第43話 戦いの終わり

「ぎゃあ!!」


「な、なんだ!?」


 突然、4人のうち前衛を務めていた2人が吹き飛ばされた。


「バカがっ!!」


「目の前でこんなことされて、私たちが黙っていられるとでも?」


 ザトーとルーナの2人が、割って入ってきたのだ。


「……なんで逃げなかったんだよ」


 こっちはそのために時間を稼いでいたんだぞ。

 ルーナはそんな僕たちをバカにしたように鼻で笑った。


「冗談きついわ。あなた達に助けられて勝ったとしても私達が喜ぶと思う? 私たちはあなた達を倒して、それからこの大会で優勝する。そうじゃないと意味がないのよ!」


 ザトーがその言葉に頷いて、にやりと笑う。


「ルーナの言う通りだ。お前たちのような弱者に助けられて勝ち進むなど、あってはならん。……下がっていろ。面白いものを見せてやる」


「ちょ、ちょっと! まさかあれをやる気!?あれはゲームを決める時用でしょ!?


「この場を切り抜けなければ、そんな機会は永遠に訪れない」


「それは、そうかもしれないけど……!」


「貴様ら。俺たちの決闘を邪魔したこと、後悔させてやるからな……『屍咆哮デッド・ハウリング』!!」


 彼女の制止も聞かず前に踊り出ると、スキル名を叫んだ。

 途端、地面から影のような黒いオーラが湧き出て体全体を包んだ。


「ぎゃああ!!」


「わああああ!!!」


 どす黒い獣のようなシルエットになったザトーが、4人相手に縦横無尽に駆け回り、切り裂いている。


 相手も必死に対抗しようとしているが、そのスピードに翻弄されている。


「なんだあれ。無茶苦茶なスキルだな」


「でも、彼の体力が……」


 よく見ると元々少なかったHPが1ドット分しか残っていない。

 どうやら体力を代償に強化するバフスキルのようだ。


 リプレイ動画でも、ザトーがこのスキルを使ったところを見たがない。

 ずっと隠していた、まさに奥の手というわけだ。


 一度やられたらその時点で終わりだというのに、こんなリスキーなスキルを使うとは。


「イカれてるなぁ……」


勇陽さんと友ちゃんあなた達には言われたくないと思うわ」


 しみじみとつぶやいたら、ルーナに冷静につっこまれてしまった。

 確かに似たようなスキルトワイライトゾーンを使っていたが、あれを設定したのは勇陽だ。僕は関係ないぞ。


 気づいたら、乱入者4人は全て倒れていて、みんな光の粒子へと変わっていった。


「はぁ、はぁ……徒党を組めば俺を倒せると思ったか? 雑魚が。粋がるな」


「とはいえ、君も満身創痍に見えるけどね」


「お前たちもな」


 ルーナだけ若干余裕があるが、それ以外全員、体力は残りわずか。

 1発でもまともに食らったらそれだけでダウンだ。


「またいつさっきの連中みたいなのが来るかわからない。さっさとケリをつけてしまおう」


「ああ、同感だ……全力で来い」


 極限状態で第2ラウンド開始だ。

 しかも今度は擬似タイマンの形じゃない。

 ルーナが前に立ち、体力が一番少ないザトーを庇いながら戦っている。

 そして僕たちも盾を構えたユウヒが前、カナホが後ろと前衛後衛に別れている。

 このゲームの基本的なチーム戦の形になったのだ。


「はぁ!!」


「させん!!」

 

 ザトーもルーナがこちらに狙われた瞬間、前に出て牽制してすぐにさがる。ややぎこちないが、きっちりと連携してきている。

 さすがは姉弟と言ったところか。


「やるじゃないか! やろうと思えばまともに2対2ができるんだな!」


「黙れ。こんなことで俺たちが変わったと思うなよ。赤道勇陽は、何があってもまた俺の前に立ち塞がるだろう。その時、俺はあいつを超える!! そのためにも、貴様らに負けるわけにはいかない!!」


