第26話 高校剣道最強、神川姉弟
女子チームの試合が終わったら、今度は男子チームの番だ。
できたら勝って、部としては引き分けにもっていきたいところだ。
大将は僕。
だが、相手の様子が慌ただしい。
よく見ると試合に出る選手が4人しかいなかった。
神川さんが双子の弟である刀斬と何やら言い合っていたが、しばらくして諦めたようにため息をつきながらこっちにやってきた。
「ごめんなさい。刀斬が出る予定だったのだけれど……代わりに私が出るわ。構わないかしら?」
本人は道場の端に座って退屈そうにあくびをしていた。
「構わないけど……神川さん、さっき試合したところじゃないか。大丈夫なのか?」
「あれくらい、問題にならないわ」
委員長はまだ肩で息をしているというのに、神川さんは涼しげな顔をしていた。
その余裕そうな発言を聞いて、委員長がちょっとムッとしていた。
さて、肝心の試合だが、女子の時もそうだったが非常に拮抗した熱戦を繰り広げている。
副将同士がギリギリまで粘って、またしても2勝2敗の状態で大将戦までもつれ込んだ。
観戦している部員たちも、大盛り上がりだった。
「すげぇ! 俺たちが県トップの旗高相手にいい勝負してるぞ!」
「あとは頼みますよ先輩!」
「やるだけやるつもりだ」
なんせ試合するのは女子高校剣道の覇者、神川夜月。
女子だから、なんて油断できるような相手じゃない。
他の部員たちもとても強いのだが、この人と弟の刀斬は本当にレベルが違う。
「友ちゃん。この状況。あなたの指導のおかげじゃない? 正直、勇陽さん以外の人間がうちの部員たちとまともに試合できるなんて思ってもみなかったもの」
「別に僕は何も。みんな勇陽に影響されただけだよ」
僕たちより上の世代は、後輩なのに自分たちより遥かに強い勇陽のことをうとましく思っていたようだが、下の世代は違う。
勇陽というヒーローに憧れ、みんなあいつに教えを乞おうとしたのだが、残念なことにあのバカの言語能力では何一つ伝わらない。
それを通訳していたのが僕だ。
それに、基本的な指導なら僕にもできる。
彼らは勇陽と僕によって鍛えられてたのだ。
そのせいで僕たちの部はいつの間にか、とても強くなっていた。
今回の練習試合でそれがわかって良かった。
「それにあのメガネの子。あなたが1から教えたんでしょ? たぶん高校から始めたんじゃない? それなのにあれだけ振るえるなんて大したものよ」
そこまでわかるとは、さすがとしか言いようがない。
勇陽に誘われて高校から剣道を始めた彼女だが、指導をしたのは主に僕だ。
さすがに基礎的な部分は先輩たちに教わっていたが、部活後も残って練習する僕と勇陽に付き合っているうちに教える機会も必然的に増えていった。
剣道に関しては僕の弟子と言っても過言ではない。
「それは彼女が頑張ったからだ。本人に言ってあげなよ。喜ぶよ」
「私に言われるより友ちゃんに言われた方が喜ぶわよ。相変わらず女心がわかってないわね」
呆れたように言われてしまった。
「じゃあ、友ちゃん。あなた自身がどれだけ強くなったのか、みせてちょうだい!! ……はああああ!!!」
「っ!!」
こちらの胴を狙った一打だったが、ギリギリのところで受け流した。
もちろん他の男子に比べるとパワーは無いが、その分一撃一撃が恐ろしく鋭い。
ちょっとでも隙を見せたらその部分を凄まじいスピードで突いてくる。
少しでも油断したら、あっという間に1本を取られてしまうだろう。
「堅いわね……でも、守ってばかりじゃ勝てないわよ!!」
「それはそうだ! はぁっ!!!」
真正面から竹刀を振って反撃する。
いくら高校剣道女子最強とはいえ、こちらの方が力では有利なはず。
「言っておくけど、私に力で挑むのは無駄よ!」
ぶつかり合いで押し切ろうと思ったのだが、彼女はこちらの一撃を軽く受け流した。
「くそっ……あれ?」
この剣筋。つい最近、どこかで見た気がする。
いったい、どこで見たんだっけ?
「ぼーっとしてる余裕なんてないはずよ!」
彼女は即座に斬り返してきた。
だけど。
───こんなものだったっけ?
