第42話 約束
死角から現れたカナホのスキルをモロに食らい、ザトーのHPは残り3割ほどになった。
ザトーの怒りは彼女と対峙していたはずのルーナに向けられる。
「おいルーナ!! 何をやっている!? なぜこの女がこっちにきているんだ!?」
「ちょっと足止めされただけよ! あんたこそ何油断してるのよ!」
僕たちはずっとタイミングを計っていた。
1対1であることを意識させ、敵2人が目の前の相手だけしか目に入らないようにした。
そしてザトーを動揺させ、注意力を落とさせる。
あとはタイミングを合わせてカナホが『バインド』でルーナを足止めし、すかさずザトーに『ルージュフルール』を当てる。
要するに僕は囮だ。
より高い攻撃力を持つザトーを挑発し、隙をさらさせるための。
「今まで1人でしか戦ってこなかった君たちにはわからないだろうな」
彼らは現実でもゲームでも1対1、もしくは1対多数で戦ってきた。
相方とのチームワークなんて、できるはずもない。
意識が1対1に持っていかれた時点で、彼らの負けだ。
「ふざけるな!! 何が『自分らしい戦い方』だ! 俺を挑発し、不意をつかないと戦えない奴が!! そんな奴が赤道勇陽の横にいるだと!? ふざけるのも大概にしろ!!」
ザトーにそう吠えられ、肩をすくめた。
「剣道なら速攻で反則負けだけどね。ここでは違う。君は卑怯だと言うかもしれないけど、これが僕の戦い方さ。ずる賢さと口の悪さなら、勇陽にだって余裕で勝てる」
「小物ね。友ちゃんは」
「別に僕は小物でいいさ。その分、勇陽が大物だからね」
足して2で割ったらちょうどよくなる。
無理に僕が勇陽みたいになる必要はない。
僕が足りない分はあいつが助ける。あいつが足りない分は僕が助ける。
僕たちはたぶん、それでいいんだ。
「クソがっ!! 言っておくが、この程度では終わらんぞ!!」
「ええ。私だってまだやれる!」
2人は若干ふらつきながらも、再び立ち上がってきた。
ちらっと横にいる相棒を確認する。
「カナホ。大丈夫?」
「え、ええ……もちろん」
さすがにルーナのような強豪プレイヤーとずっとタイマンしていたんだ。彼女にも疲れが見えた。
「相手は後が無くなってきている。ここが踏ん張りどころだよ!」
「ええ!」
4人が再び剣を構え、お互いに飛びかかろうとした。
その時だった。
僕たち以外からの殺気を強く感じたのは。
「『フレイムアロー』!!」
「『スパークボルト』!!」
気づいた瞬間、体が動いていた。
ザトーの目の前で両手を広げて、本来彼に飛ぶはずだった魔法を、全て受け止める。
「ぐはっ!!」
「な、何!?」
「なんで!?」
「っ!! 心野君!!」
ザトーとルーナは驚きのあまり硬直し、カナホは慌てて駆け寄ってきた。
攻撃の飛んできた方を見ると、4人のプレイヤーが部屋の入口付近に立っていた。
彼らが遠距離から矢や魔法でザトーを攻撃してきたのだ。
そして狙われた本人は、信じられないものを見る目をしていた。
「……なぜ庇った」
「……さあ、なんでだろうな」
自分でもよくわからない。
まったく僕らしくない行動だ。
あのまま放っておけば、ザトーはやられていた。
そうなったら実質僕たちの勝ちだ。
だというのに咄嗟に庇ってしまった。
ともかく、理由はあとだ。
乱入者たちに声をかける。
「そっちの目的は? この2人?」
ザトーとルーナの方を指さしながらそう尋ねた。
当然だが、侵入者たちは全員ランキング上位者。一筋縄ではいかない連中だ。
そんな奴らが、徒党を組んでザトーを攻撃したのだ。
「ああ、そいつらを片付けるまで一時的に共闘することになった」
やっぱりか。
攻撃が全てザトーを狙ったものだったからな。
「どこにいるかと思えば、こんな奥にいたとはな。探してもなかなか見つからないはずだぜ」
「いつもはフィールドを走り回ってゲームを荒らしまくってるくせに、なんでこんなところで一騎討ちしてんだ?」
「……」
尋ねられたザトーだが、質問に答えるつもりはないようだ。
まったく、異様な状況だ。
もともとこのキャッスルステージは複雑で広大ななので普通より長期戦になりやすいのだが、対戦開始から20分を過ぎて残りプレイヤー数は12人。
うち8人がこの狭いエリアにいる。
おそらく他のプレイヤーはみんなかなり慎重に動いているのだろう。
そろそろエリアに余裕は無くなってくるとはいえ、こんな狭いところに総プレイヤーの半分が集まって対峙しているとは。
「なんでザトーとルーナを狙ってるにか、理由を聞いても?」
このままでは話が進みそうになかったので、代表して尋ねてみた。
「今までそいつらに不意打ちでやられまくってるからな。逆に言えばその二人さえ倒しちまえば、それだけで危険は減る」
「こんな大事な大会で事故負けなんてしたくねーしな」
「……ふん」
