第25話 練習試合

「あの2人とは、どういうお知り合いなんですか?」


 合同練習が終わり、休憩になったタイミングで委員長にそう声をかけられた。


「僕と勇陽が剣道を習った道場があるんだけど、そこの師範の孫なんだ」


 中学生ぐらいまで、毎年彼らは夏休みの時期に道場に現れて、僕たちと一緒に練習に参加していた。


 だが、僕では2人にはまったく歯が立たなかった。

 特に刀斬の方にはコテンパンにされた記憶しかない。

 というか向こうが僕を認識しているのかどうかすら怪しい。

 一度だけ公式戦で戦ったこともあるのだが、それもおそらく覚えていないだろう。

 ちなみに結果は言うまでもない。


 そんな規格外の地良さを持つ彼らだが、勇陽にとっては極めて珍しい、実力が近い相手だ。

 だから勇陽は刀斬と何度も打ち合って、たまに夜月があいつに挑戦して返り討ちあったりするのを見ていた。


 あいつらがいると、僕が勇陽と打ち合いできなくて面白くなかった。

 だから夏休みはあんまり好きじゃなかった。


「それにしてはずいぶん仲良さそうですけど。ひょっとしてあの人、心野君のことが好きなのでは?」


「ははは。違う違う。あの子は僕が好きなんじゃない。勇陽のことが嫌いなんだよ」


「はい?」


 言っている意味がわからなかったのか、ぽかんとしていた。

 まぁ実際恐ろしく歪んでいるからな。


 神川さんはどういうわけか、昔から勇陽のことが嫌いだ。

 あの子が僕にくっつくと、勇陽が親友である僕を盗られたと過剰に反応するから、それを面白がってやっているだけにすぎない。


「昔からあの2人にとって幼馴染でライバルなのは勇陽だけで、僕は単なるおまけだったんだよ」


「だったら、心野君はもうただのおまけじゃないってところ、見せてあげましょうよ」


「へ?」


 驚いて彼女の方を見る。


「い、いや。彼らは今の高校剣道最強の2人だよ? 僕ごときが敵う相手じゃないんだよ」


「彼らに最後に会ったのはいつですか?」


「中学3年の時に大会で。刀斬の方とあたったんだけど、防御するのがやっとで、文字通り手も足も出なかった」

 

 あの時のことは僕にとってちょっとしたトラウマだ。

 当時の僕は、勇陽みたいにバカ勝ちすることは無理でも、準決勝ぐらいまではいけるんじゃないかと夢見ていた。

 それをたった2回戦目で打ち砕いてくれたのだ。


「……彼らと勇陽さん、どっちが強いんですか?」


「それはもちろん、勇陽だ」


 迷わず即答した。

 実際に彼らと打ち合って、いい勝負をすることはあったが勇陽が負けたところなど一度も見たことが無い。


「だったら大丈夫ですよ。心野君は”ユウヒ”なんですから」


「それはゲームの話だよ。しょせんゲームはゲーム。現実は現実だ」


 現実の僕は勇陽みたいに強くない。

 それに、そのゲームの中でも負けてしまったんだ。


「心野君。VRゲームで武器の扱いを覚えたり、乗り物の操縦の仕方を勉強したり、外科手術のシミュレーションをしたり……そういう危険だったり特殊な技能を学ぶことができるのをご存じですか?」


「え、いや、それは知らなかったけど」


「そんな非現実ヴァーチャルの空間で学んだ技術や知識が、現実では無駄だと思いますか?」


「……それは」


 そんなことはない、だろう。

 現実と仮想世界の違いはあれど、間違いなく経験値になっている。

 実際に同じような状況になった時、必ず役に立つだろう。


「私は、それと同じだと思います。心野君はブレイブロワイヤルで勇陽さんみたいに戦ってたんですから。体の動かし方。攻め方。守り方。タイミングの取り方。敵との読み合い。あの世界で学んだことは絶対に現実でも無駄じゃないはずです」


