第18話 乱入者

 僕の焦りを感じたのか、カナホが小声で話しかけてきた。


「ユウヒ様。切り札、使いますかぁ?」


「……いや、あれはここじゃ使えない」


 『ビックウェポン』は1試合に1度しか使えないし、こんな視界の悪い森林地帯で大きくなった剣を振ろうにも、下手をすれば木のオブジェクトに引っかかてしまう。


「ど、どうしましょう。何か私にできることは……このままじゃ、また私が足を引っ張ってしまいますぅ……」


 バリアーを張ってくれたり庇ってくれたりと、十分活躍してくれていると思うし、彼女の知識と経験にはいつも助けられている。落ち込む必要はまったくないと思うのだが。

 しかし残念ながら声をかけている余裕が無い。

 彼女を励ますのは、ここを切り抜けてからだ。


「ちょっと賭けになるけど……あれをやるよ。カナホ」


「ええ!? あれを使うんですかぁ!?」


「この2人に勝つには、ほかに方法も無さそうだからね……可能な限りでいいから、フォローを頼む」


「は、はいですぅ!」


 ともかく集中だ。この技は少しでも判断をミスったら終わりなのだから。


 ぼそっと、小さな声でスキル名を呟く。

 体が能力上昇を示す赤い光に包まれた。


「なんだ? バフか? だけど多少能力を上げたところで、無駄だゼ!?」


「油断するんじゃないよ、カザマ!」


 カザマの言う通り、この不利な状況を、生半可な能力アップバフスキルで乗り切るのは不可能だ。

 だが、そもそも大きくゲームバランスを崩すようなスキルは存在しない。


 このゲーム特有のシステムであるオリジナルスキルも、決して万能ではない。

 威力が高いスキルなら発動まで時間がかかったり、待ち時間が長かったりとどこかにデメリットが存在する。


 逆に言えば。


「き、消えただと!?」


 カザマが慌てた声を上げる。


 そう。逆に言えば。

 スキルのデメリットを極端に大きくすれば、メリットを大きく得られるということだ。


「ぐああああ!!」


「リスタル!?」


 リスタルの腹を、横なぎに斬り裂いた。

 どうやら彼女は防御力を高めに設定しているらしく、一撃入れただけではまだ足りない。

 あと、2発か3発は入れないと。


「み、見えない!! ステルス系のスキルか!?」


 はずれだ。別に見えなくなっているわけではない。


 このゲームで可能な、限界の速度で移動している。ただ、それだけのことだ。


 オリジナルスキル、『トワイライトゾーン』。


 10秒の間、自身のDEF防御力と引き換えに、AGI敏捷性を極限まで高めるスキルだ。

 書いていることは強そうなのだが、ただでさえ高機動なこのアバターのスピードがさらに上がるせいで、そのあまりの速さにこちらの制御がおぼつかなくなる。


 今までは言うなればスポーツカーぐらいの速さだったのが、これを使うと戦闘機ぐらいの速さになるようなものだ。どっちもゲームでしか運転したことはないが。


「ッ!!」


 あまりの速さに、感覚が振り回される。

 自分では1歩だけ前に進もうとしたつもりでも、実際には10歩ぐらい進んでいる。

 まるでジェットコースターに乗っているようだ。

 ゲーム中に吐いたりはしないはずだが、まるで乗り物酔いをした時のような気分だ。


 このスキル、練習で何度か使用したのだが、リスクが異様に上がるくせに、得られるメリットは大したことがない。

 なんせ、元から他のプレイヤーより十分速いのだから、当然だ。

 初めて使った時、考えたバカをぶん殴りたい気分にさせられた。

 1人2個しかない技スロットをこれに使うかどうか真剣に悩んだのだが、あのバカがこれで勝ち進んだのなら、このまま行くしかない。


 少なくとも、今のように相手も同じように速いのであれば、有効なはずだ。

 あとは、僕が乗りこなせるかどうか。


 どっちにしろ、考えている余裕なんか無い。

 だけど次、あいつに会えたら。


「絶対に、あのバカに文句言ってやるからなぁ!!」


「リスタル! オレの後ろにいろよ! クソッ見えねぇ! だが、見切ってやるゼ!!」


 カザマは味方を庇いつつ、高速で移動する僕を捉えようと拳を振るう。

 急いで距離を取ったから、当たりはしない。

 だが、スキルの発動中は、こちらの防御力が0になってしまっている。

 二人の攻撃、どちらかがかすっただけでもダウンしかねない。


「だったらこれはどう!? 『スレイヤーウィップ』!!」


 リスタルが鞭を横に薙ぎ払うように振るう。

まずい、広範囲の攻撃だ。

 常に移動し続けているせいで、逆に避けられるか怪しい。


「ユウヒ様は私が守ります!! 『バリアー』!!」


 危ないところだったが、カナホの魔法が守ってくれた。

 補助魔法は対象を視界に入れていないとうてないというのに、彼女は僕の動きをしっかり捉えてくれていたようだ。

 さすがはサポート一筋でここまで上がってきただけはある。


 もうすぐスキルの効果が切れる。苦しい状況だ。

