第39話 胡華と勇陽
「よくもやってくれたな。胡華」
「……ごめんなさい」
心野君と勇陽さんが再会したあと。
面会時間は過ぎていたけど、無理を言ってちょっとだけ2人で話す時間を貰いました。
「黙ってるって約束だったよな?」
「……」
勇陽さんに怖い顔で詰め寄られてしまっては何も言えません。
ふぅ、とため息を吐いたと思うと。
「ありがとな」
「え?」
予想外の言葉に驚いていると、勇陽さんはちょっと恥ずかしそうに笑いかけてくれました。
「オレだけだったら、どうしても意地と見栄張って友夏に会えなかったと思う。ちゃんとあいつと話すことができたのは、胡華のおかげだ。本当にありがとな」
約束を破った私はもう友達ではいられない、そう思っていたのに。
涙がこぼれ落ちそうになるのを必死に堪えていました。
「よかったです。2人がまた一緒にいられるなら、私はそれで……」
「……なぁ。胡華はそれでいいのか?」
「え?」
「えっと、なんつーか……」
珍しく言葉に詰まっている様子でしたが、意を決したように私の目を見て、
「胡華。オレ、たぶん友夏が好きだ」
その言葉に、かつてない衝撃を受けました。
「自分から離れといてなんだけど……ずっとあいつに会いたかった。離れてるのが辛かった。今日あいつに会えて嬉しかったよ。体がすっと軽くなった。ずっと一緒にいたいって思った。これ、たぶんあいちのこと好きってことなんだと思うんだよ」
勇陽さんの突然の告白に絶句してしまいました。
「……と、とてもお似合いだと思いますよ! 私、応援しますから!」
精いっぱい、自分の気持ちを押し殺してそう言いました。
少し顔が引きつっていたかもしれませんが。
「でも、胡華も友夏のこと好きなんだろ?」
「……それ、は」
茶化している様子なんて一切無い真剣な表情でそう言われ、またしても言葉に詰まってしまいました。
この人には気づかれないように気をつけていたつもりだったのに。野生のカンというやつでしょうか。
「てか胡華の好みって『王子様みたいなタイプ』じゃなかったっけ? あいつが王子様って柄か?」
「い、いいじゃないですか! 彼は私がピンチの時にいつも助けてくれるんですよ! 私にとっては王子様なんです!」
私が必死に反論すると、ほれみろ、と言いたげに笑っていました。
「顔真っ赤だぞ」
「だいたい……私じゃ、勇陽さんには勝てませんよ」
「へ、なんで? 胡華の方が可愛いじゃん」
この人はこういうことを真顔で言うから困るのです。
「だって、お2人は幼馴染で……お互いのことをとても大切に思ってます。間に割って入るようなこと、私にはできません。私は、お2人のサポートさえできたら、それでいいんです」
「胡華はなんでそんなサポートサポートって言ってるんだ? 自分のことはいいのかよ」
「私は、私のことなんてどうでもいいんです」
私は自分が嫌いですから。
「あのさ。言っとくけど、オレも友夏も、胡華が思っている以上に胡華のこと好きだからな?」
「……え?」
「オレにとっちゃ同性のまともな友達初めてだし。友夏だってオレ以外にまともに話すやついないし。宿題見せてくれるし、練習も放課後の遊びも付き合ってくれるし。オレたちが離れてる間、ずっとオレたちに寄り添ってくれたし。引き合わせてくれたし。オレも友夏も死ぬほど感謝してるんだぞ。どうでもいいなんて言うなよ」
心野君も、前に同じことを言ってくれました。
どうでもよくなんてない、大事な友達だと。
なんだかんだ言って、やっぱり2人は似た者同士。
2人の言葉が、どれだけ私を救ってくれたことでしょう。
「オレに遠慮するなって。それに決めつけもするな。友夏が誰を選ぶかなんてわかんねぇ。オレでも胡華でもない別の女の子かもしれねぇ」
「そ、そんなこと、ないと思いますけど……」
「てかあいつ絶対にオレのこと女として見てねーぞ」
「そ、それは」
こればっかりは否定できませんでした。
「髪伸びてちょっとは女らしくなったかと思ったんだけどなぁ……」
彼女の髪は入院してから半年間まともに切っていないので、伸び放題でボサボサ。
女らしいというよりは洗ってない犬みたいな風体でしたけど、さすがにそれは言わないでおきました。
