第33話 再会

 そう言えば勇陽は昔から病院が嫌いだった。

 勇猛果敢で傍若無人。無茶と無謀を足して後退のネジを外したような奴なのだが、なんと注射が苦手なのだ。


 学校で予防接種を受けたり採血検査をする時、かなり本気で逃げ回っていた。

 いわく、『体の中にあんな細い針を入れるとか怖すぎる。まじで無理。真剣で刺される方が全然マシ』。

 高校生になってもそんなことを言っていた。

 どこまで行っても男子小学生みたいなやつだ。


 さて、漫画やドラマなんかでは、入院している患者の名前が病室の前に書かれているのをよく見たが、最近はそういうのは無いことが多いらしい。

 個人情報保護が大事なのはわかるが、こういう場面ではちょっと困りものだ。


 メモに書かれた番号の病室の前までやってきたはいいが、本当にこの部屋でいいのか。

 何度も何度も番号を確かめて、深呼吸して、ドアをノックした。


「うーい」


 この声。

 はやる気持ちを全力で押さえつけつつ、ドアを開く。

 中はどうやら一人部屋のようだ。


「ママか? ちょーどよかった。着替えとってくんね?」


「あっ」


「んあ? ……あ」


 そこにいた人物は、着替えの途中だった。

 ベッドの上にあぐらをかいて座っていた。

 下はさすがに履いていたが、上着は床に放り出されていた。


 つまり上半身裸の勇陽がいたわけだった。


「勇陽……!!」


 やっと、会えた。

 感極まって思わず涙が溢れそうになりながら、駆け寄っていったのだが。


「ぎゃぁぁぁあぁーーー!!! 見るな見るな来るな!! どっか行けこの変態!!!」


「え? なんで?」


「真顔で聞くんじゃねぇよ!! 裸だからだよ!!」


「ええ~。別にいいじゃん。小さい頃は一緒にお風呂に入ったこともあるし」


「いくつの時の話だよ!! あの時とは違って出るとこ出てるんだよこっちは!! てかその上でオレのこと女だと気づかなかったんだよなお前は!!」


 確かに、改めてボディラインを見てみると、明らかに男性のものとは違う。

 ……いや、でも別に出るとこは出てない気がするな?