 でも、あいつならやれる。

 なら、今この僕がやらなければならないのだ。


「ここだああああああああああ!!」


 やるなら一撃だ。2人をまとめて攻撃できる位置に突進する。

 カザマがこっちに気づいて咄嗟に迎撃しようとする。

 だが、間に合わない。


「うわあああ!!」


「ぎゃあああ!!!」


 そのまま、カザマとリスタルをまとめて斬りはらった。


「すごいですぅ!! ユウヒ様!」


「うっ……気持ち悪い」


 スキルの効果が切れた。ちょっとフラフラする。


「くっそーやりやがるな……さすがはユウヒだゼ!!」


 仕留めきることはできなかったが、2人ともHPは風前の灯火。

 このまま戦い続ければ、先にダウンするのは向こうだ。


「ここで負けるわけにはいかないよ! カザマ、まだやれるね!?」


「おお!! こいつらよりやべぇ奴らがまだいるんだからな!!」


 だが、彼らは諦めない。

 ならばこちらも全力で迎え打つだけだ。


「あんまり、女性を痛めつけるようなことしたくないんだけど……」


 そう言うと、カザマがなんともいえない顔になった。


「……イヤ、言っとくけどこいつ、中身は男だゼ」


 リスタルを指差しながらそんな事を言いだした。


「え、マジで!?」


「ばらすんじゃないよバカカザマ! その方がやりずらいって男も多いんだからね!」


「……もともと、相手が女性だからって油断するつもりは無いよ」


 現実でも、僕より強い女性剣士なんていくらでもいる。

 それに、アバターとプレイヤーの性別が違うなんてわりとよくあるだし。


 そこではっと気づく。

 そういえば、カナホって……どっちだ?


「な、なんですぅ!? 私はちゃんと中身も女の子ですよぉ!?」


 顔をじっと見てしまったのがばれたようで、慌てた様子で否定する。

 

 正直、ちょっとだけほっとした。

 この喋り方でネカマだったりしたらショックだ。


 ともかく、そんなバカなことを言っている暇はない。仕切り直し。


 剣を構え直し、2人に向き直ったその時だった。


───ヒュンッ!!


「……えっ?」


「……あっ!!」


 黒い光が、横切った。

 僕にわかったのはそれだけだった。


 気づいた時には、カザマとリスタルの2人が地面に倒れていた。


「な、なにが……」


「あったってんだよ……」


 彼ら自身も、誰にやられたかわからなかったようだ。

 そのまま光の粒子になって消えていった。

 あまりのことにポカンと呆けてしまった。


「ゆ、ユウヒ様! あの人!」


 慌ててカナホが指差す方向を見ると、木の上に1人の男が立っていた。

 目つきの悪い、漆黒の鎧を纏い刀を持った男キャラだ。

 表示されている名前はザトー。


「ザトー、だって!?」


 その名前は、このCブロックで一番危険な人物の名前だ。

 ランキング2位。人呼んで『瞬殺のザトー』。


 彼と直接戦ったプレイヤー曰く。


『気づいたらやられていた』


『いつ斬られたのまったくわからなかった』


 事前に大トロとトラサブローの2人にも忠告されていた。


『ヤツとは真正面から戦うな」


『まともにやりあったら絶対負けるし』


『奴の対策はただ1つ。出会ったら即逃げること』


 そんなことが大真面目に語られるぐらいの、このゲーム最強クラスのプレイヤー。


「…………」


 奴はただ、こちらをじっと見降ろしているだけ。

 だというのに、磔にされたかのように動けない。

 蛇に睨まれた蛙のようだ。


「ど、ど、どうしますぅ!? 私たちも逃げますかぁ!?」


「……に、逃げ……」


 本能が、逃げろと叫んでいる。

 そもそも、こちらもダメージを食らっていて、万全の状態では無い。

 回復ポイントを探して体制を整えるべきだ。


 だが、あいつなら絶対に逃げない。

 そう、逃げないはずだ。

 だから、僕も逃げるわけには……。


「ゆ、ユウヒ様!!」


 僕が引くことも立ち向かうこともできずにいると、奴は木の上から飛び降り、僕たちの前にスタッと着地した。

 まずい、やられる。

 震えながら、ノロノロと剣を構える。


「…………」


 だが、ザトーはまるで僕たちのことなど見えていないかのように、横を素通りしていった。


「あ、あれ、行っちゃいましたね?」


「……ぶは!! はぁ、はぁ……」


 姿が見えなくなり、ようやく息を吐く。

 あの威圧感。身も凍るほどの鋭い眼光。

 以前、どこかで会った気がする。

 でも、一体どこでだ?


「ユウヒ様?  大丈夫ですぅ? ぼーっとしている時間は無いですよぉ! 行きましょう!」


「あ、ああ……」


 なぜ今僕たちと戦わなかったのかは謎だが、ともかく今は進むしかない。

 どうせ生き残っていたら、いずれ戦うことになるのだから。

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