「頭の悪い連中が考えそうなことね」
2人は心底バカにしたような目で彼らを見ていた。
「はっきり言って、そいつらはこのゲームの癌だ。2人チーム戦を否定した戦い方しかしていない。そんな奴らが勝つのは、このゲームへの冒涜だ。俺たち真っ当なプレイヤーは、こいつらを絶対に勝たせるわけにいかないのさ」
「勝手なこと言ってるよ。自分たちが勝ちたいだけのくせに」
ボソッと呟いたら、ギロリと睨みつけられた。
「どけよユウヒ。そいつらを庇う義理なんかないだろ?」
「うん、まぁ、確かに無いんだけど」
この2人は敵。倒さないといけない相手だ。
「させないわよ。言っとくけどあんた達4人ぐらい、私1人でも……!」
「貴様らごとき、多少体力が削られていても関係ない」
2人が剣を構えて応戦しようとするが、手を広げて制止する。
皆訝しげな顔でこちらを見ていたが、それには構わず、一歩前に出ると、彼らに向かって頭を下げた。
「頼む、邪魔しないでくれ。僕たちはこの2人と決着を付けないといけないんだ」
乱入者たちも、それからザトーとルーナもあっけにとられた様子だった。
「はぁ? 何言ってるんだ? わかってるのか? 今はBCSのファイナルだぞ!? このゲーム最大の大勝負なんだぞ!? どんな事情があるか知らないが、俺たちには何の関係もないだろうが!!」
「それはわかってる。でも、大事なことなんだ」
「お願いします!」
カナホも同じように頭を下げる。
彼らはお互い顔を見合わせていたが、僕らの態度に業を煮やしたのか、一斉に武器を向けてきた。
「もういい。ユウヒたちからやってしまおう。どうせザトーは手負いだ! 4対4でもこっち側が有利だ!」
4人がそれぞれ武器を構え、一斉に僕に攻撃を繰り出してきた。
1人目の剣を弾き、2人目の槍を避け、3人目の弓をはたき落とす。
「頼むっ!! ここは退いてくれ!!」
「退くわけねぇだろうが!!」
懇願するも、彼らは聞き入れてくれるはずもなかった。
4人目の炎魔法が頬を掠める。
剣が、魔法が、恐ろしい密度で飛んでくる。
さすがに全てを防ぎ切ることなんかできない。
「させません!!」
カナホも前に出て、剣を振って必死に敵の攻撃を受けてくれた。
だが、それでも2対4。人数差はどうしようもない。
ひたすら攻撃を受けとめて、回避する。
それしか僕たちにできることはない。
「なんで反撃しないのよ!」
そうしていると、後ろにいたルーナがそう叫んだ。
ちょっとだけ振り返って笑う。
「それをすると、君たちとの約束を破ることになるだろ」
「……なっ!!」
「カナホも、絶対に攻撃しちゃダメだよ」
「わかってます!」
戦うのはザトーとルーナの2人相手だけ。
他のプレイヤーを攻撃するのは約束を反故することになる。
自分たちのために約束を破れ、なんて言うような人たちじゃない。
正々堂々、公平な勝負で勝つことを求めている。
だが。ここら辺が限界か。
「君たちは逃げろ!」
「何を!?」
「ここは僕らが抑える!!」
「何言ってるのよ! なんであなた達がそんな事を!!」
「僕は真っ当なプレイヤーじゃないからね。どっちかが残るとしたら君たちだ」
「それは……!!」
彼らと決着をつけたかったのだけれど、もうそれを許してくれるような状況じゃない。
こうなった時、僕たちは彼らを守るとあらかじめ決めていた。
元はと言えば僕と勇陽のわがままなのだから。
「きゃあっ!!」
「カナホ!!」
カナホが魔法をまともに食らい、吹き飛ばされ。
僕も盾で防ぎきれず、次第に体力が削られていく。
「いったい何がしたいんだ? コイツらは」
「なんでザトーとルーナを庇ってるんだ?」
「なんか汚い取引でもあったんじゃないか?」
彼らは戸惑いつつも、攻撃をゆるめたりはしない。
まったく。これじゃあ、無駄死にだ。
「敵を助けて死ぬ、か。こんなの、僕のガラじゃ無いと思うんだけどな。勇陽の悪いところに影響されちまったかな」
「勇陽さんは、もうあなたの一部みたいなものなんですから」
「……そっか」
そうかもしれない。
人と人は、互いに影響しあう。
あいつとは子供の時から一緒なんだ。
きっと僕は勇陽に変えられた。
いや、勇陽だけじゃない。
委員長や師匠や、それに神川姉弟にだって影響されている。
彼らがあって、今の僕ができている。
これが本当の自分らしさなんだろう。
そのことに、ようやく気づけた。
「付き合わせて悪いな、委員長」
彼女は黙って手を重ねてきた。
「気にしないでください。惚れた弱みですから」
「いやそれ逆に気にするって」
もう体力もわずか。どうやら僕たちの戦いも、ここで終わりのようだ。
立ち尽くす僕に向かって、剣が振り下ろされた。
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