第32話 本物のユウヒ

 自分らしく生きる、と言われてもどうしたらいいかわからなかった。


 僕はずっと、勇陽と一緒にいるために剣を振るっていたんだ。

 最初はあいつみたいに強くなりたくて。

 そのうち、あいつには敵わなくとも、せめて隣にいられるように。

 でも、今あいつは僕の横にいない。


 じゃあ僕は今、何のために剣を振るっているんだろう?

 あいつがいなくなって半年間。

 剣道部を辞めようかとも思ったけれど、主将に選ばれてしまって辞めるに辞められなくなって。

 惰性とは言え、剣道部を続けていて。


 勇陽は、僕のことをどう思っていたんだろう。

 あいつは、今の僕をどう思うんだろう。


 そして、勇陽だけじゃない。


「カナホ、その……この前のことなんだけど……」


「さあ、来週はいよいよファイナルですよぉ!! 気合入れて練習しましょう!!」


 あんなことがあったのに、カナホはいつもと変わらなかった。

 ザトーにボロボロに負けて、偽物だと言われたのに、何も聞いてこない。

 その気遣いが、余計に辛く感じた。

 いっそのこと問い詰められて、罵倒してくれた方がよっぽど楽だったろう。


 もやもやを抱えたまま何度か対戦したのだが、そんな状態で戦ってもうまくいかないのは当然だ。


「今日は調子悪いみたいですしぃ、もうやめにしときますかぁ?」


「あ、ああ……」


「大丈夫ですよぉ。ユウヒ様は本番に強いタイプですからぁ!」


「そう、か」


 たしかにあいつは、本番で負けたところなんか見たことが無いな。


「それに、ヒーローはピンチに陥っても、最後に勝つものなんですぅ! ユウヒ様は、私のヒーローなんですから、絶対大丈夫ですよぉ!!」


 あいつのようなヒーローなら、きっとそうだろう。

 でも僕は、そんな大層な人間じゃない。

 主人公から程遠い、ただの一般人モブだ。


 彼女が見ているのは、信じているのは、僕じゃない。

 勇陽なんだ。

 やっぱり、僕じゃダメなんだ。


「ごめん、カナホ」


「いいんですよぉ。そういう日もありますぅ」


「ずっと騙していて、ごめん」


 ピタッと足を止め、こちらを振り返った。

 小首を傾げ、不思議そうな顔をしながら尋ねてきた。


「騙す? ユウヒ様が、私を?」


「ああ。……だって、僕は本物のユウヒじゃないんだから」


 ついに、言ってしまった。

 一か月前のあの日からずっと、ログインしていたのは勇陽じゃなくて、僕だったこと。


 偽物、と罵倒されるだろう。

 よくも騙していたな、と激怒するだろう。

 でも。ダメなんだ。


「ごめん。カナホ。やっぱり僕じゃあ、勇陽の代わりなんてできないんだ……」


 気持ちを抑えきれなかった。

 ついには、膝から崩れ落ちてしまった。


 何を言われても仕方ない。そう思っていたのだが。


「あなたは、代わりなんかじゃありませんよ」


「……え?」


 カナホが僕の手を取り、両手で優しく包みこむ。


「あなたはこれまで、勇陽さんというすごい人とずっと一緒にいて、ずっとあの人を目指して頑張ってきたんですよ。短い間ですが、私はそれをずっと見てきました。その姿は、私に勇気をくれました」


 呆然とするこちらを見て、彼女は女神のように優しく微笑んでくれた。


「それに、あなたは私を助けてくれました。現実でも、ゲームでも、優しくしてくれました。あなたはいつだって、私のヒーローなんですよ」


 間違いに気付かされた。

 この子が見ているのは、勇陽ユウヒじゃない。

 間違いなく、友夏ぼくだったんだ。


「カナホ……君は、一体……?」


 彼女は答えなかった。

 ただ、一言。


「……30分後、教室に来てください」


 そう言って、光の粒子になって消えた。

 ログアウトしたのだ。


 しばらく呆然としていたが、我に返るとすぐに自分も後を追う。


 『ドリームウォーカー』を無造作に放り投げると、着の身着のまま家を飛び出し、学校までの道のりを全力で駆け抜けた。

 毎日惰性で通っている道が、やけに長く感じる。


 息を切らしながら学校にたどり着いた時、約束の時間まで10分あった。

 休日だけあって校内にほとんど人はいない。


 教室には、誰もいない。

 自分の方が先に着いたのだろうか。


 いつもの習慣で自分の席に座ろうとした時、椅子の上に無造作に小さなメモが置かれていたのに気づいた。


 いつもの、謎の人物からの手紙だ。

 慎重にメモを開くと。


「……!!!」


 そこには住所と3桁の番号が書かれていた。

 すぐにスマホで検索する。


 電車で1時間ほどの距離にある大きな総合病院だ。

 病院となると、この番号は病室だろうか。


 そこに、あいつがいるのか。いないのか。

 わからないが、迷う理由なんて無かった。

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