第35話 脇役
もしこの世界が物語だったとして。
私、隅野胡華は決して主役でもメインヒロインでもないでしょう。
中学まで……より正確に言えば高校に入学してしばらくするまで、私は地味で目立たないのが取り柄な人間でした。
両親が医者ということもあり、幼い頃から医者になるべく勉強をさせられてきたせいで、学校の成績だけはよかったんですが、私にとってそのことは重要ではありません。
親の決めた中学に行き、高校に行き。
志望する大学も決められていて。
決められたレールの上をただ歩いているだけ。
私はずっとそう感じていました。
暗くて地味ですし、部活に入ってもいなかったので友達もできませんでした。
かつてブレイブロワイヤルで、カナホとして
私はずっと私じゃない別の誰かになりたかった。
だからある日、たまたまネットで見たゲーム機『ドリームウォーカー』を親に黙ってこっそり買いました。
ゲームなんて親に買い与えられたこともないし、友達の家でやった、なんて経験もありませんでした。
でも、そのゲーム機は自分じゃない誰かになれる。自分の知らない世界に行ける。
空の世界。海の世界。地底の世界。
過去の世界。未来の世界。剣と魔法の世界。
別の世界に行くたびに別の自分になる。
ショートヘアな私。ポニーテールな私。金髪な私。
ツンデレな私。男性っぽい私。甘えたがりな私。
私がなりたい私になれる。
それが私の、楽しみでした。
そして私は、高校の入学式で初めて友達ができました。
とても変わった二人組。勇陽さんと心野君。
部活に誘ってくれて、剣道を始めることになりました。
バーチャルの世界ではよく剣を使っていましたが、現実で竹刀を振るのは力もいるし、ちょっとだけ大変でした。
2人とも私を友達として迎え入れてくれ、一緒に練習したり、放課後に遊びに連れて行ってもらったり。
ファーストフードのお店。ゲームセンター。ボウリング場。映画館。漫画喫茶。カラオケ。バッティングセンター。
バーチャルでも現実でも、今まで体験したことのないことばかりでした。
私も、彼らと一緒にいるのに相応しい人間にならないと。
特に心野君には少しでも良く思われたかった。
そう考え、自分の身に気を遣うようになり、委員会活動へも積極的に参加するようになりました。
現実の世界でも、ほんの少しでもいいから、彼らと一緒にいてもいいと思えるような自分になりたかったのです。
私は彼らのことが大好きです。
誰よりも光り輝いてみんなを魅了する勇陽さん。
文句を言いながらも勇陽さんについていく心野君。
彼は自分のことをモブだなんて言うけど、とんでもない話です。
勇陽さんが主人公だとしたら、彼は相棒役。
ホームズの隣にいるワトソンのように、彼を助けることが役目です。
そして、心野君が主人公なら、勇陽さんはヒロイン役。
彼は間違いなく、いなくなった勇陽さんを探すために戦うヒーローでした。
どちらの物語でも、私は単なる友人Aです。
クラスメイトで、同じ剣道部であるという繋がりが無くなれば、簡単に離れてしまうような関係でしょう。
でもある日。彼らの間が引き裂かれるような出来事が起きました。
勇陽さんの病気に気づき、病院を紹介したのはよかったのですが、長い入院と、手術が必要になるとわかった時、彼女はこう言ったのです。
「オレが入院するってこと、あいつには黙っておいてくれ。頼む。オレはもう、友夏と一緒にいられない」
「え、ええ!?」
彼女は何もかも失ったような、悲しい目をしていました。
「あいつは、オレのことヒーローみたいな存在だっていつも言ってくれてた。オレはずっと、あいつの憧れの存在でいたいんだよ。こんな、腕も足もろくに動かない惨めな姿、絶対に見せたくないんだよ」
「ダ、ダメです!! 勇陽さんがいなくなったら、心野君は1人になってしまいます!」
2人が離れ離れになる。それだけは絶対に防がないとけなかった。
だって、私が大好きなのは、心野君と一緒にいる勇陽さんであり、勇陽さんと一緒にいる心野君なのだから。
「なぁ胡華。あいつのこと、お前に任せていいか?」
「……え?」
「あいつ、寂しがると思う。一緒にいてやってくれよ。それに、お前のあいつへの気持ちはわかってるし。しばらくしたらオレのことなんか忘れて、2人で楽しくやれるって」
