第10話 スイを闇落ちさせないために

スイは元々、気の弱い人間だった。


自分を卑下して抱え込むタイプの子だった。

魔術の才は無く、勉学の才も無い。だから必死で努力するしかなかった。


この世界は、不平等だ。

才がなく、努力をした者が報われず、才もあり、周りから認められ

努力をしない者が幸せになる。

そんな世界が、スイは嫌いだった。

不平等なこの世界を憎み、恨んだ。

そして彼女は、禁術に手を出した。


「これって―――」

図書室の奥の本棚に紛れ込んでいた禁術に関する本を見てしまった彼女は

その本に強く興味を惹かれた。その本の虜になった。

その禁術の名は、暗黒時代。

過去の記憶を消費することで現実に闇を作り出し

その闇の形を変えて相手を強制的に攻撃する禁術だ。

その攻撃性の高さと使った後の脳へのダメージの高さから

禁術となってしまった魔術。

スイはその魔術を使いこなし、その才能を魔王に認められた。

人生で初めて認められたその瞬間、スイは初めて喜びという感情を知った。

そして彼女は人間を見捨て、魔王の味方となった。


(うわぁぁぁぁぁ!このままだとスイちゃん闇落ちするぅぅぅぅ!)

どこだ?どこがダメだったんだ?最初の原因はどこだ?

そうだ、そもそも本を見つけなければよかったんだ。

よし、本を探そう。そしてその本を隠そう。

そもそも学校の図書室に禁術の本が紛れ込むことがおかしいんだよ。


とある休日。図書館にて。

(どこだよ…。禁術の本…)

まあ、予想は出来ていた。だってここ、いろんな貴族が来る学校だよね。

実際、今いる図書館だって、そこらへんの図書館に負けないほど広いんだから

その中でどれかの本棚の隅って言われても分からないよね。うん。

いくら私がゲームをやりこんでいたからって、さすがにどの場所かは分かんないし…。

「ねえ、あれって…」

「レベル99って噂の…」

今日は休日だからか、生徒の姿は見当たらない。

そのため、図書館の係員さんたちの声が普段よりよく聞こえる。

小さな声で話しているつもりなのかもしれないが、丸聞こえである。

(うわぁぁぁ…!どうすれば…!)

正直ここにいるのはあまりいい気分がしない。早く探して出よう。

(そういえば…)

今日は、貸出の人はいないんだな…。

最低限の係員さんはいるが、貸出をしたり本を返したりする係員さん自体がいない。どうやら今日は本を貸し借りすることができない日のようだ。

しかし、私からしたらそんなことは関係ない。どうにかして禁術の本を探し出し

係員さんに渡して帰る。それだけだ。

そうだ。まずは本の見た目を思い出そう。確かゲーム内でアイテムとして入手できる禁術の本があった。まあ、それは王宮で管理されていたけど。

見た目は大体同じだと思うし、それを思い出して本を探そう!



(いや、そりゃ無理だわ)

分かってた。分かっていましたとも。

たとえ本の見た目が同じだとしても、分かるわけがないんだよ。そんなの。

(どうすれば…このままだと、スイちゃんが闇落ち…!)

ポスッ。

「…ん?」

背中に誰かが当たる感覚がして、後ろを振り返る。

白色のワンピースを着た、栗色の髪の女の子だ。

栗色の髪は低めな位置で結ばれており、室内なのにツバの長い帽子をかぶっている。

「ご…ごめん、なさい」

「あぁ、大丈夫だよ」

かわいい声だ。見た感じ、5歳程度の子供だろうか。

この学校の図書館は、一般の人が入れるようになっている。

おそらくこの子も図書館に何かの用事があり、ここまで来たのだろう。

「…」

女の子はしばらく私の髪を見つめた後、そっと目をそらして、

本棚の奥に進んでいった。

女の子は自分の手に持っていた本を、本棚に端に入れる。

「…?」

(なんだろう、なんか違和感が…)

女の子をどこかで見たことがあるような感じがする、ということもあるが

何より、あの本…

「ねえ、君」

「…なに?」

私は女の子が戻していた本を指さした。

「今日は貸し出しも本を返すのもできないみたいだけど…。

 一度係員さんに言わないと、本を本棚に戻したらダメだよ?」

「…忘れて、ました。ありが、とう」

それでも、女の子が本をもう一度手に取ることはない。

「…?」

女の子がその場を立ち去ろうとするので、反射的に腕をつかんだ。

その時だった。


「触らないで」


女の子の下に魔方陣が現れたかと思えば、女の子の後ろから大きなデディーベアのぬいぐるみが出てきて、私を襲ったのは。

「…!?」

ぬいぐるみが繰り出したパンチを、間一髪でよける。本棚の本がドサドサと降り落ちてくる。

「ヒータ・レカリウル。紫髪の少女」

「…なんで、私の名前を」

ツバの長い帽子の下から私をとらえる茶色がかった緑色の目が魔方陣の輝きで黄緑に輝く。日が落ち暗くなった館内で、きらりと光るその目は、不気味なほどに美しかった。

「次に会う時を、楽しみに、してる」

白色のワンピースが揺れ、女の子の後ろに黒く丸い球が現れる。

「…あなたは、何なの?」

「私、は」

拙い話し方、白色のワンピース、茶色がかった緑色の目。

そして何より、デディーベアのぬいぐるみが、私の前世の記憶を刺激した。

「四天王が一人、〈悲しみのアヤ〉」

なにも考えていないような顔に、少女らしくない、大人びた笑みが浮かぶ。

「またね、ヒータ・レカリウル」

アヤは黒色の球に吸い込まれるようにして消えていった。


「…またね?」

よくわからない。頭がぼーっとする。

こんなイベント、ゲームにはなかった。

とりあえず魔法で落ちた本を戻して、係員さんに全力で謝った。

「結局なんの収穫もなしか…ん?」

女の子が置いていった本が目に留まり、その表紙を確認する。

「…これって」


それは、私がいくら探しても見つからなかった、禁術に関する本だった。

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