怒涛の攻撃を防ぎながら、思った。
子供の時、この子にはボコボコされている。
彼女の速すぎる剣筋にまったくついていけず、何度やっても勝てなかった。
でも、今は違う。
彼女の動きはあの時よりももっと速い。
だけど、見える。
ブレイブロワイヤルでユウヒになった時、僕はもっと速く動いていた。
だからだろうか。
竹刀が。足が。
どう動いて、どう攻めるのか、どう避けるのか。
そうだ。
高校女子最強だろうがなんだろうが。
この子は、勇陽より弱い。
勇陽なら絶対に勝てる。
だから、ブレイブロワイヤルと同じように。勇陽になるんだ。
勇陽のように。勇陽のように……。勇陽のように!!!
床を大きく蹴り、飛ぶように距離を詰め、打ち付ける。
「だああああああ!!!」
「くぅっ……!!」
先ほどとは打って変わり、防戦一方になったのは神川さんの方だ。
こちらは休むことなく、縦横無尽に飛び回り、面を、胴を、小手を、攻める。
外で見ていた後輩たちが、驚きの声をあげる。
「動きが変わったぞ!」
「え、心野先輩が、あんな攻めを!?」
「あの動き、まるで、勇陽先輩みたいじゃん!!」
「あの神川夜月が押されてるぞ!!」
「……違う」
誰かが、否定することをぽつりと呟いた。
だが、その声は小さく、道場内にいた誰にも聞こえなかった。
「友ちゃん、そんな風にも、動けたのね……まるで、あの人みたい」
「ああ、そうだ。今の僕は、勇陽と同じだ!……だから、あなたに勝つ!!」
大きく飛び上がり、面を叩き込む。
「でやああああああ!!」
その動きは、『サンセットブレイカー』そのものだった。
「1本!!」
審判を務めていた先生が旗を上げる。
そして見ていた部員たちから、歓声が上がった。
「まじかよ……あの心野先輩が、高校女子剣道から1本取るなんて」
「心野先輩って、本当はあんな強かったのか?」
だが、1本取っただけでは終わらない。
もう1本取らなければ勝ったことにはならない。
お互い仕切りなおそうと、向かい合ったその時。
「貴様かぁぁぁぁぁああああ!!」
ふいに放たれた怒りの咆哮に、道場にいた全員が硬直する。
あっけに取られていると、竹刀を構えた神川刀斬が猛烈な勢いで突進してきた。
「ぐはっ!!」
突然のことで避けることもできず、その勢いに吹っ飛ばされ床に思いっきり叩きつけられる。
「な、何するんだ!?」
「ちょっと刀斬!?」
「心野君!?」
痛みからか、委員長の悲鳴がやけに遠くに聞こえた。
そして刀斬は、床に倒れこんでいる僕ののど元に竹刀を突き付ける。
その目は普段のあいつからは考えられないくらい、怒りに燃えていた。
「ヤツの名を騙るのは、貴様だな!! 何が目的だ!?」
「……何を言ってるんだ、君は!?」
「とぼけるな!!!」
他のみんなも、刀斬の気迫に圧倒されて動けない。
「貴様のせいで、俺はあいつと決着を付けることができなかったのだ!! その罪、万死に値する!!」
「い、いい加減にしろ!!」
転がっていた竹刀を取り、相手の剣を思いっきり払いのけた。
「貴様!!」
一瞬驚いた顔をした彼は次の瞬間さらに激昂し、こっちに向かって思いっきり振り下ろしてきた。
間一髪受け止めたが、こちらの竹刀が折れるかと思うぐらいの重い一撃だ。
「雑草ごときが!!」
「練習に参加しないかと思えば突然試合の邪魔をして!! いったい何なんだ君は!?」
そのまま鍔迫り合いになり、竹刀同士が力任せの迫り合いでミシミシと音を立てる。
「おい、神川! 一体何をしている!」
「君、やめなさい!!」
呆然としていた先生たちもようやく止めに入ってきた。
「そうよ刀斬! 友ちゃんの言う通りよ! いったいどうしたって言うの!?」
「夜月。俺はこいつを決して許さない。赤道勇陽……いや、ブレイブロワイヤルのユウヒを騙ったんだからな」
「……な!?」
───なん、だって?
「ちょっと刀斬! それ、本当なの?じゃあ、あの大会のユウヒは……」
「ああ、間違いない。あの偽物の正体は、こいつだ」
神川さんが、何とも言えない顔で、見下ろしていた。
「……友ちゃんが、今のユウヒだったのね」
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