第21話 偽物のユウヒ

「なぜ黙っている。答えろ。貴様は誰だ」


 あまりの衝撃に何も言えないでいると、ザトーは剣を突き付けてきた。


「な、何言ってるんですかぁ!! この人は間違いなくユウヒ様ですよぉ! 私はずっと組んでたんですから、わかりますぅ!!」


 カナホが両腕を広げ、間に入って庇ってくれる。

 だがザトーは、蔑むような目で彼女を見ていた。


「貴様がボンクラなのは知っていたが、そこまでとはな。まさか中身が変わっていても気づかないとは。ルーナが嫌っているのも、さもありなんというわけだ」


「な、ななな!?」


「さっきの攻め方は、確かにユウヒと似ていた。だが、本物のヤツなら今俺は立っていないだろう」


 ……確かに、そうかもしれない。僕は本物じゃない。

 本物のあいつならきっと勝てただろう。

 だが、僕ではあれが限界だった。


「答えろ。偽物。なぜ本物のユウヒがここにいない。貴様は何者だ」


 刃をこちらに向けたまま、詰め寄ってくる。

 だが、何も答えられない。

 

 なんであいつがここにいないのか。

 そんなこと、僕にだってわからないのだから。


「に、偽物なんかじゃありません!! ユウヒ様は、ユウヒ様なんですぅ!! 私のヒーローなんですぅ!!」


「カナホ、オレは……」


 その男の言う通りだ。

 僕は偽物。カナホのヒーローなんかじゃない。

 庇ってもらう価値なんて、ないのだ。


「大丈夫ですぅ!! ユウヒ様は何も言わなくていいですぅ!! 私は、ユウヒ様を信じてますからぁ!!」


 しかし、それでも。

 彼女は僕を信じてくれている。


「愚かだな。騙されているとも知らず、ただ隣にいるだけの偽物を妄信することしかできないとは」


「私はサポート専門ですからぁ!! ユウヒ様を助けることしかできません!!」


 奴のカナホを見る目はもはや蔑みを超え、憐れんでいるようだった。


「……ユウヒがなぜ貴様のような弱者と組んでいたのか、俺には理解できん。いい加減目障りだ」


 まるで目の前にあるゴミを払い除けるかのように、剣を振り上げた。


「……その子を悪く言うな!!」


「ユウヒ様!!」


 さすがに、黙って見ていられなかった。


───ガキンッ!!


 カナホに向かって振り下ろされた剣を、間一髪のところで受け止める。


「だああああああ!!!」


 そのまま力任せに斬りかかった。

 だが。


「遅い。軽い。隙が大きい」


 まるで子供の駄々を振り払うかのように、跳ねのけられる。


「所詮は猿真似。お前はユウヒの劣化コピーだ。本物の速さも鋭さも持ち合わせていない」


 確かに、僕は勇陽じゃない。

 偽物だなんて、僕自身が一番わかっている。


 だが、現実ならともかく、ここはゲームの世界。

 今はあいつと同じ能力のアバターを使っている。

 戦い方も、そっくりあいつのままだ。

 だから、今の僕は僕じゃない。ユウヒなんだ。


 信じてくれているカナホのためにも、戦わないといけないんだ!


「『トワイライトゾーン』!!!」


 ここは一気に決めるしかない。

 スキルを使用して即座に相手の視界外に移動し、敵の目の前から消える。


「『サンセット、ブレイカァァァァァ』!!!」


 全身の感覚が揺さぶられながらも大きく飛び上がり、その速さを乗せた一撃を放つ。


「くだらん」


 だが、それも通じない。


「ぐあっ!!」


「ゆ、ユウヒ様ぁ!!」


 視認することすら難しいはずなのに、剣を振り上げた状態の僕の首を掴んだのだ。

 実際にはそんなことないのに、息が苦しい気がしてしまう。


「ゆ、ユウヒ様を放してください!!」


 カナホが杖でザトーに殴りかかるが、そちらを見もせずに虫を払うかのように蹴りを入れられ、吹っ飛ばされる。


「もういい。貴様らには興味がない。……本物のユウヒはどこだ」


「し、知るか!!」


 そんなの、こっちが知りたい。


「ならば、死ね」


 刃を喉元に突きつけられる。

 もうだめだ。

 僕じゃあ、こいつに敵わない。

 絶対に勝てない。


 ここで、何かできるとしたら……。


「……逃げろ! カナホ!!」


「で、でも!」


「できるだけ、長い間逃げきってくれ!! 頼む!!」


「わ……わかりました!!」


 決勝進出の条件は、各ブロックで上位2チームに入る事。

 こいつを倒せない以上、1位は絶対に取れないが、カナホがギリギリまで生き残れば2位に入れる可能性がある。


 残り人数を確認する余裕などない。あとは祈るしかなかった。


「くだらない。本物のユウヒなら、そんな戦法は取らない。逃げて2位に甘んじるなど、絶対に許すはずがない」


 そんな事はわかってる。

 でも、今の僕にはこれが精一杯だ。


「消えろ。目障りだ」


───シュンッ!


 まるで首をかき斬られたような感覚を味わい、HPが消しとばされる。

 自分の体が、足元から崩れ落ちるように光の粒子となって消えていく。

 この感覚は、何度味わってもいい気分ではない。


 目の前が真っ白になったかと思えば、気づけば最初に控室に転送されていた。


「カナホ……!!」


 死人となった自分の声は彼女には届かない。

 モニター上には、必死に逃げるカナホの姿が映し出されていた。

 

 だがそんな彼女を、ルーナが後ろからあっさりと斬り伏せた。

 

 ほどなくしてアナウンスがあった。


「Cブロック1位通過はザトー&ルーナチーム! そして2位通過はユウヒ&カナホチーム!」


 いつの間にか、僕たち4人以外の参加者は脱落していたらしい。

 しかも、ザトー&ルーナチームは最終的にほとんどの参加者を彼らだけで倒していったそうだ。


 予選は通過できた。だが、僕たちにとってこの戦いは、苦い敗北以外の何物でもなかった。

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