を直してるヤツまでいるしよ。

 いや……日々日常に忙しいのか、ただ無関心なのかもしれねぇけど。

 まあ退屈はしないが……そーいやこいつと、香和とちゃんと話し始めたのっていつだったかな……。

 俺は俺でクラスに溶け込めているかっつったら微妙で、香和はもう装いの浮き具合から言わずもがなだ。性格も性別も違って、接点なんぞなかなか作れそうもないはずだが……世の中不思議なこともあるもんだ。ただこれが魔法かと問われたら、間髪入れずに否定してやる。香和が調子に乗るのが目に見えてるからな。


 まあ俺が忘れる……いや忘れたくなる……これも違うな。うろ覚えにしたくなるキッカケがあっただけだ。

 今からちょうど半年前に起きた、あの自己紹介から辿って行けば思い当たるだろうが、どう転んでも不毛でしかないし辞めておこう。当時の気まずさが蘇るだけだろうしな。

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