第23話 ラブコメ
さて、剣道場で細々とした準備は済ませた。
うちの部員たちもみんな集まり、あとは向こうの学校の到着を待つだけ。
約束の時間まであと15分ほどになったので、僕と委員長は出迎えのために校門の前で待つことにした。
「もう知ってるかもしれないけど……僕たち、負けたんだ。ザトーとルーナっていう二人組に、手も足もでなかった」
しばらく暇でちょうどいいタイミングだったので、ここで切り出した。
「ええ。でも終わりじゃないですよね? 2位でファイナルラウンドに進出したんですから」
「それは、そうだけど」
「だったら次勝てばいいだけですよ。そうですよね?」
「簡単に言ってくれるなぁ」
まるで勇陽やカナホのように根拠も無いのに前向きな発言だ。
こうしてみると、僕の周りはプラス思考の人間ばっかりだな。
マイナス思考なのは僕だけか。少数派は辛いな。
「大事なのは最後に勝つことですよ。ファイナルで勝てば、それまでの負けなんて気にする人は誰もいません」
「勝てれば、だけどね」
たしかに委員長の言う通りだが、それができたら苦労はしない。
あれだけの実力差を見せつけられたあとだ。
正直言って、あの2人と戦うのが怖い。
「勝てばきっと、勇陽さんに会えますって。あの手紙にもそう書いてあったんでしょう?」
「そうだといいんだけど……」
確かに、僕がブレイブロワイヤルをする一番の理由はあいつに会うためだ。
でももう、それだけじゃない。
いつの間にか、あのゲームで戦うことが楽しくなった。
あの世界で勇陽のように戦って、勝つことに充実感を覚えるようになっていたのだ。
ずっとサポートしてくれたカナホのこともある。
僕たちを応援してくれた、大トロやトラサブローたのことちだってそうだ。
こんなの僕らしくない。
僕は勇陽と違って特別な人間じゃない。
だから別に勝たなくてもいい。
僕の分まであいつが勝ってくれるんだから。
それが僕だったはずだ。
きっと勇陽のアバターで、あいつのように戦っていたせいだ。
「まったく……またあいつに言う予定の文句が増えた」
「ちなみに、他にはどんな文句があるんですか?」
そんなの、一晩では語りつくせないほどある。
「最近だと、勇陽にラブレターを渡してくださいって言われたりしたよ」
女の子に放課後に呼び出されて、ウキウキして屋上に向かったら、
『心野ならどこにいるか知ってるんでしょ?』
なんて言われてやるせない気持ちになったものだ。
期待した僕がバカだった。
そりゃ、渡せるものなら何通でも渡してやってもいいけど。
すると、委員長は小首を傾げて不思議そうに尋ねてきた。
「恋人、欲しいんですか?」
「……まぁ、いらないと言ったら嘘になる」
これでも健全な男子高校生だ。
そういうものに憧れるのは当然だろう。
勇陽と一緒に毎日竹刀を振り回していたのも、ある意味青春と言えなくもないが。
なんというか、もっと潤いが欲しい。
「じゃあ、作りましょう」
「よし作るか! ……っていやいや委員長。大事なことを忘れてるよ。恋人ってのは、相手がいないとできないんだよ」
流れるようなノリツッコミを受けて、委員長は吹き出してクスクス笑っていた。
「では、お相手がいればいいのですね?」
「まぁ……そうなるのかな? 誰かいい人でもいるの?」
恋人……恋人ねぇ。考えてもみなかったな。
恋人がいたら、休日に遊園地や映画館に行ったりできるんだろうなぁ。
そういうのは、自分とはあまりにも遠い存在のように感じていたのだ。
「これでも生徒会長ですので。人脈はありますよ」
「ほう、面白い。誰か、彼氏がいなくて僕と付き合ってくれるような女の子を紹介してくれるっていうのかい?」
「お望みとあらば。どんな子がいいかなど、ご希望はありますか?」
そう言われて、真剣に考えこんだ。
脳みそをフル活用し、最適な答えを探しだす。
「そうだな。古臭い考えかもしれないけど、女の子らしい子がいいな。髪が長くて、おしとやかで。料理が上手くて、綺麗好きで、僕を甘やかしてくれて。ついでに胸は大きい方がいい」
本気で言ってたらタダの痛い童貞野郎だ。いや、実際童貞野郎なのだけど。
ともかくそんな都合のいい女の子、どこの世界を探してもいるわけがない。
もし奇跡的にそんな子がいたら間違いなく既に彼氏がいるだろう。
ならなぜそんな事を言ったかといえば、ちょっとした悪戯心だ。
自信満々の委員長をちょっとだけ困らせてみようと思っただけ。
さあ、この無理難題になんと答える?
「正反対ですね」
「ん?」
それは、一体誰とだ? 誰のことを言っている?
だが彼女はその問いには答えなかった。
しばらく考えた末に、
「では、私ではいかがでしょうか」
「……は?」
とんでもない事を言い出した。
一瞬意味がわからなくて、思考がフリーズする。
「私、意外と尽くす女ですよ。今まで男性とお付き合いしたことはありませんが……料理はできますし、清掃も得意です。その、む、胸は……今後の成長に期待していただけると」
最後の方は微妙に顔を赤くしてそんなことを言われ、絶句してしまった。
バカな、選択肢を間違えたか!?
