第44話 戦いのあとで

 ブレイヴロワイヤルのBCS決勝戦ファイナルラウンド、そして勇陽手術が終わった。


 僕たちは2人に勝ったあと、即リタイアした。

 一応3位入賞ということになったが、辞退させてもらった。


 事情を知らない人たちからはさぞ意味不明な行動に見えていただろう。

 ネット上では色々言われているらしい。

 

『なぜあそこでリタイアしたのか?』


『なんで上位入賞したのに辞退した?』


 とSNSでは疑問の声で溢れていた。

 様々な憶測が書かれていて、『ザトーたちと裏取引があったのでは?』と囁かれていた。


 その噂を否定してくれたのは大トロとトラサブローの2人だった。

 もともと彼らは事前に全てを伝えていた。

 僕が本物のユウヒではなかったという事実にはさすがに困惑していたが、事情を話したら納得してくれた。

 『優勝しろよ』と言われていた手前、彼らの期待を裏切ってしまったことは本当に申し訳無いと思っていたのだが、笑って許してくれた。


「本物のユウヒに伝えてくれ。来年こそは優勝しろってな」


「約束だし。お前もまたバトルするし」


 その勇陽だが、しばらく経過観察が必要らしいが手術は無事成功した。

 久しぶりに会った勇陽の両親が泣いて喜んでいるのを見て、委員長も思わず涙ぐんでしまっていた。


 それから2週間後。


 勇陽はまだ手足がまともに動かないので、外に散歩するのには必然的に車椅子が必要になる。


「子供の時は車椅子おもしろそー乗ってみてーって思ったもんだけど、今の俺は自分で進められねーし、どっちかといえばベビーカーに乗せられてる赤ん坊の気分だ」


「贅沢言うんじゃないよ。お前が外出たいって言ったから付き合ってやってんだ」


 僕は病院の外にある散歩道を、勇陽が乗る車椅子を押して歩いていた。

 ずっと外に出たがっていたのだが、なかなかかなわず、経過観察を経てようやく院内限定で外に出る許可が降りたのだ。


「もう少ししたら死ぬほどリハビリだってよ。とっとと治して竹刀を握りって暴れ回りたいもんだぜ」


「……あんまり無茶するなよ?」


 元気がありあまっているのはいいことなのだが、無茶なリハビリをして悪化したりしないかが心配だ。


「おう。元に戻るまで最低半年はかかるって言われたけど、オレが本気を出せば2ヶ月で終わらせてやれるって」


「それを無茶って言うんだバカタレ」


 焦って余計悪くしてしまいそうだ。できるだけ見舞いに来て監視しておくことにしよう。

 ゆっくり治せばいいのに、まったくこいつってやつは。


「心野君! 勇陽さん!」


「おーう胡華」


 バカな話をしていたら、向こうからやってきたのは委員長だ。

 僕の側によって来ると、こそっと耳打ちする。


「心野君。2人をお連れしましたよ」


「ありがとう、委員長」


「私の好感度、上がりました?」


「上がった上がった。今テロテロテロリン、って効果音鳴ってる」


「古いタイプのギャルゲーじゃあるまいし……」


 2人でクスクス笑っていると、勇陽がじっとりとした目でこちらを見ていた。


「お前ら、俺がいない間にそんなに仲良くなってたのか?」


「なんだ勇陽。妬いてるのか?」


「そそそ、そんなんじゃねーよバカ!!!」


 顔を赤くする勇陽を見て、2人でクスクス笑う。


「そんなことより勇陽。お前にお客さんだ」


「……お? おー! 久しぶりだな! 見舞いに来てくれたのか?」


 そこにいたこは、神川刀斬と神川夜月だ。

 2人とも、勇陽の姿を見て絶句していた。

 車椅子に乗せられた勇陽、なんて逆立ちして歩く象ぐらい珍しいから仕方ないが。


「BCS見たぞ。友夏たちもすごかったけど、お前らもまた腕を上げたんだな。次があったら、今度こそオレと勝負しような!」


「お、おう……」


「え、ええ……」


 勇陽の勢いに圧倒されて戸惑っている。

 そんな珍しい2人を見ているのも新鮮で悪くないのさが、ここ幼馴染(一応)として助け舟を出す。


「2人とも、勇陽に言いたいことあるんだろ?」