「ええ。あなた達に勝つためだったら、普段の戦い方を捨てて戦うことも厭わないわ」


「いいんじゃない? でも、付け焼き刃の連携で僕たちに勝てるかな!?」


「勝つわよ!! 『封火折月ふうかせつげつ』!!」


 ルーナのスキルによる広範囲攻撃。それを見てカナホが動いた。


「『バインド』!!」


 これまでルーナの動きを止めるために何度も使ったスキル。だが対象は彼女じゃない。


「むっ!!」


 狙いはルーナのスキルに合わせて前に出ようとしていたザトーだ。

 だが、咄嗟に範囲外に出て回避される。

 

 しかし、それでも別に構わない。


「だあっ!!」


 ルーナの攻撃を正面から盾で受け止め、


「『サンセットブレイカー改』!!!」


 すかさずスキルで攻撃する。

 遠くに避けたザトーはカバーに入れない。


「ぐはっ!!」


 結果、ルーナの頭からモロにスキルの攻撃が入った。これで彼女も、次食らえばアウトな圏内。


「これが、2本目だ」


 以前の練習試合は僕が1本取ったところで中断された。

 ようやく、その決着がつけられたわけだ。


 だが、彼女は目をギラギラさせて剣を構えると、再び突進してきた。


「……借りは、ちゃんと返すわ……今からでもね!!」


「思っていた100倍負けず嫌いだよこの子!」


 さらに激しくなったルーナの攻撃をかわしていたら、カナホがそっと笑いかけてきた。


「楽しそうですね」


「ああ、楽しい」


 剣を振っていて、ゲームをしていて。

 こんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない。


 いつも楽しそうに試合していた勇陽の気持ちが、ようやくわかったかもしれない。


「だとしたら、お前も俺たちと同じ。戦闘狂だ」


「言ってくれるね!」


 一番HPの低いザトーは、ルーナのカバーに入る時以外は動かないでいた。

 だがその彼が突然大きく踏み込み、こちらに向かって斬りかかってきた。


 ……ふりをした。


「何だって!?」


 一瞬で察する。これはフェイクだ。

 本命はザトーではない。


「だああああああ!!! 『鹿跳封月かちょうふうげつ』!!!」


 ルーナがザトーの影から突進してくる。

 これは、まずい。防御が間に合わない。


「あとは任せました」


 そう思った時。カナホが僕を庇うように前に立った。


「はああああああ!!! 『ルージュフルール』!!!」


 ルーナの攻撃をまともに受けるにも構わず、スキルを叩き込む。

 もうお互いに攻撃を避けることもできない。

 流れ星のような突撃と赤い連撃が混じり合う。

 ただ、渾身の力を込めて剣を振るのみだ。


 全ての攻撃エフェクトが終わった時、2人のHP尽きていた。


「言っておくけど……次は、私が勝つから」


「……私だって、もう負けませんから」


 フラフラになりながら、お互いに悪態をつく。


『ルーナを撃破!!』


『カナホ、撤退!!』


 そして同時に地面に倒れ、相打ちとなり光の粒子になって消える。

 最後は2人とも笑っていたように見えた。


「カナホ……」


「余所見をしている余裕などないだろうがっ!!」


 だがどうやら、感傷に浸る時間はくれないようだ。

 まったく遠慮のないザトーの斬撃を紙一重でかわす。


「俺にとって、人生の最大の障壁は貴様だ!!」


「恋敵だからかい?」


 そうおどけて言うと、声をあげて笑い出した。


「赤道勇陽は関係ない。心野友夏!! 俺はお前を倒したい!!」


 この男に初めて名前を呼ばれた。

 というか覚えていたことに驚きだ。


「ようやく敵だと認めてくれたか。そりゃ嬉しいね!」


「ああ。こんな戦い、くだらないと思っていたが、貴様を倒すことができれば、俺はさらに高みにのぼることができるだろう!!」


「残念だ! 期待には応えられそうにない!! 僕が勝つからね!!」


 そうだ。勝つんだ。

 勇陽のため。委員長のため。

 そして僕のために!!


