『君を愛することはない』と伝えた後の新妻がパワフルだった
uribou
第1話
「君を愛することはない」
「は?」
今日結婚したばかりの相手に、断固とした意思を込めて言い渡す。
と、目の前の巨体の新妻は呆けたような顔をした。
む? 蛮族の女には通じなかったか?
我が国で婚姻後初めての夜での拒絶は、白い結婚であるとの意思表示なのだが。
――――――――――
私が草原の民の女を娶らざるを得なかったのは王命だからだ。
我がモールライム王国の北西の草原には、かつて一〇を超える複数の部族が割拠していた。
その草原の民どもが英雄ブクトツによって統一され、草原の遊牧民国家テイキョウとなったのはつい三年前のことだ。
うむ、草原の民どもと一口に言っても、部族によって風習が違い、また過去のしがらみもあったろう。
それをまとめ上げるとは大した力量だ。
公平に見てブクトツ王は英雄と言っていい。
しかしブクトツ王が英雄である所以は他にもある。
当初統一国家となった草原の民がモールライムに圧力をかけてくるのは、必然と思われていた。
何故なら草原の民とは略奪者だから。
草原の民が蛮族たる所以だ。
草原の民と境を接する領主にとって統治が難しくなるのは理の当然であり、蛮族どもめと忌み嫌われていた。
我がガーディオルス侯爵家にとっても同様である。
ところが彼のブクトツ英雄王は和平を持ちかけてきたのだ。
騙されているのではないか?
いや、内部に動揺があるので地固めの時間が欲しいのであろう、などとの見解が出た。
ブクトツ王は言った。
娘を人質に出す、農業技術者を派遣してくれと。
誰もが耳を疑った。
乗馬と略奪と殺戮しか知らぬ蛮族が農業だと?
考えてみれば当然だった。
遊牧と略奪で支えられる人口など知れている。
あの英雄は国を富ませるためにこれまでの習俗を捨て、耕作を選んだのだ。
草原地帯は穀倉地帯になり得るから。
遊牧民としての誇りもあるだろうに。
聞き分けのない草原の民に言い聞かせることができるかは未知数だ。
しかしブクトツ王の思考方向は、モールライムの民に似ていて理解しやすかった。
テイキョウの農業生産力が高まり、略奪がなくなるのはいいことだと、概ね好意的に受け取られた。
敵国の富国強兵化を後押しするだけではないかという意見もあったが、ごく少数だったのだ。
そりゃあ隣国が話の通じぬ蛮族よりは、価値観の似た国である方が付き合いやすいから。
あの英雄は物のわかる男ではないか。
蛮族中の蛮族がトップであることは考えたくない、ブクトツ王がよい。
娘を人質だなんてとんでもない。
テイキョウと婚姻で結ばれれば、良き隣国になり得るだろう。
しかし適当な婿が我が国にはいなかった。
王子三人はいずれも結婚しており、第二夫人では具合が悪かろうと。
では高位貴族か。
結局年周りが近く、しかもガーディオルス侯爵家当主かつ独身で早急に結婚することを求められていた私が、テイキョウの王女を娶ることになったのだ。
ガーディオルス侯爵家領はテイキョウと境を接しているので、ちょうどよかろうということもあった。
王命であれば仕方ない。
しかし我が領は長年蛮族どもに苦しめられてきた。
父もまた草原の民との争いで亡くなった。
簡単に蛮族の娘を娶れと言われても、心が納得せぬのだ。
憎しみは消えぬ。
蛮族王女ユータオは、モールライムの女性には見られぬ巨躯だった。
まあ英雄王ブクトツもかなりの大柄だしな。
非常に堂々としていて、ニコッとした顔に愛嬌があった。
『あなたが夫君になる方か』
『ガーディオルス侯爵家当主アランと申す』
『アラン殿』
力強い握手だった。
素直さというか素朴さというか。
野に咲く花の逞しさにも似た魅力を感じたのは事実だ。
しかしそんなものに負けはせん。
王命での結婚だ。
蛮族王女ユータオを私の妻として預かり、どこに出しても恥ずかしくないくらいには扱おうではないか。
だが私にも意地がある。
決して愛しはせぬ。
たとえユータオがどれほど魅力あるいい女だとしてもだ。
――――――――――
寝所で少々の時間が経過した。
私の『君を愛することはない』という発言を、ユータオなりに解釈する時間が必要だったようだ。
納得したように頷く。
「アラン殿は我を愛さぬ、と」
「そうだ」
「つまり、我が主導的にアラン殿を愛せ、ということだな?」
「は?」
どうしてそうなった?
