第38話 女の戦い

 剣道において、突きは面や胴と比べると、打突部位が他と比べ極端に狭く小さい。

 つまりは、試合で決めることは非常に難しいのだ。

 中学では禁止されていて、高校から解禁となることもあって、他と比べて練習不足になりがちだ。


 だからもちろん僕は彼女にそんなもの教えていない。

 まず面や胴といった基本が完璧になってから、と思っていたのだが、勇陽が面白がって教えたのだ。

 おかげで教育方針の違いでちょっとした喧嘩になったのだが、それはともかく。


 どういうわけか、彼女は突きがうまかった。

 相手の喉仏を正確に針を通すように突く集中力と器用さ。それは勇陽にも僕にもない、彼女の強みだった。

 ひょっとしたら剣道よりフェンシングをやっていた方が良かったのではないか?とまで思わせられた。

 ただ初心者が無暗に突きを使うと相手を怪我させる可能性もあるので、できるだけ使わないように、と釘を刺していた。

 彼女はずっと律儀にそれを守り、今でもほとんど使うことはない。


 だがここはゲーム。そんな心配は無用だ。


「はああああああああああ!! 『ルージュフルール』!!」


「っ!!」


 五連続で放たれる怒涛の突き。

 スピードも、威力も凄まじいものがある。


「『鹿跳封月かちょうふうげつ』!!』


 それを紙一重でかわすルーナのスキルは、ぴょんぴょん飛び回りながら突進する技。

 瞬間的にだが『トワイライトゾーン』発動時と同じくらいの速さだろう。避けるのは非常に困難なはずだ。


「させませんっ!!」


 だが、カナホはルーナの突進の方向に合わせて剣を突き出した。


「ッ!!」


 突っ込みながらわずかに体を反らたが、剣先が上半身をかすっていた。


「驚いたわ。どうして私が突っ込む方向がわかったのかしら?」


「移動を伴うスキルには、ある程度パターンがあります。たとえオリジナルスキルであっても。スキルの強さは一定になるようになっているのですから」


 カナホは前もって何度もリプレイ動画を見て、彼女のスキルを分析していた。

 そしてその対抗策もしっかり考えていたのだ。


「今のは3回方向転換しながらジャンプして突進する技ですよね。だとすると、それぞれの方向転換の角度は30度が限界です。スキルの出始めさえわかっていれば、突進してくる角度はある程度わかります」


 さすがのルーナも、これには驚いた顔になった。


「やるじゃない。『数百回やっても負ける気がしない』、じゃなくて『数十回やっても』、に訂正してあげるわ」


「またすぐに訂正してもらうことになりますよ」


「生意気ね。そういえば、ですぅですぅと痛い口癖はやめたのかしら?」


 挑発するような言葉だったが、カナホは冷静だった。


「ええ、本来『カナホ』はそういう設定でした。サポート専門で、子供っぽくて甘えん坊な性格。勇陽さんと心野君、2人の『ユウヒ様』を手助けするためだけに作ったキャラクターです」


「……何を言っているの?」


「わからなくていいことです。ルーナさん。あなたはこの『ブレイブロワイヤル』を始めて2年ぐらいですよね」


「ええ。よく知ってるわね」


「私は、5年前からこのゲームをプレイしています」


 その言葉にルーナは目を丸くする。

 5年前と言えば『ブレイブロワイヤル』がリリースされたばかり。つまり彼女は最初期からプレイしている古参プレイヤーなのだ。


「今まで『ドリームウォーカー』で色々なゲームをしてきましたが、実はこのゲームが一番プレイ時間が長いんですよ」


「だからなんだって言うの?」


 明らかにイライラしたような口調になっている。


「私には5年間分の知識があります。経験があります。現実で剣を振った数はあなたの方が多いでしょうけど……この世界での戦いなら、私の方が上です!!」


 僕もそのことを始めて聞いた時、滅茶苦茶驚いたものだ。

 だが、言われてみれば彼女の知識に何度も助けられた。

 もし彼女が、その知識をサポートではなく相手を倒すことに活かせたら。


「だったら、私に勝ってみなさい! 『封火折月ふうかせつげつ』!!」


 ルーナのもう一つのスキルだ。高速で移動しながら横一閃に薙ぎ払う、ダメージ重視の技。

 以前よりも耐久を落としているカナホがあれを食らったら大ダメージは免れない。

 だがしかし。


「『バインド』!!」


「なっ!!」


 光の紐のようなものがルーナの足元に現れ、下半身を絡めとる。

 わずかな時間だが移動を封じる魔法だ。


 移動を伴うスキルは、足を止められると中断され、不発に終わる。

 ルーナのスキルは2つとも移動と攻撃を行う技だ。

 スキルの出始めに『バインド』で足を止めれば完全に封じることができる。


「こんなもの! ただの汎用スキルじゃない!」


「汎用スキルも意外とバカにしたものではないですよ。ゲームの基本が詰まってますから」


 カナホの攻撃タイプのオリジナルスキル、『ルージュフルール』は高威力な分、再使用までの待ち時間が長い。

 だから、その時間を稼ぐために、2つ目のスキルは汎用スキルではあるが使い勝手のいい『バインド』を選択したのだ。


「くだらない!! スキルなんか使わなくても、あなたごとき倒せる!! 私の目的はただ一つ。勇陽さんを倒すことのみなんだから!!」


「なぜそこまであの人にこだわるんですか? ……本当はあなたも勇陽さんが好きなんじゃないですか?」


「まさか。私はザトーとは違う!! 私はあの人が憎い。殺したいと思うほど!!」


 あまりの言葉に、僕もカナホもぎょっとする。


「私にとって、勇陽あの人は超えないといけない壁なのよ! あの赤道勇陽は、中学でも高校でも女子剣道最強と言われていた。どんな大会に出ても、あの人が優勝。私はよくて準優勝。あの人がいる限り、私はいつまでたっても2番手なのよ!!」


 彼女は狂気と、悲しみと、憎しみ、悔しさ。

 そんな感情が複雑に入り混じった表情をしていた。


「あの人がいなければいいと何度考えたことか!! でも実際にあの人がいない大会で優勝して、私が一番だって胸を張って言えると思う? 優勝トロフィーを素直に受け取れると思う? 私があの時手に入れたのは、”虚”だけ。『赤道勇陽がいなかったから優勝できたんだ』って、皆が思っている。そんなこと、我慢できるわけないじゃ無い!」


「……っ!! 『バインド』!!」


 勢いよく斬りかかろうとしたルーナの足が止められる。


「小賢しい!!」


「……あなた、私と似ていますね」


「何ですって?」


「私も、勇陽さんがいる限り絶対に一番になれない。ずっとそう思ってました」


 カナホもまた、自嘲するかのように笑っていた。


「だって彼は、本当に勇陽さんのことしか見てないんですから。あの人がいなくなっても、私は代わりにはなれなかったんですよ」

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