第34話 僕は僕のままで

「ゴメンな。友夏」


 思わず顔を上げた。

 あの勇陽が謝った、だって?

 厚顔不遜、邪知暴虐、誰にも引かない媚びない省みないの勇陽が。


「本当はオレがやらないといけないことなのに、お前に押し付けちまった。でもな……オレが頼りにできるのなんて、お前しかいなかったんだ」


 そう言って、自嘲気味に笑っていた。


「オレも最初は棄権しようと思ったんだ。カナホも仕方ないって言ってくれたんだけどさ。でもな、もしかして友夏なら、オレの代わりに出場して、勝ってくれるかもしれないって。そう思っちゃったんだよ」


「……なんで、大会にここだわるんだよ。お前、剣道の大会はよくブッチしてたじゃないか」


 そう聞くと、肩をすくめて笑っていた。


「まぁ一緒に頑張ってきたカナホにわりーってのもあるけど……お前なら、勝てるって思ったんだ。それで、オレの親友はすっげーヤツだって、自慢したかったんだ」


「……は?」


 勇陽はちょっと恥ずかしそうにしていた。


「オレ、こんな性格だからさ。しょっちゅう問題起こすし。喧嘩もするし。だからあんまり人が寄り付いてこないじゃん。ずっと一緒にいてくれたの、お前だけなんだよ。お前がいてくれなければ、オレはたぶん、1人ぼっちだっただろうなって思う」


 そんなことない、とは言いにくい。

 師匠から聞いた刀斬の話を思い出したからだ。


「そんなお前が人に馬鹿にされるのも、卑屈になってるのも嫌だったんだ。だから友夏が自分の力で勝ち進んでくれれば、ザトーやルーナみたいな、強い奴らに勝てば、自信になるし、自慢になる。そう思ったんだ」


「……買いかぶりすぎだよ。僕はお前の言うような、すごい人間なんかじゃない」


 そう。ただ僕は。


「勇陽……僕は、勇陽になりたかったんだ」


 強くて、格好良くて、周りのことなんて気にしないぐらい自信に満ち溢れている。そんなヒーローのような勇陽に。

 だがその勇陽は、ものすごく意外そうな顔をしていた。


「は? お前がオレになる必要なんかないだろ」


 そんな僕の考えをあっさりと否定する。


「お前はお前のままで、すげーやつだよ。オレになんかならなくていいし、オレの真似なんかしなくていい。お前はお前らしくやれば、それでいいだろ。なんせ、オレの親友なんだからな」