蛮族の理解は度し難いな。
ユータオが好戦的な喜びの表情を浮かべ、ぶんぶん両肩を回している。
「さすがはアラン殿。我は受身は好きでないのだ。自分の好きなようにしていいとは、まことにありがたい」
「ち、違う! 少々待つのだ!」
「うむ、それも閨教育で教わった。嫌よ嫌よも好きの内、というやつだな?」
「あーれー!」
肉食動物のような素早さだった。
密着すると匂い立つ色気にクラクラする。
口を塞がれ、巨躯に覆い被さられてしまうと、なす術もないのだった。
◇
――――――――――五年後。舞踏会にて。
「アラン殿は大したものだ。草原の民ユータオ王女を完全に手懐けてしまうとはな」
「いや、ただの成り行きですよ」
「御謙遜を。吾輩感服いたしましたぞ!」
最近の私に対する評は大体こんなところだ。
異常に持ち上げられている。
わからなくもないのだ。
私が手配した家庭教師のおかげで、ユータオはいっぱしの貴婦人として振舞えるようになっているし、テイキョウとの交易も徐々に活発化しているからだ。
特にテイキョウ産の精強な馬を所持することは、モールライム貴族におけるステータスにもなっている。
略奪よりリスクが少ないのに、交易によって得られる富はうんと大きいと、ブクトツ英雄王以外の蛮族どもも理解してきたらしい。
初めは不承不承ブクトツ王に従っていた者どもが、今では心服するまでになっているそうな。
ブクトツ王のテイキョウにおける王権が強まるに連れ、婚姻によって結ばれる我がモールライム王国も近隣諸国に重視されてくる。
中でも王女ユータオと夫婦である私は有名人だ。
ただの成り行きで結婚したに過ぎないのに。
またガーディオルス侯爵家領はテイキョウとの交易における宿場町化しているので、大変賑わうようになった。
私は特に何もしてないのに名領主扱いだ。
恐ろしいというか何となく据わりが悪いというか。
私生活においては三人の子に恵まれた。
何だこのよろしくやってるじゃないか、と思うかも知れないが、私にも言い分はあるのだ。
ユータオに言ってみたことがある。
草原の民に父を殺された、だから君相手にはその気になれないのだと。
『つまり義父殿の生まれ変わりを産め、ということだな?』
『えっ?』
また出た。
蛮族特有のパワフルな解釈。
『任せろ。我は義父殿の生まれ変わりのしっかりとした子を産む』
『ち、違うのだ!』
『む? 義母殿の生まれ変わりも産めということか?』
『母上は生きている!』
『何だかよくわからんが、王命のため、テイキョウとモールライムの友好のためにたくさん産め、そういうことだな?』
『あれっ? 理屈としては合っているな』
『ではアラン殿も協力してくれ』
『あーれー!』
『ハハハ、いい声だ。征服欲が高まるなあ。さすがはアラン殿』
だからユータオの巨体に跨られると何もできないんだってば。
引き締まった身体はとてもセクシーだし。
まだ何人か子供は産まれるんじゃないかな。
蛮族どもを父の仇、遺恨深き敵と考えていた時もあった。
それが建設的な考えではないと気付いたのはいつだったか。
テイキョウを重要な隣国と理解はしていても、今もまだ蛮族国家と蔑むモールライムの貴族は多い。
現在のテイキョウは最早昔のような蛮族にあらず、という認識を広めねばならぬ。
陛下は御満悦だ。
私が王女ユータオの夫として十二分の働きをしている。
モールライムとテイキョウの架け橋になっていると。
いや、本当に私は何もしてないんだが。
ユータオにいいようにされているだけ。
また伝え聞くところによると、英雄王ブクトツも私に興味があるらしい。
何故ならユータオが手紙を送っているから。
異民族からの嫁である自分なのに、好きなようにやらせてもらえる。
教育もつけてもらっている。
度量が大きい上に、他人からの評価も高い夫は大したものだと。
いや、だから変に持ち上げるんじゃないよ。
私は状況に流されるだけの凡人だよ。
曲が変わった。
ワルツだな。
「アラン殿、踊ろうではないか」
「うむ」
私とユータオでは歩幅にかなり差があるので、テンポの速い曲だとステップが合わないのだ。
よってワルツのみ踊ることにしている。
実際にはユータオが背筋を駆使しているだけなのに、私が振り回しているように見えるダンスは見る者に驚きを与えるらしい。
アラン殿はすごいと。
違うんだってば。
王命による結婚であり、テイキョウとの友好政策もあった。
また彼女の人懐こい性格のおかげもあったろう。
ユータオはすっかりモールライムの社交界に慣れた。
だが、私の前でだけは淑女の仮面を外す。
天真爛漫で野性的な笑顔を見せるのだ。
これ以上ない完全な政略結婚であったのに、今の夫婦関係は子供の頃に想像していたどんな未来よりも幸せだと言える。
ユータオに一言。
「君のおかげだ」
くしゃくしゃになった笑顔もなかなか魅力的じゃないか。
『君を愛することはない』と伝えた後の新妻がパワフルだった uribou @asobigokoro
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