第31話 自分らしく
「でも師匠。刀斬には姉の神川さん……夜月さんがいますよね? あいつが一人だったなんてことはないのでは?」
「それは違う。夜月には刀斬ほどの才能などなかったんじゃよ」
「え!?」
それを聞いて驚いた。
なんせ子供の時は姉弟どっちにもボコボコにされていたからだ。
勇陽たちと同じように最初から強かったのだと思い込んでいた。
「刀斬と勇陽が楽しそうに打ち合いをしているのを見て、あの子も剣道を始めることにしたんじゃ。なんせ双子じゃからな。周りからは刀斬のような特別な才能を期待があるのではないかと期待されたが、夜月はいたって普通の子じゃった。最初は2人に手も足も出なくて、何度も泣かされておったよ」
あの夜月が泣かされていた、か。
想像もできない話だ。
「あの子があそこまで強くなったのは、どうしようもない負けず嫌いだったからじゃよ。刀斬にも、勇陽にも絶対に負けたくなかったんじゃな」
「……負けたくないというだけで、あそこまで強くなれたのか」
「だが、勇陽も刀斬も努力する天才じゃ。差は縮まったが、決して追いつかない」
絶対に負けたくないのに、絶対に勝てない相手。
彼女にとっては目の上のたんこぶのような存在。
どおりで勇陽のことが嫌いなはずだ。
「刀斬は常に一番じゃ。勝つことに飽き、勇陽のような強い者を求めた。一方で夜月は勇陽がいる限り、自分が一番になれない。勝者ゆえの苦しみを抱える刀斬と、敗者ゆえの苦しみを抱える夜月。双子だろうが姉弟だろうが、本当の意味で互いの気持ちは理解できんじゃろうな」
刀斬は出る大会全てで優勝している。
男子であいつに敵うやつなんていないからだ。
一方で、夜月は勇陽がいなくなるまで優勝したことがなかった。
「どっちが辛いかなんて、当人にしかわからんじゃろうが」
僕からは想像もできないぐらい遠い話のように思えてしまう。
ただわかるのは、刀斬も夜月も、勇陽に固執しているということだ。
二人とも、勇陽に勝ちたい。
彼らの中で勇陽の存在というものはとてつもなく大きいのだ。
それに対して、僕はどうだろう。
あいつと一緒にいられるだけの強さもない。勝ちたいなんて思ったこともない。
だったら、あいつと一緒にいる資格は、僕に無いんじゃないのか?
「さて、長く本筋から逸れてしまったが……刀斬と夜月の事情を踏まえた上で、お前さんの質問に答えよう」
『強い人間の側には、弱い人間はいてよいか』。それが元々の質問だ。
「そもそも友夏。勇陽が強い人間だとして、弱い人間とはいったい誰の事じゃ?」
「え、そんなの……僕に決まってるじゃないですか」
「儂は、お前さんが弱い人間などとは思っておらんよ」
「え?」
思ってもみない言葉にあっけにとられる。
「お前さんは最初から、勇陽と少しでも対等に打ち合えるように、倒れても何度でも立ち上がって向かって行っていた。ボロボロになりながらも、何度も何度もな。そして気づいたらあのバカと一日打ち合っていられるようになった。……お前さんの言うような弱い人間ではそんな事できんよ」
そんなの過大評価だ。慌てて否定する。
「いえ、師匠。僕は刀斬と夜月の2人と戦いました。勇陽の代わりに。でも勝てなかったんです。特に刀斬には、今でも勝てる気がしない。……勇陽と同じように戦えたら、きっと勝てるのに」
「……勇陽と同じように、か」
師匠はしばらくじっと考えていたが、竹刀を持ち、立ち上がった。
「持ってきておるんじゃろ?」
「は、はい」
慌てて竹刀袋から取り出し、立ち上がってお互いに構える。
「打ち込んできなさい」
「……はい」
昔からそうだ。
師範はただ立っているだけに見えるのに、隙をまるで見せない。
どこに打ち込んでも防がれてしまいそうなのだ。
それでも勇陽は、いつもガンガン攻めていた。
文字通り子供のようにあしらわれていたが、何度でも何度でも。
勇陽のように。勇陽のように。
あいつのように強くならないと、神川姉弟には絶対に勝てない。
「はあああああああああ!!」
連打。
だが、全て紙一重のところで防がれてしまう。
まさに鉄壁の守り。
ダメだ。どう頑張っても、この防御を打ち崩せる気がしない。
「ふむ、なるほど」
竹刀を下ろした。
「……やっぱり、僕には勇陽みたいにはなれないんでしょうか」
「ワシは、お前さんが勇陽のようになる必要はないと思うがなぁ」
「え?」
「気づいてはおらんかもしれんが、お前さんは筋力では既に勇陽を超えておるよ。速さや気迫は奴の方がまだ上じゃろうが」
僕の筋力が勇陽を超えている?
性別の違いがあるし、当然と言えば当然なのかもしれないが……。
「それに、ずる賢さや口の悪さなんかはあいつより遥かに上じゃ」
「バカにしてます!?」
そんなところで勝ってても仕方ない。
「いいや。刀斬も、夜月も、お前さんも、全て物事の一面でしか見ていない。一つのことに夢中になるのはいいが、視野が狭くなっておることに気づいておらん。剣の強さ。鋭さ、速さ。それがお前さんたちにとって全てなのか? それさえあれば、勇陽と一緒にいる資格が得られるのか?」
「それ、は……」
僕は遥か前を歩いている勇陽に、少しでも肩を並べられるように頑張ってきた。
勇陽のように強くなることが、唯一の道筋だと思っていた。
そうじゃないと、一緒にいられないと思っていた。
でも、そうじゃないのか?
「なぁ友夏。なぜワシが守りの剣を使っていると思う?」
「……後の先を取るため、ですよね?」
つまりはカウンターだ。相手の攻撃を受け流し、逆に隙を突く。
刀斬もブレイヴロワイヤルで似たような戦法を使っている。
あれはあいつの咄嗟の判断力あってのものだろうが。
「いいや? 年を取って体力も衰えたからのう。剣を振り回すのは疲れる。つまりは省エネじゃ。省エネ」
まったく想定していなかったことをあっけらかんとした顔で言われてずこっ、とその場でずっこけた。
その様子を見て師匠はケラケラと笑っていた。
「ワシも若い頃は勇陽の奴と一緒じゃったよ。後先考えない無謀な攻め。でも、年を取るに連れて同じことができなくなっていった。自分より若い連中に運動量で勝てなくなったんじゃな」
師匠にも、そんな時代があったなんて。
「どんな人間も、必ずどこかで行き詰まる時がある。そんな時、取れる方法は2つある。そのまま進むのか。生き方を変えるのか」
「……諦めろってことですか!?」
「落ち着きなさい」
思わず身を乗り出す僕を諫めた。
「諦めるのではない。違うやり方を試すんじゃよ」
「違う、やり方?」
「そっちの方が自分に合っているということもあるしの。大事なのは、自分らしく。自分に合った生き方をするということじゃな」
「自分、らしく……」
「強くなる道は一つではない。勇陽の隣にいる資格とやらも、ただ強いだけが条件ではないようにな」
色々なことを言われて、頭の中で処理しきれない。
「少し落ち着いてゆっくり考えるといい。刀斬と夜月に勝つためのヒントになるはずじゃ」
師匠は言うことは終わった、とばかりに立ち上がった。
「それにしても、あんなに小さかったお前さんも、いつの間にか大人になったんじゃなぁ……」
そう言うと、師範は優しく微笑んでいた。
「しょぼくれた子供から、一人の剣士になったんじゃな」
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