 ああ。

 その言葉が、どれだけ僕を救っただろうか。


 今までずっと、自分で自分を縛っていた。

 僕は勇陽に敵わない。勇陽みたいになりたい。


 でも、そんな必要はなかったんだ。

 ふっと体が楽になった気がする。


「……そうか」


 勇陽に憧れて、勇陽みたいになりたかったけど。

 僕は、僕のやり方でやればいいんだ。


「そっかー……なんか吹っ切れた」


 師匠がいっていた、自分らしく戦うということ。

 それが、どういうことなのか、ようやくわかった気がした。


「僕は僕なりに、戦ってみるよ」


「お、おーそうか。オレの親友はめっちゃカッコいいヤツだってこと、見せてくれよ」


「……ああ」


 そうだ。こいつに言わないといけないことがあったんだ。


「刀斬のやつ、お前のこと好きなんだって」


 勇陽に勝ったら告白するとか言っていた気がするが、そんなこと僕の知ったことではない。

 本人は想像もしていなかったようで、仰天していた。


「ええ、マジで!? え、嘘。うわぁ、ああいう顔、全然タイプじゃないんだけどなぁ……」


 そんな普通の女の子のような反応に、思わず笑ってしまう。


「勇陽にも男の好みとかあったんだな」


「当たり前だろ。オレだって華の女子高生だぞ」


 こんなに華という言葉が似合わない女子高生もそうそういるまい。


「幼馴染の10年越しの恋だってのに切ないねぇ……」


「いや、幼馴染っつってもあいつと一緒にいたのせいぜい半年ぐらいだぞ。友夏の方がずっと長いじゃん」


「……僕は、刀斬の代わりとして連れてこられたんじゃなかったのか?」


「はぁ? 何それ。友夏は友夏じゃん」


 まったく。こいつと話してると、悩んでた自分がバカバカしく感じるよ。


「じゃあ、お前の代わりに僕が断り入れといてやるよ」


「お、おう。頼んだぞ」


 そろそろ面会時間が終わる。

 また来る、と言ってドアに手をかけたが、ふと思い立って振り返る。


「なあ勇陽。元気になったら、僕と勝負してくれるか?」


「お?」


「お前と真っ向から、勝負したいんだ」


 勇陽は一瞬ニヤッ、と嬉しそうに笑ったが、すぐに暗い顔になってしまった。


「……でも。もし手術がうまくいかなかったら、オレ、もう剣を握れないかも……」


 珍しく弱気な勇陽が、なんかおかしかった。


「失敗することを考えるなんて、勇陽らしくないよ。……じゃあ、その時はブレイヴロワイヤルで戦ろう」


「え?」


「今はお前のアカウントを借りている状態だけど……自分のキャラを作って、ちゃんとビルドも考えて、お前と戦うよ」


 しばらくぽかんとマヌケな顔をしていたが、突然大声を上げて笑い出した。


「よっしゃ! 初めて友夏から誘ってくれた勝負だもんな! 乗ってやらないわけにはいかないぜ」


 今日一番の笑顔を見れたおかげで、ようやく、いつもの勇陽らしさを感じることができた。


「だから、もう僕の前からいなくなるんじゃないぞ」


「……友夏お前。さらっととんでもないこと言うよな」


 勇陽の顔がなぜか赤かった気がするが、たぶん夕焼けのせいだろう。

 そう思っておくことにする。


 病室を出たところで、すぐ側の壁に寄りかかっていた人物がいた。


「あんなに楽しそうな勇陽さんの声、久しぶりに聞きました」


 僕たちの、もう一人の大切な友人。

 隅野胡華。


「もういいんですか?」


「ああ、十分だ」


 あいつの顔を見れたし、覚悟も決まった。

 次にここに来るのは、大会が終わってからだろう。


「ごめんなさい」


「え?」


 委員長が突然頭を下げてきた。


「勇陽さんのこと、もっと早く心野君に伝えるべきでした」


「……ああ」


 そのことか。


「私、最初から知ってたんです。勇陽さんの病気のことも。なんでいなくなったのかも。ブレイヴロワイヤルをやっていたことも。心野君が、ずっと勇陽さんのことを心配していたこと、知っていたのに……ずっと隠していたんです」


「……」


「でも、勇陽さんに頼まれたからってのもあるけど、それだけじゃなくて……私は……」


「いいんだ」


 彼女を責める気なんてさらさら無い。

 悪いのは勇陽だし。


「それに、黙ってたのは、僕も同じだろう? ……カナホ」


 もう一つの名前で呼ばれて、彼女はちょっと恥ずかしそうに笑った。

 きっと彼女は、最初から僕のことに気づいていたのだろうけど。


 僕が気づいたのは、ついさっきだ。

 まったく、自分の鈍さは筋金入りだな。

 大事な友人だというのにずっと気づかなかったなんて。


「決勝は、どうするんですか?」


「もちろん出る。あの二人とのケリをつけないといけないからね」


 そうだ。あの2人には今までずっと苦渋を舐めさせられてきた。


 でも彼らは間違っている。

 それを教えてやらないといけない。


「わかりました。では、私は全力であなたを手助けします」


「ああ、頼りにしてる」


 彼女と協力すれば、きっと勝機は掴める。


「では、また。ブレイヴロワイヤルで」


「ああ」

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