第27話 友夏にとっての勇陽

 合同練習、そして練習試合は騒然とした雰囲気で終了し、参加していたお互いの生徒はそれぞれ解散となった。

 相手の顧問の先生からは必死に謝られたが、僕はそれどころではない。


 どうしても、話をしないといけなかった。

 それは向こうも同じだったようだけど。


「考えてみれば、勇陽さんの真似をできるのなんて友ちゃんぐらいしかいないか……今、ブレイヴロワイヤルでのユウヒのプレイヤーなのね?」


「……」


 何も言えなかった。

 ユウヒのアカウントに勇陽ではなく、僕がログインして大会に出場しているということは、誰にもばれてはいけない。

 だが、ここで沈黙してしまっては肯定しているのと同じだ。


「この前のBCSも、“ユウヒ”の中身は友ちゃんだった」


「……神川さん。君たちはいったい……」


 一応尋ねてみたが、もう答えなんてわかっていた。

 この2人はブレイブロワイヤルを知っている。

 そして夜月さんのあのスピード、刀斬のプレッシャー。

 あの世界で戦った時とまるで同じだった。


「改めて自己紹介するわ。私のブレイヴロワイヤルでのプレイヤーネームは、『ルーナ』。こっちは『ザトー』。BCSのCブロック、1位で決勝進出したのは私たちよ」


 そう。昨日の大会、最後に戦ったのはこの2人だったんだ。

 まさかこんな近くにあのゲームをプレイしていて、大会に参加している人がいるだなんて。


「元々私たちは、趣味でブレイヴロワイヤルを遊んでいてね。プレイ歴はもう2年ほどになるかしら」


「3か月ほど前、たまたま動画を見た。ブレイヴロワイヤルの注目プレイヤーだとか書いてあったな。あの動きですぐにわかった。ユウヒは、赤道勇陽なのだと」


 この2人は勇陽と何度も剣を交えている。

 当時の“ユウヒ”の戦い方を見れば、中身が勇陽だとわかってしまうだろう。


 だがそうだとしても、僕が”現在のユウヒ“だと、どうしてわかったんだ?


「ユウヒの中身が変わっていたのは、戦ってすぐ気づいた。今のユウヒを操っているのは、猿真似をしているだけの二流プレイヤーだとな」


 中身が変わっていることに気づいた、だって?

 そんなバカな。僕はできるだけ勇陽の戦い方を真似した。

 だからこそパートナーのカナホはもちろん、他に戦った人たちの誰からも気づかれなかったはずなのに。


「……でもそんなの、君たちの感想だろ? 証拠は無いよね」


「友ちゃん。それは運営が調べればわかることよ」


「……それ、は」


 痛いところをつかれてしまった。

 確かに運営が調べれば、『ドリームウォーカー』からサーバーに送られるログイン情報などから、僕がユウヒの本来のプレイヤーでないことがわかってしまうだろう。


「大会中のプレイヤーの入れ替わりは規約違反のはず。私たちが運営に問い合わせたら、調査ぐらいはしてくれるんじゃないかしら? そうなれば、友ちゃんは失格になっちゃうわよね?」


 それを言われると何も言い返せない。

 ばれたら失格。


 ここまでせっかく頑張ってきたのに。

 カナホに、なんて言って謝ればいいんだ。

 悔しくて何も言えないでいると、驚くべきことに、刀斬が助け船を出した。


「そんなくだらないこと、する必要は無い」


 神川さんは一瞬驚いていたが、すぐ納得したように頷いた。


「そうね。”ユウヒ”が失格になってしまうのは、あんたにとって都合が悪いものね」


「……どういうことだ?」


 ライバルが失格になって刀斬が困るというのが理解できなくて、問い返す。


 すると神川さんは呆れたような口調で言い放った。


「こいつはね。公式の場で勇陽さんと決着をつけたかったのよ。あの人に勝ったら、告白するつもりなんですって」


 たっぷり10秒、時が止まった。


 決着をつけたい。それはいい。

 確かに勇陽と刀斬が公の場で戦える機会はあまりないからな。それは仕方ないな。うん。


 で、勝ったらなんだって?

 確か……告白?

 一体誰が、誰にだ?


 もしかして、刀斬が、勇陽に?


「……は?」


 やっぱり意味が分からなかった。


「こ、告白って、一体何を?」


「そりゃ、愛の告白でしょ。好きです、付き合ってくださいってやつ」


「夜月。本人の前でそういうことを平然と言うか、普通?」


 刀斬は顔をしかめているが、若干赤くなっているような気がする。


「……まじで、言ってる?」


 あの勇陽だぞ?

 女子人気は高いが、男子からはまったくモテたことのないやつだぞ?


「そんなに驚くことかしら? ねぇ友ちゃん。あなたは、あの人のことをどう思っているの?」


「はぁ、どうって……勇陽は、親友だよ。君たちも知っているだろう? 僕らは子供の時からずっと一緒にいたんだ」


「質問を変えるわ、友ちゃん。あなたは勇陽さんのこと、恋愛対象として好きなの?」


「は、はぁ? れ、恋愛? 勇陽を!?」


 まったく想定していなかったことを言われ、絶句してしまう。

 勇陽を? 恋愛対象として?