「今度、きちんと整えてあげますよ」
「おお、そりゃ助かるわ。……ともかく、もっと自分に素直になれよ。それでオレたちはお前のこと嫌いになったりしねぇって」
やっとできた友達。勇陽さんと心野君。
2人とも大好きで、とても大事で。嫌われたくなかった。
私が間に入ることで関係性が変わってしまうかもしれないと思うと怖かった。
でも、今わかりました。何があっても変わらないと。
私が間に入ったぐらいじゃ、2人の絆はびくともしないでしょう。
「いいんですか? 私が素直になって、心野君と彼に気持ちを伝えてしまったとしても」
「いいに決まってんじゃん。じゃあ、勝負だな。どっちが先に友夏を落とすか」
「わかりました。私、手加減しませんから」
「ああ。正々堂々勝負な! だけどその前に」
勇陽さんはにやりと笑うと、拳を突き出した。
「あいつの手助けしてやってくれ。ユウヒ《あいつ》が勝つには、カナホのサポートが必要なんだからな」
「ええ!」
夕焼けをバックに、私たちは勝負を誓い、拳を重ね合わせたのでした。
───
私は、負けられない。
勇陽さんという強大な相手に立ち向かわないといけないんですから。
ルーナさん相手に負けるわけにはいきません。
「ずっとあの人に敵うはずないって思ってました。でも、心野君も変わったんです。自分の気持ちに嘘をつかないで、真っ直ぐ戦うことを選んだんです。だから決めました。私は逃げません。私も戦います! 勇陽さんに勝ってみせます!!」
私のその宣言を聞き、彼女は呆れたような冷たい目で見ていました。
「言っておくけど、私はあなたのような色ボケとは違うわ」
「そうですね。人を好きになったことも無い人には、わからないことかもしれません」
「言うじゃない!! 私を惚れさせるような男がいるのなら、紹介して欲しいぐらいよっ!!」
「紹介しましょうか? サッカー部のエースの方とか、全国模試で10位を取った方とか」
「冗談! 私が好きなのは、私より強い男だけよ!! そんな奴、そうそういないんだから!!」
今の心野君ならきっと。
そう言いかけたのですが、やめとおきました。
これ以上ライバルを増やすのはごめんですから。
「はああああああ!!」
「くっ!!」
彼女がスキルを使ったタイミングで『バインド』を唱えればいつでも無力化できます。
そうなるとお互いスキルに頼らない、己の剣でのみの戦いになります。
唯一彼女が使えるタイミングがあるとすれば、こちらが『ルージュフルール』を使っている間の硬直時間なので、私も実質使えないのと同じ。
そうなると物を言うのは、センスと経験。
センスは向こうの方がありますが、経験なら負けていません。
「……5年間やっていたというのは嘘じゃないみたいね。認めるわ」
「やっと認めていただけて、嬉しいですよ」
「思えばあなたは、サポートとしてずっと的確なタイミングで魔法を使ったり味方を庇ったりしていた。ユウヒさんの実力があまりに派手だったから隠れ蓑になっていたけれど……戦況把握能力や知識は人並み以上だったわけね」
『カナホ』を作るより以前、私はずっと
とはいえ、大会に出たことはありません。実績と呼べるものは過去にランキングで100位ぐらいになったことがあるぐらいです。
勇陽さんや神川姉弟のような圧倒的な戦いの才能もない、普通のプレイヤーです。
それでも、2000時間を超える経験は嘘をつきません。
何万回も戦いの場に降り立ち、勝ちと負けを繰り返して得た物が、私の武器です。
「つまらない相手だと思ってたけど、やっと面白くなってきたわ。勇陽さん以外にこんな事を思う時が来るなんてね……この世界では、だけど」
現実では絶対に負けない、と言いたそうなあたりが本当に負けず嫌いだと思いますが。
「あなたほどの実力者が、どうして大会に出たことがなかったのかしら?」
痛いところを突かれ、ばつが悪くてちょっと目を逸らしました。
「一緒にプレイする友達がいなかったもので……」
「……友達、紹介しましょうか?」
彼女は同情するような、微妙な顔をしていました。
大きなお世話です。
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