第12話 襲撃イベント

グラウンド全体に鳴り響く爆発音。

騒めく生徒。それを落ち着かせる先生達。

校舎の一部は崩壊しており、巻き込まれたかわいそうな生徒達が悲鳴を上げ逃げ回る。

その先にいるのは、焦げ茶色の髪と黒色の角を合わせ持つ魔族。

黒色のローブを羽織り、ハイライトの映らぬ紅色の目で、崩壊した校舎をぼんやり眺めている。

彼は光属性の少女「レン」を殺しに来た、魔王直属の四天王が一人

自らを〈快楽のイリ〉と名乗る者である。


(いよいよ、か…)

初襲撃イベントである「四天王襲撃イベント」

今回の目標は2つ


1.スイちゃんを四天王に会わせない

2.イベントの進行


このイベントでスイちゃんは〈快楽のイリ〉に魔王軍に来ることを勧められる。

スイちゃんはその勧誘に負け、魔王との面会を許可してしまうのだ。

そして、自分を認めてくれた魔王の下に―――。


「…」

脳裏に浮かぶのは、悲惨な顔で笑う〈闇使いのスイ〉の最期。

(あんなのは、見たくない)

スイちゃんを助けるために。みんなを助けるために。


私は私の力を使う。




「な、何者だ!お前は!」

動揺しながらも威勢を張る先生達。

イリはこちらを向くと、ニコリとほほ笑んだ。

「ああ、あなた方がセントエール学園の先生方ですね」

「何をしにきた!」

「大丈夫。用事が終わればすぐに帰ります」

イリはゆっくりとレンに歩み寄る。

そしてレンの腕に手を伸ばし―――



その手を誰かに振り払われる。

「…?」

「レンに何をしようとしている」

緋色の髪の少年だ。

赤黄色の目がイリを鋭く睨む。

「…へぇ」

イリが面白そうに笑い、その指を自らの手を振り払った少女に向ける。

少年の後ろに、炎で出来上がった人形が現れた。少年は気づいていない。

イリの笑みが深くなる。

(勝った―――)

炎の人形が彼に触れそうになったその時―――

人形は、突如現れた闇の中に消えた。

「は―――?」

その後ろに立っているのは、濃い紫髪の少女。

少女はその美しい顔に、淑女の笑みを浮かべる。

「初めまして。快楽のイリさん?」

「…君は」

何者だ?

その続きの言葉が出る前に、彼女の背後から出た黒い糸がイリを襲った。





(あっっぶねぇぇぇ!)

怖かった。超怖かった。

だってさ、グラウンド行ったら襲われてるんだよ?

超怖いじゃん!

(というか、今親密度が一番高いのってガウラ様なんだ…)

私のイメージだとユーア王子だったけど、私がイベントスキップしたせいで

関わりが少なくなっちゃったのかな…?

いや、今はそんなこと関係ない。

なんとかしてこいつを追い返して

スイちゃんと関わらないようにしないと…。

「へぇ、面白いね、君」

イリは風の刃で黒い糸をすべて切り、こちらに微笑みかける。

やはり殺傷能力の低い魔法ではだめだ。

そもそも、このイベントではイリを倒すことはできない。

イリを倒せるのは、魔王と戦う決戦の時。

それまでは何があっても倒せない。それがシナリオだからだ。


「君、名前は?」

「ヒータ・レカリウル」

「僕はイリ。〈快楽のイリ〉だよ」

知ってます。あなたを倒すのに何時間かけたと思ってるんですか。

私は前世を思い出す。

ほとんど防御魔法で防がれる攻撃。

火属性の魔法を水属性で相殺された時の苛立ち。

HPをギリギリ1だけ残すせいで戦闘をやめるにやめられず

回復アイテムだけが減っていく。

やっとあとちょっとで倒せそうな時にセリフが入り

まさかの第二形態で体力全回復。

最初にイラストを見た時の「小さな子供みたいでかわいい」という感想は

魔王戦開始2分で崩れ落ちた。

(でも、私はどうにかしてイベントを更新させなければならない)

私なりに考えたのだ。

攻略対象を傷つけたくない。

でもイベントを更新しないと魔王は倒せない。

そこで考えたのが…


「まあいいよ。君にもすぐに死んでもらうから」

不可視の刃がヒータを襲う。

彼女は当然分かっていた。

しかし、彼女は動かない。

「グハッ」

当然、刃はヒータに直撃する。

(必殺!私が傷ついて私が回復してもらう!)

「ヒータさん!?」

「ヒータ!」

レンとガウラが同時に叫ぶ。

レンは急いでヒータの元に駆け寄り、傷をふさごうと必死になる。

「ヒータさんっ!」

ポタリ、と彼女の目から涙が零れ落ちる。

そして彼女は光魔法に目覚め、ヒータの傷を癒す―――はずだった。


「…えっ」

そう。効かなかったのである。

(しまったぁぁぁ!

私完全闇属性だから光属性の回復が効かないって可能性もあったのかぁぁぁ!)

そう。ヒータはレベル99の完全闇属性特化した生徒。

もちろんその体は闇属性特有の魔力に守られている。

一方レンは初めて光魔法が使えたレベル1の光属性。

圧倒的力不足である。

(まずい。このままだと私が死ぬ!というかレンが後ろからイリに刺されて死ぬ!

一体どうすれば―――!)

闇属性魔法にも、回復魔法は存在する。

しかしそれは光魔法のように一瞬で怪我が治る奇跡ではない。

体の一部の怪我を治すためにほかの場所から皮膚や肉を無理やり持ってくる物だ。

つまり簡単に言えば―――超グロくて超痛い。

病院で手術をしている医者も驚愕のグロさである。

横腹を切られただけだから、腕丸々一本生やすほど痛くはないが

それでも注射の20倍は痛い。

(くっ…!怪我を治すために自分が痛い思いをするなんて…!)

諦めて激イタ☆回復魔法を使おうとしたその時

横腹の痛みが、突然引いた。


「え…?」

しかもグロくない。痛くない。

(これは…?)

諦めず回復魔法をかけ続けていたレン。

その隣にいるのは、キミヒカの頭脳系アイドル、エイリだ。

(あ…)

そういえばエイリは、攻略対象3人の中で最も魔法が得意だった。

頭が良い家系だからというのもあるのだろう。

彼が使ったのは光魔法ではなく、光魔法を補助する物だった。

レベルの差は満たないものの、少しずつ回復魔法が浸透してゆく。

闇属性特有の魔力の壁を越え、見事にヒータの怪我を治したのだ。

「ありがとう、エイリくん」

「どういたしまして。レンの役にたてたなら、それでいい」

致命傷を負っていた私をほっといて、あそこの二人は恋愛ルートを爆走中だ。うらやましい。

「ふーん。君が魔王様の言っていた危険因子…」

そう呟くイリは、なぜか私の方を見ていた。

「まあいいよ。今日の目的は、戦う事じゃない」

(―――戦うことじゃない?)

「それは、どういう―――」

「じゃあね!また会おう」

イリの後ろに等身大の真っ黒な玉が浮かび上がる。

あれは対象を指定座標に移動させる魔法だ。

「さようなら。紫髪の不吉な子」

真っ黒な玉ごと消えていったイリ。

先ほどまで彼がいた場所をヒータは見つめ…真っ青を超えた土気色の顔色で呟く。


「二度と会いたくねぇよ…」


その時、ヒータは知らなかった。

一番守ろうとしているスイが、今どこにいるのかを。

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