 いやいやちょっと待てちょっと待て。


 ひたすら困惑して頭の整理が追いつかない僕に、神川さんは訝しげな顔で尋ねてきた。


「あなた……ちゃんとわかってるんでしょうね? 




 勇陽が……女の子。



「……わかってるに決まってるだろう」


 そんなこと、言われるまでもなくわかっている。

 小学生の時に出会い、中学高校と同じ学校に通っていたんだ。

 あいつの名前が名簿の女子の欄に書かれていることぐらい、わかっている。

 ただ、あいつと一緒にいて、そのことをほとんど意識したことがないというだけだ。


「じゃあ、友ちゃんは勇陽さんに対して、恋愛感情なんかないのね?」


 「わからないよっ! そんなこと急に言われてもっ! ただ僕は、あいつの親友で、あいつに憧れてて……だから、一緒にいたい。そう思ってるだけだ!」


 刀斬は僕のことを心底バカにしたような、憐んでいるかのような目をしていた。


「憧れか……くだらない。貴様は赤道勇陽の横に立つ者として相応しくない」


「なんだと!?」


「あいつは誰よりも強い。絶対的な強者だ。だが強者を理解し、寄り添えあえるのは強者だけだ。痛みも、苦しみも、孤独も」


「何を言っているんだ!?」


 あいつの痛みや苦しみや孤独?

 勇陽にそんな繊細な心があると思ってるのかこいつらは。

 

「あいつは言っていた。大会に出てもつまらないと。勝つのがわかっているからな……俺と同じだ」


 確かに、あいつはそんなことを言っていたけれど。


「赤道勇陽は、常に強者を求めていた。だが、あいつに勝てる者はいなかった。あいつを超えようとするものもいない」


 その言葉を聞いて神川さんはくやしそうな顔をしていた。

 彼女は大会で何度も勇陽に負けているから、仕方ないだろうが。


「だが俺は超える。あいつを超えたら、俺はあいつと対等な存在になれる。だが、剣道だと公式の場であいつと戦うことはできない。BCSはあいつを超えたことを示す最高の場だ」


 剣道の公式試合は男女別だ。

 公の場で勇陽と刀斬が試合をする機会はほぼないだろう。

 

 だがこいつはそれを求めている。

 だからBCSで戦うことを望んでいるんだ。


 勇陽と対等な存在になって、勇陽に認められるために。


「こいつは、あの人に勝てるようにって毎日ものすごいトレーニングをしていたわ。私だってそう。今まで何度も戦って 1度も勝ててないけど、いつかはあの人を超えたい。あの人のいない大会で優勝しても、何の意味もないのよ」


「君たち、本気で勇陽に勝つつもりか? そんな、無茶な……」


 半ば呆れながら言ったのだが、それを聞いて刀斬は大きく舌打ちをした。


「俺は一番気に食わないのは、そんな腑抜けた考えをしている貴様が、あいつの横にいるということだ」


「何?」


「ブレイブロワイヤルでも、現実でも。お前の動きは、ヤツの劣化コピーだ。本物のような力強さも、勢いも、勘の鋭さも、何一つ持ち合わせていない」


 そんなこと。

 言われなくてもわかってる。


「覚悟もない。意志もない。才能もない。向上心もない。そんな奴が一緒にいるなど、もはや害悪だ。貴様の存在は、あいつの足を引っ張るだけだ。いない方がいいに決まっている」


「君が気にいるかどうかなんて、僕たちには関係ないだろ。僕も勇陽も、お互いに自分の意志で友達をやってるんだ。他人にどうこう言われる筋合いはない!」


 刀斬はふん、と鼻を鳴らして心底馬鹿にしたようにこちらを見ていた。


「だったら、どうしてあいつはここにいない?」


「それは……!!」


 言葉に詰まる。

 その質問には、答えられない。というか答えようがない。

 どうしてあいつがいなくなったのか。僕にはわからないのだから。


「さっき友ちゃんの部の人達から、行方不明になった、なんて話を聞いたわ。冗談か何かだと思ったけど……まさか本当に?」


「……」


 何も言えないでいる僕を見て、刀斬はあざけるように笑っていた。


「弱いこいつと一緒にいるのが嫌になったんだろう」


「……!! 違う!! 絶対に違う!! ……僕は、あいつに託されたんだ! ブレイヴロワイヤルのことを!」


「だとしたら、とんだ見込み違いだ。この際はっきり言う。お前ごときの腕では、俺には勝てない。剣道でも、ブレイヴロワイヤルでもだ」


「……っ!!」


「赤道勇陽の横にいるべきは貴様ではない。俺だ。それをBCSで証明する」


「私は弟の恋愛事情なんかどうでもいいんだけど……私だって、勇陽さんを超えないといけない事情がある。悪いけど、友ちゃんの相手なんてしてられないの」


 2人がBCSで戦いたいのは、僕じゃない。勇陽だ。

 それに、今の僕じゃあこの2人には勝てない。


「いいか。俺は貴様のような弱いヤツとの戦いには興味が無い。だから決勝戦ファイナルラウンドには赤道勇陽を連れてこい。本当の”ユウヒ”をな」


 そう言い残して、2人は去っていった。


 あいつを連れてくる。そんなことができれば、とっくにやっているというのに。

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