そんなことありえない。
心野君が、勇陽さんより私を選ぶなんてこと、絶対にありえない。
「……本気で、そう言ってるんですか?」
思わず語気が強くなる。
「心野君が、勇陽さんのこと、どれだけ大切に思っているかわかっているんでしょう!?」
大きな声が出てしまい、周りの患者さんやナースさんにチラチラとこっちを見られてしまった。
勇陽さんもびっくりしていて、バツが悪そうに目を逸らした。
「……わかってる。そんな事はないって。あいつは優しいやつだからな。下手したら泣かせちゃうかもしれない」
「だったら……!」
「でも……頼む。あいつの中でぐらい、オレらしいオレでいたいんだ」
「もう、彼とは会わないつもりなんですか?」
「いや、手術が成功して、リハビリが終わって……元通り動けるようになったら、また会いに行くつもり」
「……もし、手術が失敗したらどうするんですか?」
「もうあいつとは会わない」
「そんな!!」
「もう決めたことだ。だから、胡華も黙っててくれ。頼む」
勇陽さんが言い出したら聞かないことぐらい、心野君じゃなくてもわかる。
この人の決意は鋼のように固い。
無理やり会わせようとしても、きっと拒絶する。下手したら這ってでも逃げ出しかねない。
勇陽さんは大事な友達だから、裏切れません。
でも、勇陽さんがいなくなって辛そうにしている心野君を放って置けませんでした。
日に日に元気がなくなっていく彼を、横で見ているのはとても辛かった。
どうにかして、2人をもう一度引き合わせないといけない。
私は必死にその方法を考えたのです。
ある日、私は勇陽さんに『ドリームウォーカー』と『ブレイブロワイヤル』を勧めました。
案の定、現実では満足に動けない勇陽さんは、
ゲームでも勇陽さんのセンスは抜群で、一気にトップクラスの実力を身に着けていきました。
そして時期を見て、一緒にブレイブチャンピオンシップスに参加するよう提案したのです。
もともと大会にはあまり興味のない勇陽さんでしたが、私がどうしても出たいと言えば聞いてくれました。
そしていざ出ると決まれば全力を出すのが勇陽さんです。圧倒的な実力で悠々と勝ち進んでいきました。
ですが彼女と一緒に決勝に出ることはありません。本当に申し訳ないと思いましたが。
院長である両親に頼みこみ、勇陽さんに内緒で手術の日とブレイヴチャンピオンシップス決勝の日と同じにしてもらいました。
決勝に出れないと知った落ち込む勇陽さんに、心野君に代わりに出てもらおうという提案をしました。
そしてドリームウォーカーが心野君の手に渡ってからは、勇陽さんの手がかりを書いた手紙をこっそり送って。
そうやって2人を少しずつ近づけていき、最後に心野君に居場所を伝える。
さすがの勇陽さんも、手術前は不安になる。
そして心野君が弱り切っていれば、勇陽さんも彼を放っておくなんてできない。
とてもとても卑怯なやり方だし、少しも確実性がない。
ただ2人のことを傷つけるだけの結果になるかもしれない。
勇陽さんからも心野君からも嫌われて、また1人になるかもしれない。
でも私にはこうするしか、道はなかった。
それが、2人のサポート役になると決めた私の覚悟でした。
……ほんの少しだけ魔がさして、もしかしたら今なら心野君の心が私に向いてくれるかも、なんて思ってしまったりもしましたけれど。
やっぱり彼の中では、勇陽さんが一番だったようです。
2人が無事再会できて、私の役目もそろそろ終わりです。
勇陽さんと会えた今、本当ならもう戦う理由は無いはずです。
でも、きっとあの2人と戦うことは彼にとって、とても大事なことなんだと思います。
そして私にとっても。
「委員長……じゃなくて、カナホ。頼みがあるんだ」
ブレイブロワイヤルで、彼と再び会った時。
BCSまであと4日というタイミングで、彼がとんでもない提案をしてきました。
「君の協力が不可欠なんだ。助けてくれないか」
彼に頼まれてしまっては、断れるはずもない。
「任せてください! 大丈夫ですぅ! 私が、あなたを全力でサポートしますからぁ!!」
だから私は、最後まで彼の手助けをします。
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