第19話 ザトーとルーナ

「残り人数は……6人か」


 対戦開始から20分が経過し、バトルエリア縮小のアラートが鳴る。

 同時に、残っているプレイヤーの人数も確認できるわけだが、既に半数以上が脱落してしまっていた。


 そんな中、僕らは当初目指していた小屋にたどり着き、体力を回復することもできた。

 だが近いうちにここもバトルエリア外になる。ずっと留まっているわけにはいかない。


「あのザトーって人も、やられてしまってたらいいんですけどねぇ」


「それは、ないよ」


 確信を持って言える。あの男は必ず、最後まで残ると。


 なぜかと言えば、あいつからは、勇陽と同じ匂いを感じるからだ。

 自分が勝つことを少しも疑っていない、堂々とした態度。


 次あいつに会った時、僕ははたして勇陽のように戦えるのだろうか。


「でもあいつ、なんで一人だったんだろう?」


「『瞬殺のザトー』と、『暗夜のルーナ』。あの2人はチームなのに常にバラバラに動いていますからぁ」


「え、なんで?」


 生き残ることを考えるなら、2人そろっていた方がいい。

 単独で動くなんて危険なだけで、利点など無いはずだ。

 これまで色々なチームと戦ってきたが、みんなそうだった。


「いいえ。メリットはあるんですぅ。まず、索敵範囲が広がることです」


 どこに敵がいて、どこに回復スポットがあるか。

 得られた情報は、全て自動でチーム間に共有される。

 チーム内では離れていても会話することが可能なので、敵の武器やスキル、ダメージ状況などを伝えることもできる。


「そして、これが彼らにとって重要なんでしょうけど……バラバラに戦って、それぞれが戦った方が、キル効率がいいからです」


「……ん? どういうこと?」


「1人で敵2人を倒すことができれば、同じ時間でチームでは4人倒せる。と、いう理屈ですぅ」


「い、いやいや! さすがにそれは無茶苦茶だよ!」


 僕らが操作するアバターの強さは、ある程度バランスが取られている。

 使用するスキルや装備で多少は変動するが、それでも1人1人の強さは均等になるようにできている。

 だからこそ2人の敵チームに挑むには、こちらも2人でなくてはならないのだ。

 もし1人で2人を倒せるなら、それはゲームバランスが崩壊していることになる。


「そうでもないですよぉ。攻撃力と敏捷性に特化させて、敵を一瞬で倒して離脱する。敵の攻撃はプレイヤーの反応速度で回避する……ユウヒ様がやってるのと似てますよね?」


「た、たしかにそうだけど」


 言われてみればそうだ。

 じゃあ彼らの構築ビルドユウヒと似ているということか?


「あのザトーとルーナの2人のせいで、一時期この戦法が流行ったんですよぉ。チームワークなんかなくても勝てるって勘違いした人達が一定数いて、大変だったんですからぁ。ましてや野良で組んだ人にもそんなのがいて……私みたいなサポ専を1人にされても勝てるわけないじゃないですかぁ!?」


「お、おう……」


 カナホが昔を思い出して怒り心頭だ。よほど嫌な思いをしたと見える。


「というか、ユウヒ様も最初はそんな感じだったですよぉ」


「ああー……」


 やりそう。っていうかあいつなら絶対やる。

 元々一人でしか戦ったことのないやつだし、周りのことなんか考えるようなやつでもない。

 むしろカナホとチームプレイをしていたというだけでも結構な奇跡だ。

 彼女の苦労がしのばれる。


「色々、すまないな……」


「いえいえ、今はおかげ様で楽しくやれてますからぁ」


 クスクス笑うその姿が、誰かに似ているような気がした。

 いったい誰だったかと思い出そうとしたその時。


 突然、背筋がぞわっとした。

 全身の血液が凍りそうになるほどの寒気。


 この感覚、ついさっき味わったのと同種のもの。

 そう、あいつザトーに会った時と、同じ感覚だ。


「ッ!!」


───ガキンッ!!


