第22話 ヒーロー

 大会翌日の日曜日。

 昨日あれだけのビッグイベントがあったというのに、わざわざ休みの日に登校しているのは他でもない。

 今日は剣道部で他校との合同練習、および練習試合があるのだ。


 本当は気持ちを落ち着ける時間が欲しかったのだが、残念ながらそんな事言ってられない。

 部長の立場というのは辛いものである。

 

 しかし、学校へ向かう足取りは重い。

 間違いなく昨日のブレイブロワイヤルでの負けが精神に響いている。


 『出場したのが僕ではなくあいつだったら、ザトーにも勝てたのに』


 そう思わざるをえなかった。

 僕では、あいつのように戦ってもザトーには敵わない。


 それに……。


『お前はユウヒじゃない』


『貴様は誰だ』


 今まで、誰にもユウヒの中身が僕だとばれなかった。

 なのに、あいつは僕が偽物だと見破ったのだ。


 それだけじゃなく、真正面から戦ってコテンパンにやられてしまった。


 あれからカナホとも喋っていない。

 彼女は僕を信じてくれて、助けてくれたというのに、謝ることもできていない。


「勇陽。お前がいてくれたらなぁ……」


 そしたら、”ユウヒ”があんなやつに負けることはなかったのに。


「ん?」

 