「『サンセットブレイカー改』!!!」


「『覇断』!!」


 ザトーのHPゲージは先程の乱入者との戦いの後からずっと1ミリぐらいしかない。

 剣先が僅かにかすったとしても倒れるような体力だ。

 だというのに、これまでの攻防でそれすら削ることができていない。


 さっきまではルーナに守られていたからだが、今は違う。

 逃げ回っているわけでもない。

 こちらに当たれば致命傷になる斬撃が絶え間なく飛んできている。

 これは圧倒的な戦いのセンス。

 これが勇陽に極めて近い男。神川刀斬の真骨頂。


 まるで死の綱渡りを楽しんでいるようだ。


「はっ、はっ、はっ、はははっ!!! 楽しいなぁ!! 心野友夏!!」


 息を切らしながら、笑っている。


「ああ、まったくだ!!」


 その時、エリア縮小アラートが鳴った。

 確認すると、残っているプレイヤー数は4人。

 僕とザトーを除けば2人ということになる。


 残ったプレイヤーも、さっきの乱入者と同じようにいずれここに来るだろう。

 それまでに終わらせないといけない。

 ザトーもそのことがわかっているようだ。


「そろそろ楽しい時間は終わりのようだな」


「ああ。長すぎたぐらいだからね」


 お互い、剣を構える。

 次の一撃で決まる。


「貴様も全力で来い。いくぞ……『屍咆哮デッド・ハウリング』!!」


 再び、どす黒いオーラがザトーを包み込む。

 この状態のザトーは、1対4でも敵を圧倒していた。

 今回相対するのは僕1人。

 それでも。負けるわけにはいかない。

 こちらも、全力で行く。


「『サンライズゾーン』!!」


 僕の体が太陽のように輝き出す。


 これが僕の、最後のスキル。

 ユウヒのトワイライトゾーンを、僕が改良した。

 勇陽と僕、2人のスキルだ。

 速さも、攻撃力も、防御力も一時的に増加するが、その分1試合1度きりの制限がある。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


「はああああああああああ!!!!」


 極限の速さの世界で、互いの刃が幾度も幾度も交わり、鈍い音を立てる。目の前に映るのは白い光と黒いオーラだけ。

 僕らはただ、気持ちと気持ちをぶつけ合うだけの生き物と化していた。

 もはやどちらがより勝ちたいか。それだけの勝負だ。

 

「だぁぁぁぁぁ!!!」

 

 獣のような叫び声が聞こえた瞬間、目の前が黒いオーラに包み込まれる。

 すると、ザトーの剣が首元まで迫っていた。

 突然世界がスローモーションになったように感じた。

 頭は驚くほど冷静で、ああ、自分は負けるんだと思った。


 目を閉じて、敗北を受け入れようとしたその時。


『ぜってー諦めるな!! 友夏!!!』


 親友の声が聞こえた気がした。

 時間的に今ごろあいつは手術中なはずだ。

 失敗したら、もう歩けない。剣も握れない。

 でも、諦めずに戦ってる。


 なのに、僕が諦めてどうする?


「……諦めて……たまるかああああああああ!!!!」


 ただ、まっすぐと。剣を突き立てた。


 お互いのスキルの効果が終わった時。

 僕の首元まで1cmのところで刃が止まっていた。

 そしてザトーの体には、僕の剣が突き刺さっていた。


「……そうか。負けるとは、こういう気持ちだったな」


「君もたまには味わったほうがいい。僕なんかそれがしょっちゅうだったんだから」


「最悪の気分だが……新鮮な気持ちだ」


 彼は不思議と満足気だった。

 そして、これは絶対に言おうと思っていたんだった。


「そうだ。勇陽からの伝言を伝え忘れていた」


「……聞こう」


「悪いけど、君の顔は全然タイプじゃないらしい」


 しばらく黙っていたが。

 やがて。


「……くくく。そうか。ならば、仕方ない、か」


『ザトーを撃破!!』


 彼は笑いながら倒れていき、そのまま光となって消えた。

 これで、僕の”ユウヒ”としての戦いは終わったのだった。

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