「ん? なんだ?」


 夜月さんが意を結したように一歩前に出た。


「勇陽さん。私は龍神杯で優勝した」


 夜月さんが初めて優勝した剣道の大会だ。


「お? おお、知ってるけど。おめでとう」


 だがちっとも悔しがる様子を見せず、素直に祝福できる。こいつはこういう奴だ。

 そんな態度に、神川さんも困惑していた。


「でもあなたが出ていたら……きっと優勝したのはあなただったでしょう?」


 勇陽はいやいや、と首を振った。


「あの頃にはもう手足のしびれが酷くて入院してたからな。たとえ出場できたとしてもろくに竹刀も持てなかったぞ」


「そう、なの……でも、誰も私のことなんか認めていない。だからあなたのこと、直接倒さないとって思ってた。でも……」


「言いたいやつには言わせとけよ。高校女子最強はお前のもんだろ。胸張っていけよ。そうしてたらそのうちそんな事言う奴もいなくなるって」


「……勇陽、さん……」


「高校ではもう無理かもしんねぇけど、大学もあるし。なんならゲームでも勝負できっからよ」


 夜月はぷい、と反対を向いてしまった。

 泣いていないといいのだけれど。

 そんな様子を見て今度は勇陽が戸惑っていたので、仕方なく茶化しに入る。


「お前の頭で大学に入れるかどうかが問題だけどな。もうスポーツ推薦は難しそうだし」


「やかましいわ! そこは……なんとかなるだろ。たぶん」


 くすくすと笑いが起きる。

 その後、夜月は僕にこっそりと耳打ちした。


「あの人がモテる理由、わかった気がするわ」


「だろ。困ったヤツなんだよ。……え、まさか惚れた?」


「まさか。勇陽さんはずっと敵。私の目標よ。それに変わりは無いわ」


「そーかい」


 素っ気ない態度だったけど、なんとなく晴れやかな表情をしていたような気がした。


 そして、問題の弟の方。


「赤道勇陽」


「お、おお?」


 刀斬の気持ちを既に知っている勇陽も身構えている。

 こいつついに告白するのか、と思ったのだが。

 彼は突然、勇陽に向かって深く頭を下げた。


「すまなかった」


「……へ? 何が? なんか謝られるようなことあったっけ?」


「俺はお前のことを何もわかっていなかった。ただ俺の都合で、俺より強いお前を求めていただけだった」


「お、おう?」


「今回の件で、俺は自分の未熟さを思い知った。強者の隣に立つべきは強者だけ……そう思っていた。俺の隣に立つべきは赤道勇陽しかおらず、俺を理解してくれるのは赤道勇陽だけだと。だが、お前の親友に教えられた。資格なんかなくてもいい。ただそこに在りたいと思う気持ちが一番大事なのだとな」


 勇陽は彼の言葉を黙って聞いていたが、まじめくさった顔をして頷いた。


「難しいことで悩んでたんだな。よくわからんけど、気にするなよ」


「お前本当は何もわかってないだろ?」


 こいつにはもっと直接的な言い方をしないと伝わらないだろうが、正直説明するのは面倒だ。


「うるせーな! ともかく、2人とも。今日は来てくれてありがとな! またいつか勝負しようぜ!」


 その言葉に、2人ともどこか満足気だった。

 帰り際、刀斬に話しかける。


「こいつに告白しなくてよかったのか?」


 勇陽を指さしながらそう言うと、『おい何言ってんだ』、と勇陽が車椅子の上で慌てている。

 刀斬は真面目腐った顔で、


「返事は分かり切っている。……なんせ、顔がタイプじゃないらしいからな」


 勇陽はしばらくぽかんとアホ面をしていたが、突然顔を真っ赤にしてこちらを振り返って怒鳴りだした。


「おいコラァ友夏!! そのままドストレートに伝えるヤツがあるか!! そういうのはもうちょっとやんわりとオブラートに包むもんだろうが!!」


「やだよ。なんで僕がそんな気を使わないといけないのさ」


「お前なぁ!!」


 病院の中庭で、そこだけ花が咲いたように笑いに包まれたのだった。

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