 ふと、何の気はなしに校舎の方を見上げた。

 今日は日曜日で、生徒はほぼいないはずなのに、教室の中に人影があった。

 しかもあれは、僕たちのクラスの教室のあたりだ。


 誰か忘れ物でもしたのかな、とのんびり考えていたのだが。

 一つの考えが頭をよぎった。


 ……まさか。


 おもむろに走り出し、階段を2段飛ばしで駆け上がる。

 息を切らせながら教室に到着し、扉を勢いよく開けはなった。


「誰かいるのか!?」


 しかし、教室内に人影はなかった。

 だが、自分の机の中を覗いたら、前と同じように見覚えのない紙が入っていた。


 やっぱりだ。

 あの人影は、手紙の送り主だったんだ。

 もう少し早くたどり着けていれば、正体がわかったかもしれないのに。


 ともかく、中身を確認しよう。

 慎重に机の中から取り出すと、前とは違い手紙ではなかった。

 もっとツルツルした手触りで、色がついている。

 写真だ。

 夕焼けをバックに写っていた人物は。


「……!! 勇陽……!!!」


 後ろ姿だが間違いない、勇陽だ。

 黒のレザージャケットに、赤マフラー。あいつがよく身に着けていた恰好だ。

 どっかの特撮ヒーローみたいだと言って気に入っていた。


 そして、殴り書きのように、あとから日付が書かれている。

 日時は先週の日曜日。つい最近撮られたもののようだ。


 穴が開くほど写真をガン見していたが、ふいに涙がこぼれ落ちそうになった。


「……あのバカ、無事だったか」


 間違っても死んでるなんて思っていなかったけれども。

 それでも、親友の無事な姿を見られてよかった。


 冷静になって考えると、この日付だって本当かどうかわからない。

 どこにいるかも。


 でも、この空の続くどこかにあいつは生きている。

 それがわかっただけでも、今はいい。


「あれ? どうしたんですか? 心野君」


「委員長。どうしてここに?」


 じっと写真を見ながら考えている時に声をかけてきたのは、委員長こと隅野小華だった。


「心野君が急いで教室に入っていくのを見かけたので、追いかけてきたんですよ。……その写真、勇陽さんですか?」


「ああ、うん。そうみたい」


 彼女もあいつのことが心配だったんだろう。

 本当に嬉しそうに笑っていた。


「勇陽さん、無事だったんですね。よかったですね。心野君」


「う、うん……あ、いやあいつが元気でやってるだなんてわかりきってたけどね? 全然心配なんかしてなかったし?」


「何でいまさらそんなわかりきった嘘をつくんですか……泣いてたんでしょう?」


「うっ。いや、違うって。これは昨日見たフランダースの犬の第1話を思い出して」


「それ、普通泣くのは最終回では……? まったく、素直じゃないですね」


 わざと顔を逸らしていたというのに、こちらがまぶたを腫らしていたことに目ざとく気づくのは、さすがの観察力だ。

 焦る僕を見てくすくす笑っていた。


「心野君、本当に勇陽さんのことが大事なんですね」


「まぁ……親友だからね」


 大事、だなんて改めて言われると恥ずかしいけど。

 あいつが消えてから約半年。

 ずっと、自分の半身がなくなってしまったかのような気分だ。

 あいつが僕にとってどれだけ重要な存在なのか、改めて思い知らされてしまった。


「ほんと、あなたたち2人はお似合いの2人ですよ」


 お似合いって。カップルじゃあるまいし


「いやいや、僕とあいつじゃ全然釣り合いが取れないって」


 それはさすがに否定する。

 いつだってそうだ。あいつが光で僕が影。

 それだけは揺るぎようがない事実だ。


「あいつはヒーローだけど、僕はただのモブなんだよ。事件が起きてもヒーローが活躍するのを眺めてるだけ。それが僕の立ち位置だよ」


 強いのも格好いいのも、あいつだけ。

 僕はあいつに置いていかれないように必死に食らい付いているだけの、惨めな一般人だ。


 だから、僕はザトーに負けたんだ。

 あいつのような、強いヤツじゃ無いから。


「そんなことないです! 心野君だって、私のヒーローなんですよ?」


 だがそれを聞いた委員長は、顔を真っ赤にしてぶんぶん顔を振り、必死に否定した。


「ん、んん?」


 僕が、ヒーロー?

 勇陽ならわかるが、この僕が?


 困惑していると、彼女はいたずっらぽい顔で笑って言った。


「だって心野君は、私のこと助けてくれたじゃないですか。つい最近だって、私を庇って殴られたりしてましたよね?」


「あれは……たまたまだよ。たまたまあそこに居合わせただけだって」


「そして……私が一番うれしかったのは、1年生の時。剣道部で、先輩に虐められていた私を、真っ先に助けてくれた時のことです」


 あったな、そんなことも。


 あの時の委員長は、まだ剣道を始めたばかりだった。

 入学式の日、勇陽がたまたま仲良くなった彼女を剣道部に誘ったのだ。


 あいつが誘ったばかりに、嫌な思いをさせてしまっては申し訳ない。

 当時はそんな事を思っていた。


「あの時なんて、まさにたまたまだよ。それに、最終的に助けたのは勇陽じゃないか」


 確かに最初に割って入ったのは僕だけど、あくまで勇陽が来るまでの時間稼ぎをしただけだ。

 あの時いたのが僕じゃなくて勇陽だったら、もっとうまくやれただろう。


「やめてください!」


 突然大きな声を出して、驚いて仰け反ってしまった。

 彼女がこんな風に感情を露わにすることなんて珍しい。


「そうやって自分がしたことを否定しないでください。心野君がなんと言おうと、私はあなたに救われたんです」


 救ったなんて、大袈裟な。

 咄嗟にそう否定しようと思ったのだが、彼女の圧に気落とされてできなかった。


「あなたが助けてくれた時、私がどれだけ嬉しかったと思います? 1人で先輩たちに囲まれて、心細かった私にとって、あなたがどれだけ救いだったか。それを否定されると、あの時の私の気持ちまで否定されたような気がしてしまいます」


 どうにかして言葉を紡ごうとするが、うまく口にできない。


「心野君と勇陽さん、2人が助けてくれたんですよ。私にとっては、2人共かっこいいヒーローなんです」


「……そ、そう……」


 勇陽がヒーロー扱いされるのはいつものことだが、僕まで同じような扱いを受けるなんて生まれて初めてかもしれない。


 気づけば涙が流れそうになっていて、慌てて顔をそらす。

 それを見て委員長はクスクス笑っていた。


「そろそろ剣道場の方に行きましょうか。向こうの学校の方々が来るまでに準備しないといけません」


「そ、そうだね。行こうか」


 さっさと行ってしまった彼女を、慌てて追いかける。

 その足取りは、さっきよりずっと軽かった。


 やっぱり僕が彼女を救った、なんて大層なことは言えないけれど。

 少なくとも僕は委員長の言葉で、どこか救われたような気がした。

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