「……そうか。そうだったのか」


 現実での経験がブレイブロワイヤルでの戦いに活かせる。

 反対に、ブレイブロワイヤルでの戦いの経験が現実に活かせる。

 たかがゲーム、なんて切り捨てるべきではないんだ。


 勇陽が現実でもゲームでも強い理由がようやくわかった気がする。


「……っていうか委員長、やけに詳しいね」


「えっと、そんなことが書いてあったネットの記事を読んだだけです」


「そっか。ありがとう。おかげでやる気が出てきた」


 彼女は僕のことをヒーローだと言ってくれた。

 僕にとっての勇陽のように。


 だったら、恥ずかしい姿は見せられない。


 まぁ今まで散々かっこ悪い姿を見せていたからもう手遅れかもしれないけれど。



 さて、休憩が終わって今日のメインイベント。

 2校による練習試合が行われることになった。


 男女分かれての、5人1組の団体戦。

 最初は女子からなのだが、こちらは今四人しかいないので1人足りない。

 1戦は不戦敗ということになる。


「勇陽先輩がいてくれたらなぁ……」


「あの人がいてくれたら絶対勝てるのになぁ……オレたちだけじゃ無理だって」


 後輩たちがそんな事をぼやいていた。

 合同練習で相手校の洗練された腕を見せつけられて、明らかにテンションが下がっている。


「みんな。勇陽がいなくたって、やれるってことを見せてやろう」


「でも、相手は県トップクラスの旗高ですよ?」


「神川姉弟は今の高校最強だし……」


「それは違う。彼らは全員、勇陽より弱い。真の最強は勇陽だ」


 視界の端で、神川さんがピクッと反応しているのが見えた。

 だが今はそれにかまってられない。


「僕たちみんな、真の最強の高校生、赤道勇陽を普段から見てきた。あいつと比べたら、誰だって大したことない相手だ。そう思わないか?」


「それは……」


「そうかもしれないですけど」


「だったら、勝ってやろう。今日は練習試合だけど、いずれ彼らとは大会で当たることになるかもしれない。そのための予行演習だ」


 皆、僕の言葉にぽかんとしていた。


「なんか、心野先輩はりきってね? らしくないな……」


「いっつも試合で負けてもどうでもよさそうな顔してるのにな」


 確かに僕らしくない。

 他人を鼓舞するなんて、まるで勇陽みたいだ。

 ゲームでも現実でも、自分がどんどん勇陽のようになっていくのを感じる。

 

「でも確かに、勇陽先輩より弱い相手なら、オレらでもなんとかできそうな気がするな」


「やってやりましょう心野先輩!」


 よかった。みんな、やる気になってくれた。

 ほっとしていると、神川さんが寄ってきた。


「慕われてるのね。勇陽さんは」


「バカだけど、人を惹きつける何かは誰よりも持ってるヤツだからね。バカだけど」


「そうね。私は嫌いだけどね」


 ぴしゃりと、突き放すような冷たい言葉に戸惑ってしまう。


「……神川さんは、どうしてあいつのこと、そんなに……」


「友ちゃんにはきっとわからないわ」


 そしていよいよ練習試合の始まりだ。

 やる気を出したうちの部の女子チームは善戦し、不戦敗の分を含めても2勝2敗。

 普段の成績から見れば、圧倒的快挙だ。


 そして気づけばあっという間に大将戦。

 こちらの女子チームの大将は、うちの副主将、隅野小華だ。


「心野君。、使ってはいけませんか?」


 思いつめたような顔で問いかけられたが、即座に首を横に振った。


「ダメ。練習試合で使うのは危険すぎる」


「ですが、ここで勝たないと……」


「心配しなくても今の力を出し切ればいい。委員長。頑張って」


「え、ええ」


 緊張しているのだろう。なんとなくぎこちない。

 それも当然だろう。なんせ相手は高校女子最強の神川さんだ。

 一方でその彼女の表情は揺るがない。まさに王者の風格を醸し出している。

 負けるなんて微塵も考えてない様子だ。


 互いに礼をし、竹刀を構えた。


「ハァ!!」


 神川さんの速攻。なんて速さだ。

 スピードだけなら勇陽クラスかもしれない。

 だが浅い。1本にはならない。


 対して委員長の剣は派手さこそ無いものの、どんな時も太刀筋が乱れることがなく、足運びもスムーズだ。

 これらは全て基礎練習を地道に続けてきたおかげ。彼女の努力の賜物だ。


 高校女子剣道最強クラスである神川さんの鋭い猛攻に押されてはいるものの、必死に食らい付いていた。


「あなた、なかなか筋がいいようね」


「ありがとうございます」


「でも残念ね。経験が足りない。……あと5年は経たないと、私には敵わないわ」


 そう言った途端、動きが加速する。

 その鋭さ。剣も足も今までとは違う。


「てやああああああ!!」


 嵐のような打突が襲う。

 委員長が完全に振り回され、防ぐので精いっぱいになっている。


 ……さっきので、本気じゃなかったのか。


 瞬く間に2本取り、彼女は汗一つかかず勝負を決めた。

 これで女子は3対2で敗北してしまった。


 試合が終わってすぐ、委員長の元に駆け寄った。


「おつかれ。よく頑張ったよ」


「すみません。私、いつも役に立たなくて……」


「何言ってんのさ。相手のレベルを考えたら善戦した方だよ」


 落ち込んでいるようだが、剣道を始めて2年ちょっとの委員長にはあまりに荷が重い相手だ。

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