「いや、だからマジマジと見てんじゃねぇよバカ野郎が!!!」


 最終的に、物を投げつけられて一時撤退するハメになった。

 というわけで、仕切り直し。


「勇陽!! ……無事だったんだな」


「て、テメェ!! 友夏!! なんで、いや、どうやってここに」


 もうちょっと感動的な再会になるかと思っていたのだが、涙はとっくにどっかに行ってしまった。


「なんでこの場所が……あ、あいつ、裏切りやがったんだな! 黙ってる約束だったのに!!」


「おい勇陽。彼女のことを悪く言うな」


 こうやって再会できたのは彼女のおかげなんだ。


「ああ!? お前オレよりあいつの味方する気か!? お前いいからとっとと出てけ! お前と話すことなんてねぇ! 帰って決勝に向けて特訓でもしてろ!!」


「勇陽!!」


 思わず勇陽の手を掴んだのだが、その感触にぎょっとする。


「な、なんだよ。この細い腕……力入れて見てくれよ」


「……入れてるよ」


「こ、これでか?それじゃあまるで……」


「……そろそろ離せって」


 決して太かったわけではないが、しっかりと筋肉のついた腕だったのに。

 まるで木の枝のように細く、勇陽とは思えないくらい非力だった。


「……まるで、病弱で薄命の少女みたいだぞ」


「いや、実際に病弱で薄命の美少女だし」


「自分で美少女って言うな」


 勇陽はふいに窓の外を見つめた。


「あの木の葉っぱが散ったら私……結婚するの」


「死亡フラグを混ぜるな」


 その2つは混ぜるなキケン、だ。

 そもそも窓からは木なんか見えないし。


 まったく。僕たち2人ではどうやってもシリアスな空気になれない。

 だが、そろそろ本題に入るべきだろう。


「……なんで、いきなりいなくなったんだ?」


「見たらわかんだろ。病気だよ病気」


 病院に入院している、という時点でそんなことは想定していた。

 今まで風邪ひとつ引いたことが無い健康体だったはずなのに。


「周りに……僕に一言も言わずに消える理由にはなってないよ」


「んなことは言わなくてもわかってる」


 勇陽はバツが悪そうに顔をそらした。


「お前に見せたく……無かったんだよ、こんな無様な格好……」


「……何が、あったんだよ」


 しばらく黙っていたが、諦めたようにため息をついてぽつぽつ語りだした。


「ちょっと前から、違和感はあったんだけどな。突然、足が動かなくなった。手もしびれて、竹刀を持つことも難しくなった」


 そんなの、全然気づかなかった。

 ずっと一緒にいたのに。自分の鈍さに、腹が立つ。


「検査したら、病気だって言われてな。病名? なんか難しい漢字が並んでて覚えてねぇ。ともかく、このまま放っておいたら手足が完全に動かなくなるって言われてな。入院することになった。……ここ、胡華の親の病院らしくてな。正直助かってる」


「ってことは、委員長はずっと知ってたんだな」


「ああ。学校の先生には事情を説明したけど、他は胡華以外は誰も知らない。入院が長くなるってわかってすぐ、うちの両親もお見舞いに来やすいようにって近くに引越したんだ」


 だから、いきなり家が空になったというわけだったのか。

 まったく、どれだけ心配させたと思ってるんだ。


「入院するってほんと退屈でなー。オレ、本とか読まねぇし。そもそも手が痺れてうまくページもめくれやしねぇ。着替えだってすげー時間かかるし……」


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、勇陽は呑気に話を続ける。


「そんな時にな、胡華が教えてくれたんだよ。あのゲーム機のことを」


『ドリームウォーカー』。手足が動かなくても、考えるだけで操作することができる、最新型のゲーム機。


「ブレイヴロワイヤルでは、今までと同じように手足が動かせた。思いっきり走り回って、剣振り回して。楽しかったよ」


「じゃあ、なんであれを僕に送ってきたんだ」


「……」


 今のこいつには、必要な物だったはずだ。


「勇陽。BCSの決勝は、お前が出るべきだ。あれはお前のゲーム機で、お前のアカウントだ。予選を勝ち上がったのもお前だ」


 黙ってこちらをじっと見つめてきた。


「僕は本来、蚊帳の外の人間だ。ザトーとルーナの2人……神川刀斬と、神川夜空が、お前との再戦を望んでる」

「……あいつらか」


 2人の名前を聞くと、力なく笑っていた。


「なんであそこまでオレにこだわるのかよくわかんねー奴らだけど、また勝負したいとは思ってたよ」


「だったら!」


「でも、だめだ。オレは出られねぇ」


「勇陽!!」


 声を荒げそうになったが、それ以上続かなかった。

 勇陽が『本当にどうしようもない』、と言いたげな顔をしていたからだ。


「……勇陽。治るよな?」


「……ああ、手術が成功したら、だけどな」


 最悪の考えが否定されて、少しだけほっとする。


「じゃあまさか、手術するのが怖いとか、言わないよな?」


「いや普通にこえーよ。他人に体切り刻まれるんだぞ」


「スプラッタ映画みたいな言い方するんじゃないよ」


「それに、もし失敗したらもう走ることも剣を振ることもできなくなるんだからな」


「……」


 勇陽が剣を振れなくなる。

 そんなの、鳥が飛べなくなるようなものだ。

 勇陽が勇陽でなくなってしまうと言っても過言ではない。

 本人にとっては、死ぬのと同じぐらい辛いことだろう。


「難しい手術だって言われた。成功するかは五分五分なんだってさ」


「手術の日は?」


「3日後」


 3日後は土曜日。その日は……。


「BCS決勝の日じゃないか……!」


 勇陽は黙って頷いた。

 出られないというのは、そういうことだったのか。


「日にちを変えられないかって聞いてみたんだけどな。どうしても無理だって言われた」


 こいつが、BCS決勝に出られない事情はわかった。だけど。


「だからって……なんで、僕だったんだよ」


 僕よりも強いやつなんていっぱいいる。

 なのに、なんで僕だったんだ。


「勝手にいなくなって!! 勝手に押しつけて!! 勝手すぎるんだよ!! 僕じゃあ、お前に敵わない! お前みたいに戦えない! あいつに勝てないんだよ!!」


 勇陽がいなくなってからの6か月間。そして、ブレイブロワイヤルをプレイしてから1ヶ月間。

 今までずっと我慢していた感情が溢れ出して、止まらない。


「僕じゃあ、お前の代わりにはなれないんだよ……!!」


 ほんとんど泣き崩れるように、膝を付いた。

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