「ひえっ!!」


 物陰から黒い影が飛びかかり、カナホの首を的確に狙って斬撃を放った。

 だが間一髪、こちらの剣が攻撃を弾いた。


「誰だ!?」

 

 当然返事は無い。そのまま切り返してきた。

 しかもその剣先は恐ろしく速い。


 首、胸、足と。上へ下へと嵐のような斬撃が降り注ぐ。

 あまりの速さに、こちらは防ぐのがやっとだ。


「あら」


 だが、突然その手が止まった。


 攻勢が止んだすきを見て、慌てて距離を離す。


 襲撃者は、女性だった。

 長い髪は夜空のように真っ黒。青い服をまとった、スラっとした長身。

 やや細身の日本刀を持っている。


「なんだ、誰かと思ったらあなたたちか。……ここで会うのは初めまして、ね。ユウヒさん」


 そう挨拶してきたのは、ザトーと組んでいる人物。

 ランキング110位。『暗夜のルーナ』。


 やはりというべきか、彼女は相方とは一緒におらず、1人だった。


「1人なら、見逃す理由がないはずですぅ!」


「……それは、そうだ!」


 向こうの奇襲が失敗したのなら、逆にこちらが倒すチャンス。

 人数差を活かして攻めるべきだ。


「でやぁっ!!」


 今度はこっちが攻める番だ。

 向こうの獲物に比べると、こちらの剣の方が圧倒的に大きい。その分攻撃力が高いということ。

 真正面からぶつかれば受け止めるのは難しいはずだ。

 そう思い、力任せに振り下ろす。


 驚いたことに、相手は避けようとしない。

 だが、剣が相手の体に触れることはなかった。

 

「な!?」


 刀を逆手に持ち、剣先を下に向け、そのままこちらの剣の勢いを刀身でさらりと受け流してきたのだ。 


「そう慌てないで。悪いけど、私はあなたの相手はできないわ」


「何?」


 そう言うと僕たちから距離を取り、そのまま背を向けて逃走の体勢を取る。


「に、逃げるんですかぁ!?」


 ルーナは叫ぶカナホの方を、どうでもよさそうな、バカにしような目で見ていた。


「あなたはどうでもいいわ。援護しかできない雑魚は黙ってなさい」


「なっ、なんですぅ!?」


 突然罵声を浴びせられたカナホが憤慨する。

 ルーナはそんな彼女を鼻で笑っていた。


「だってそうでしょう? あなたはこの人ユウヒがいなければ何もできない役立たずなんだから」


「や、役立たずぅ!?」


 いきなり罵倒されたカナホが、怒りのあまり言葉を失っている。

 さすがに聞き流すことはできなかった。


「カナホは雑魚でも役立たずでもない。実際にオレは、何度も助けられてる。カナホがいなければここまで生き残れなかったよ」


「ユ、ユウヒ様……!」


 カナホは僕の言葉に感激したのか、目を潤ませている。

 だが別に彼女を庇ったわけではない。偽りのない本心だ。


 反対に、ルーナは明らかに失望したような眼でこちらを見ていた。


「がっかりだわ。そんな弱いヤツの力を借りないと戦えないなんて。あなた、本当にユウヒさんなの?」


 彼女に深い意図はなかったのだろうが、その言葉にドキリとさせられる。


「あ、当たり前だろ。っていうか、オレたちと戦う気はないって言うのか? どうして?」


「そうね。私自身、あなたと決着をつけたいわ。でも残念だけど、あなたと戦うのは私じゃない」


「あいつって……ザトーか?」


「ええ。あいつが望むのは、あなたと真正面から対戦すること。だから、それを邪魔する可能性のある他のプレイヤーを倒すのが私の役目ってわけ」


 今残っているプレイヤーは6人。

 僕とカナホ、ルーナとザトー。それ以外はあと2人。


 上位2チームがファイナルラウンドに進出できるのだから、その2人を倒せばその時点で僕たちの抜けが確定する。


「この先に、湖があるのは知ってるわね? エリアが縮小されても最後まで残る場所よ。あいつはそこであなたを待っているわ」


 あの男は、そこにいるというわけだ。

 だが、解せない。


「それを伝えて、オレたちが彼と戦うのを避けるとは思わないのか?」


 生き残ればいいだけの状況で、最強クラスのプレイヤーとわざわざ戦いたい人間などいない。

 とある人間を除いて。 


「だって、あなたは逃げないでしょう? あなたが、私の知っているユウヒさんなら」


 そんな言葉を残し、ルーナはスッと姿を消した。


 そう、問題はそこだ。

 あの救いようのないバカなら、決して逃げの選択肢など取らない。


「ど、どうしますぅ? 罠かもしれないですよぉ?」


「……だとしても、いくよ」


 愚かな選択だということはわかっている。

 でも、本物のユウヒなら逃げない。

 そう言われてしまっては、退くことなどできるはずもなかった。

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