どうして彼女が、僕の恋人に立候補するというイベントが起きている?
いやいや待て待て冷静になれ。己を見つめ直せ。
まさか彼女が本気で言っているわけがない。そんな可能性、微粒子レベルでも存在しえない。
だとすると、これは僕が意地悪で言った無理難題への意趣返しというやつだろう。そうに決まっている。
僕が恥ずかしがって謝ることを期待しているに違いない。
さすがは委員長。並の人間とは違う。
だがこちらも負けてられない。
「そ、そうだな。い、委員長ならいい彼女になってくれそうだなぁ。委員長、モ、モテるもんなぁ」
平静を装ってはいたが、噛み噛みだった。
「ええ。自慢するわけではありませんが、この前の方以外にも何度も男性から告白されています。例えばサッカー部のエースの方とか、全国模試で10位になった方とか」
具体的な人物名を挙げたわけではないが、どっちも有名人だ。
片方は超イケメンのスポーツマン、もう片方は医者志望のエリート。
運動も勉強も人並みの僕とは大違いだ。
「そ、そりゃもったいない。将来有望株じゃない。付き合ってみようとは思わなかったの?」
「ええ、まったく……どうしてだと思いますか?」
「ど、どうして、って」
「もし私が、1人の男性を想い続けていて、他の方からの告白を断り続けていたとしたら、どうしますか?」
「どうするって、えっと、その人って……」
委員長の頬がほんのり赤く染まっている気がする。
ロマンティックで絶好のシチュエーション。
そんなの、僕は……僕は……!!
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!! 僕の負けです!!」
羞恥に耐えきれなくなり、滑り込むように土下座を決めた。
こんな攻撃、反則レベルだ。
僕の精神力ではとてもじゃないが耐えきれない。
高々と白旗を上げざるをえない。
負けるのは得意だが、ここまで完膚なきまでに敗北を喫したのはBCSでザトールーナに負けた時以来だ。
つまり昨日の今日である。
さぞ得意げな顔をしているのだろうと思ったが、
「やっぱり、ダメでしたか」
どういうわけか、彼女は力なく笑っていた。
がっかりしたような、悲しそうな顔だった。
「やっぱり、私では勇陽さんの代わりにはなれないんですね」
勇陽? どうしてここで勇陽の名前が出てくるんだ?
わけがわからないが、思ったことを口に出す。
「……誰にも、勇陽の代わりなんてなれないよ」
昨日の戦いでそう思った。
あんな無茶苦茶な奴の代わりなんて、誰にも務まらない。
委員長だって、僕だって同じだ。
「ごめんなさい。ただの冗談です。忘れてください」
「い、いや……気にしないで」
なぜ彼女が謝っているのかはわからないが。
委員長でもそんな冗談言うんだ、とぼんやり考えていた。
なんとなくお互い沈黙する。
なんだこの気まずい雰囲気は。
勇陽と3人でいたときは、こんな空気になったことがないのに。
「あ、来たかな」
剣道着を来て竹刀袋を担いだ集団がこちらに向かってきていた。
と思ったら、先頭を歩いていた一人がふいにこちらに走ってきて。
「……うおっと!?」
僕の胸に飛び込んで、抱きついて来た。
ふわっと柔らかくていい匂いがした。
「久しぶりっ! 会いたかったよ、友ちゃん!!」
腰まで伸びた長い漆黒の髪がまるで天の川みたいにキラキラしている。
その女の子のことはよく知っていた。
「……か、神川さん!? なんでここに!?」
「やだ。よそよそしい。昔みたいに、よるちゃんでいいのに」
「いや、そんな呼び方したことないけど」
彼女は
僕と勇陽にとっては古い知り合いだ。
「私は今、旗本高校の剣道部部長なのよ」
「ええ!? じゃあ今日の練習試合の相手って、神川さんのいる学校なのか!?」
確かに旗本高校は全国有数の強豪高校だが、まさか彼女まで在籍しているとは。しかも部長だなんて。
「あの、そろそろ離れたらどうですか?」
委員長がえらくじっとりとした目で神川さんと僕を見ていた。
「何よあなた。私が友ちゃんにくっついてて何が悪いの?」
「心野君が迷惑してます! いいから離れてください!!」
「え~? してないよね? 友ちゃん?」
「え。いや、その……」
「してますよね!? 心野君!!」
待て待て待て。
こういう場合、なんて答えるのが正解なんだ?
今までの人生でこんなラブコメのような展開は経験が無いし、頭がついていかない。
「ほら、そちらの部員さんたちも来てますよ! いい加減離れてください!」
最終的に意地でも離れようとしない神川さんを、委員長が無理やり引きはがすことになった。
「何よ。幼馴染の久しぶりの再会なんだから、ちょっとぐらいいいでしょ」
「お、幼馴染!? 勇陽さん以外にもまだいたんですか!?」
「うん、まぁ……って言うか神川さん。君がいるってことはもしかして……」
僕たちの漫才じみたやり取りに、水を差した人間がいた。
「オイ。赤道勇陽はどこだ」
氷のように鋭い目。誰も寄せ付けないオーラ。
「……神川、刀斬」
高校男子剣道最強。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます